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第120話 出雲、蛟龍、王都外港へ
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金貨1万枚、500㎏を乗せた一式陸攻と、グリトニル辺境伯とイザベラ姫一行を乗せた四式重爆撃機飛龍は、王都からブリーデヴァンガル島に帰還し、ギムレー飛行場に着陸した。
陸攻が積んで来た金貨は、到着後、そっくり装甲兵車に積み替えられ、これにグリトニルとイザベラ一行も便乗し、九七式中戦車1個小隊3輌と、九五式軽戦車1個小隊3輌、九七式軽装甲車2輌が、がっちりと護衛して、デ・ノーアトゥーンへ向けて出発した。
慎重を期した半日ほどの道中であったが、途上、怪し気な人物の気配は感じられたものの、さすがに2個小隊の戦車に挑む者はおらず、車列は、夕刻前にデ・ノーアトゥーンに安着した。
デ・ノーアトゥーン到着後、護衛に騎士30騎が加わり、実に物々しい趣きでトゥンサリル城に向かった。
この仰々しい行列は、街行く市民もただ茫然と見送るばかりで、不審な動きを見せる者もなく、無事、トゥンサリル城に到着し、金貨は、商務尚書管理の金庫へ厳重に収められた。
「いっそのこと、我々日本軍将兵にパァっと配れば良いと思いますがね。金は天下の回り物って言いますし。」
陸攻を降り、一服点けながら金貨搬送の車列を見送った矢切が、一緒に煙草を吸っていた山花に言った。
「それは無茶だよ、飛曹長。この狭い島で一挙に大量の金貨を流通させたら、インフレが起きてしまう。」
「はあ、インフレ、ですか。」
何のことやら分からず、矢切が言った。
「うん、インフレーションといってね。通貨の価値が下がってしまうことを指すんだ。例えば、昨日の十円が、今日は同じ額面で五円の値しかなくなる、という状況でね。単なる物価の値上がりではなくて、カネの価値が下がってしまうんだ。」
「はあ、まあ、何となく分かります。」
矢切は、分かったような分からないような返事をした。
「だから、属領首府の商務担当はそのことを分かっていて、いったん金貨を属領首府の金庫に収めてから、塩梅良く市中に出回らせるようにした、という訳だ。」
「へえ、こっちの人間も賢いもんですね。経済ってやつをちゃんと理解しているんですか。」
「まあ、そういうことになるな。」
矢切は、『経済』というアカデミックな言葉を新聞記事以外では知らないが、日常会話の中でサラッと出て来たことに、自身で驚いた。
「いずれそのうち、たんまりと金貨銀貨を賜るさ。楽しみに待っておこう。」
そう言うと山花は、煙草を一口、スウっと吸い込んだ。
「それは少し虫が良すぎる。油田が発見され、ガソリン、軽油、重油の生産が始まったからといって、まだ根拠地隊の腹を満たすには不十分だ。それを、王様の誕生日に見せびらかしたいから王都の外港までわざわざ来い、というのは勝手極まりない!」
ここは、空母蛟龍の司令官室である。
蛟龍には、旗艦設備があるため、司令官室も備わっていた。
司令官室には、蛟龍、出雲をはじめとする各艦の艦長が集められており、ミズガルズ王国の国王名で発せられた要請について、討議が行われていた。
「改めて申し上げるまでもなく、現状、野付に搭載されている重油については、ディーゼル機関の各艦に優先配分しており、出雲と蛟龍ほか、罐焚きの各艦は、油田で採れる原油を補充し燃やしております。したがいまして、遺憾ではありますが、各艦、行動は最小限度として訓練もままならず、油を節約しているのが実情で、王侯貴族の道楽にお付き合いする余裕はないのであります。」
蛟龍艦長稲積大佐が、多少の憤りを込めて一気に捲し立てた。
席上には、属領首府海事・軍務尚書のレンダール男爵と補佐官のハッケン准男爵も同席している。
事の起こりは、3日ほど前、通信鳩によりもたらされた、王都からの一通の文書であった。
暗号で記されたその文書は
「7日後に開催される国王の即位記念祭において、王都外港ナルヴィックで実施される観艦式に参加されたし。」
という内容であった。
改めて日付を見ると、その日は、日本の暦で2月1日に当たる日であった。
こちらの世界に転移してもう1か月経つのかと思う反面、まだ1か月しか経っていないのか、という思いも感じられる。
それはともかく、「根拠地」としてミズガルズ王国の領土を間借りしている
のは事実であるから、宿主の意向を無下にもできない。
かと言って、往復2,000㎞、約1,000㌋分以上の燃料消費は痛い。
「出雲と随伴の駆逐艦か海防艦1パイ、という訳には行きませんか。十分に見栄えがする、と思いますが。」
桑園少将が、レンダール男爵に質問した。
「はあ、それが、本国からは『浮かべる城』とヒコーキを載せる艦の両方、と言ってきております。」
レンダールの回答に
「本艦出雲も、航空機を運用する艦には違いないですぞ。」
これは、航空戦艦出雲艦長白石大佐の発言である。
しかし、要請の趣旨は、明らかに蛟龍を名指ししているのと同然で、ここはレンダールも苦笑するしかなかった。
「それでは…。」
燻らせていた煙草を灰皿で揉み消し、桑園が言った。
「無条件という訳には参りません。」
「どうぞ、仰ってください。」
レンダールが先を促す。
「ブリーデヴァンガル島及びその周辺で採掘される原油について、当面の間、全量を我が根拠地隊がいただき、燃料とすることです。それぐらいでないと、出雲、蛟龍の両艦が、ナルヴィック往復で消費する燃料に釣り合わない。」
