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第128話 桜花隊員

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 田岡中尉は、副操縦員の股上飛行兵曹長にも注意を促し、海側からゆっくりと機体を降下させていった。

 いつもなら3点着陸もあり得るところだが、桜花を搭載しているので、主脚からゆっくりと設置させる。

 幸い、この飛行場は、地面は草地だが、広さはたっぷりあるので、滑走距離をあまり気にしなくても良さそうである。

 主脚の接地とともに、機体が小刻みに揺れるが、この程度であれば、桜花と機体に悪影響はなさそうである。

 田岡は、これも慎重に操作して機首を上げ、尾輪を接地させた。

 機体に伝わる振動が少し増したが、大きく揺さぶられることはない。

 陸攻は、接地から700mほど滑走したところで行き脚が止まった状態となり、左席の股上飛曹長が天窓を開け、上半身を乗り出して前方を監視し、陸攻と重爆が列線を敷いている方へ、ゆっくりと地上走行して近付いて来た。

 着陸の間、機内の搭乗員たちは、皆、心配そうな表情で、爆弾倉に懸吊した桜花の方を見つめていたが、ゆっくりとした地上走行に移ったところで、ようやくホッとした表情に戻った。

 地上を走行して来た田岡の陸攻は、四式重爆の傍まで来るとくるりと方向を変え、その横に並んで駐機し、エンジンを停止した。

 一緒にいた零戦は、と見ると、こちらも無事に着陸をし、陸攻の方へ地上走行して駐機している。

 エンジンを止めた陸攻と零戦の傍に、陸海軍の飛行兵たちなどが大勢近寄って来て、口々に

「721空の所属ですね。どこから飛んで来たんですか?」
「攻撃目標は何だったんですか?」
「今、戦況はどうなっているんですか?」

などと、矢継ぎ早に質問を浴びせた。

「おいおい、ちょっと待ってくれ。こっちこそ聞きたいことがあるんだ。ここは一体どこなんだ?あんたたちは、なぜここにいるんだ?陸海軍混成とは、どういう部隊編成なんだ?士官はおらんのか?」

 先頭で降りて来た田岡中尉が、反対に周囲の将兵たちに問い返した。

 だが、質問とそれに対する質問返しで、埒が開きそうにない。

「こんなところで立ち話も何だから、ピストへ行ってゆっくり話そう。」

 飛行服姿の士官が進み出て言った。

「ピスト」とは、指揮所の事で、ギムレー飛行場にも、草原の端に設けられていた。

「一三一空の岩見沢特務中尉です。ピストへ参りましょう。」
「承知しました。私は、七二一空の田岡中尉、機長です。こちらは、直掩零戦搭乗員の野山上飛曹、よろしく願います。」
「こちらこそ、よろしく願います。」

 岩見沢は、そう言ってから、馬車を呼び寄せた。

「馬車を使っているんですか?」

 田岡が驚いて聞くと

「ええ、こちらでは事情があって自動車が少ないので、馬車が多用されているんですよ。」

 当然、という顔で岩見沢が答えた。

 その時、田岡機のほうで

「ワァ。」

と大声が上がった。

 何かトラブルらしい。

 馬車に乗り込みかけていた田岡が戻り、人垣の中に入ってみると、桜花搭乗員の根本二等飛行兵曹が

「貴様、俺をバカにする気かァ!」

と言いながら、一人の陸軍の兵隊の胸倉を掴んでいた。

 その兵隊は、根本二飛曹より随分年長に見えるが、階級章を見ると兵長である。

「根本、止めろ。一体、何があったんだ?」

 股上飛曹長が割って入って引き離し、事情を尋ねた。

「いや、申し訳ない。実は、その兵長が、そちらが下士官であることに気付かず、『子供に戦争ができるか。』などとからかうようなことを言ってしまったんです。」

 陸軍の飛行服姿の者が代わりに答えた。
 階級章を見ると、准尉である。

 根本は、少年飛行兵出身の桜花隊員であり、年齢は17歳になったばかりであったから、20歳で応招し、軍歴数年に及ぶ陸軍の兵長から見れば、随分と若く見えたことは否めない。

 しかし、「二等下士」とも呼ばれる二等兵曹は、立派な下士官であるから、兵長がからかって良い対象ではない。

「おい、兵長。非礼を謝れ。」

 准尉が命ずると、その兵長は

「申し訳ありませんでした、二等飛行兵曹殿。」

と言って敬礼した。

 田岡も

「根本兵曹、気持ちは分かるが相手も謝っておる。ここは水に流せ。」

と諭すと、根本は

「分かりました、中尉。」
 
と言って引き下がった。

 田岡は

「おい、兵長。」

 踵を返して立ち去ろうとする、先の兵長を呼び止めて

「すまんが、根本兵曹は17歳だが、特攻隊、桜花隊員なのだ。そこを酌んでやってくれ。それから、陸さんでも、特攻隊には17、18歳の軍曹や伍長がいると聞く。あまり見かけで判断するな。」

と諭すと、その兵長は

「分かりました。申し訳ありません。」

そう言い、もう一度敬礼すると、立ち去って行った。

 騒ぎが収まり、岩見沢は、田岡以下の陸攻搭乗員ペアと野山上飛曹を、ピストへと連れて行った。

 岩見沢は、兵に言い付けて茶を淹れさせ、田岡たちに煙草を勧めながら

「さて、我々の方から話を始めましょうか。」

と切り出し、自分も煙草を燻らせながら、説明を始めた。

 ここが異世界であること、リンガ泊地、千島列島沖、小笠原沖から艦艇や航空機が転移して来たこと、陸海軍混成の根拠地隊を編成したこと、ブリーデヴァンガル島や属領首府、ミズガルズ王国のこと、などについて、順序良く話して行く。

 田岡中尉以下の陸攻ペアと零戦の野山上飛曹は、黙ったまま

「信じられない。」

といった表情で、岩見沢の説明に聞き入っていた。

「信じられない、と言ったところで、我々も戦艦と空母が停泊する港と中世欧州のような港町、現代ではあり得ない帆船の姿などを上空から見ましたから、きっと現実なんでしょうね。」 

 田岡はそう言って、煙草の煙を吐き出した。

 そして

「我々は、七ニ一空、俗に神雷部隊といいますが、その所属で、百里原で練成中のところ、急遽引き抜かれて、比島決戦に参加することになったのです。」

と自分たちについて語り始めた。  
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