桑園は、新しい煙草に火を点け、一口吸ってから
「よろしいですな。」
と念を押すと
「致し方ありませんな。」
レンダールはそう答えた。
陸攻が積んで来た金貨は、到着後、そっくり装甲兵車に積み替えられ、これにグリトニルとイザベラ一行も便乗し、九七式中戦車1個小隊3輌と、九五式軽戦車1個小隊3輌、九七式軽装甲車2輌が、がっちりと護衛して、デ・ノーアトゥーンへ向けて出発した。
慎重を期した半日ほどの道中であったが、途上、怪し気な人物の気配は感じられたものの、さすがに2個小隊の戦車に挑む者はおらず、車列は、夕刻前にデ・ノーアトゥーンに安着した。
デ・ノーアトゥーン到着後、護衛に騎士30騎が加わり、実に物々しい趣きでトゥンサリル城に向かった。
この仰々しい行列は、街行く市民もただ茫然と見送るばかりで、不審な動きを見せる者もなく、無事、トゥンサリル城に到着し、金貨は、商務尚書管理の金庫へ厳重に収められた。
「いっそのこと、我々日本軍将兵にパァっと配れば良いと思いますがね。金は天下の回り物って言いますし。」
陸攻を降り、一服点けながら金貨搬送の車列を見送った矢切が、一緒に煙草を吸っていた山花に言った。
「それは無茶だよ、飛曹長。この狭い島で一挙に大量の金貨を流通させたら、インフレが起きてしまう。」
「はあ、インフレ、ですか。」
何のことやら分からず、矢切が言った。
「うん、インフレーションといってね。通貨の価値が下がってしまうことを指すんだ。例えば、昨日の十円が、今日は同じ額面で五円の値しかなくなる、という状況でね。単なる物価の値上がりではなくて、カネの価値が下がってしまうんだ。」
「はあ、まあ、何となく分かります。」
矢切は、分かったような分からないような返事をした。
「だから、属領首府の商務担当はそのことを分かっていて、いったん金貨を属領首府の金庫に収めてから、塩梅良く市中に出回らせるようにした、という訳だ。」
「へえ、こっちの人間も賢いもんですね。経済ってやつをちゃんと理解しているんですか。」
「まあ、そういうことになるな。」
矢切は、『経済』というアカデミックな言葉を新聞記事以外では知らないが、日常会話の中でサラッと出て来たことに、自身で驚いた。
「いずれそのうち、たんまりと金貨銀貨を賜るさ。楽しみに待っておこう。」
そう言うと山花は、煙草を一口、スウっと吸い込んだ。
「それは少し虫が良すぎる。油田が発見され、ガソリン、軽油、重油の生産が始まったからといって、まだ根拠地隊の腹を満たすには不十分だ。それを、王様の誕生日に見せびらかしたいから王都の外港までわざわざ来い、というのは勝手極まりない!」
ここは、空母蛟龍の司令官室である。
蛟龍には、旗艦設備があるため、司令官室も備わっていた。
司令官室には、蛟龍、出雲をはじめとする各艦の艦長が集められており、ミズガルズ王国の国王名で発せられた要請について、討議が行われていた。
「改めて申し上げるまでもなく、現状、野付に搭載されている重油については、ディーゼル機関の各艦に優先配分しており、出雲と蛟龍ほか、罐焚きの各艦は、油田で採れる原油を補充し燃やしております。したがいまして、遺憾ではありますが、各艦、行動は最小限度として訓練もままならず、油を節約しているのが実情で、王侯貴族の道楽にお付き合いする余裕はないのであります。」
蛟龍艦長稲積大佐が、多少の憤りを込めて一気に捲し立てた。
席上には、属領首府海事・軍務尚書のレンダール男爵と補佐官のハッケン准男爵も同席している。
事の起こりは、3日ほど前、通信鳩によりもたらされた、王都からの一通の文書であった。
暗号で記されたその文書は
「7日後に開催される国王の即位記念祭において、王都外港ナルヴィックで実施される観艦式に参加されたし。」
という内容であった。
改めて日付を見ると、その日は、日本の暦で2月1日に当たる日であった。
こちらの世界に転移してもう1か月経つのかと思う反面、まだ1か月しか経っていないのか、という思いも感じられる。
それはともかく、「根拠地」としてミズガルズ王国の領土を間借りしている
のは事実であるから、宿主の意向を無下にもできない。
かと言って、往復2,000㎞、約1,000㌋分以上の燃料消費は痛い。
「出雲と随伴の駆逐艦か海防艦1パイ、という訳には行きませんか。十分に見栄えがする、と思いますが。」
桑園少将が、レンダール男爵に質問した。
「はあ、それが、本国からは『浮かべる城』とヒコーキを載せる艦の両方、と言ってきております。」
レンダールの回答に
「本艦出雲も、航空機を運用する艦には違いないですぞ。」
これは、航空戦艦出雲艦長白石大佐の発言である。
しかし、要請の趣旨は、明らかに蛟龍を名指ししているのと同然で、ここはレンダールも苦笑するしかなかった。
「それでは…。」
燻らせていた煙草を灰皿で揉み消し、桑園が言った。
「無条件という訳には参りません。」
「どうぞ、仰ってください。」
レンダールが先を促す。
「ブリーデヴァンガル島及びその周辺で採掘される原油について、当面の間、全量を我が根拠地隊がいただき、燃料とすることです。それぐらいでないと、出雲、蛟龍の両艦が、ナルヴィック往復で消費する燃料に釣り合わない。」
桑園は、新しい煙草に火を点け、一口吸ってから
「よろしいですな。」
と念を押すと
「致し方ありませんな。」
レンダールはそう答えた。
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