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第102話 瑞雲発進セヨ

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 一方、中島に対しても、利尻が距離5千からの砲撃を開始した。

 出雲と違って、こちらは艦を停止させ、位置を固定しての砲撃である。

 小型艦と言えど、艦橋トップに測距儀を設置し、小型の射撃盤も備えているので、戦艦ほど大がかりではないが、観測で得られた諸元を補正して砲側に送り、射撃の精度を高めている。

 すでに、「右砲戦」は下令されており、一番から三番の各砲では、砲長以下の砲手らが配置に着いて、発砲を今や遅しと待っている。

 射撃盤から送られる諸元に、俯仰角と方位角を必死で合わせるのは、戦艦も海防艦も変わりはない。

 距離5千mは、利尻搭載の12㎝砲の最大射程距離の1/3ほどであるから、仰角は控えめで、右正面に中島を捉えている。

 砲術長、ついに

「打方はじめ」

を下令する。

 ドドドーン

 出雲よりはるかに小振りの砲であるが、砲声は空気を震わせ腹に響く。

 時計掛りの水兵が、発砲と同時にストップウォッチを押し、秒時を計っている。

 利尻の12㎝砲の初速は、毎秒825mだから、ほぼ6秒間の弾丸飛行時間になる。

「初弾、ダーンチャク!」

 時計掛りが叫んだのと同時に、中島の手前に3本の水柱が立った。

「全近!」

 苦虫を噛み潰したような表情で砲術長は

「高め二、急げ!」

と下令、続けて第二射が発砲となる。

「苗頭修正弾、ダーンチャク!」

 今度は、中島に3箇所の爆発が起こり、全弾が命中した。

「全弾命中、諸元そのまま。急ぎ打て。」

 各砲は、そのままの諸元で発砲を続ける。

 次の射撃でも、三発全弾が命中して、爆風とともに、弾片と土煙を撒き散らした。

 くどいようだが、利尻の12㎝砲は、艦砲としては小振りだが、陸用で75㎜砲や105㎜砲が多用されていることを考えれば、120㎜砲は、十分、大口径砲となる。

 出雲の砲撃も、佳境を迎えていた。

 発砲の度に、諸元は適切に修正され、目標の大島には、ほぼ同時に7~8個の大きな爆発が起こり、土砂をえぐって周囲の樹木その他を吹き飛ばし、弾片とともに撒き散らした。

 砲弾に穿り返されて、島の地形も変わったかと思われた頃、出雲の艦橋右舷見張りが

「大島から小さい帆掛け舟が現れました。中に、女らしき人影あり!」

と叫んだ。

「何ぃ、女だと!」

 宮澤航海長が怒鳴るように言った。

「騙されてはなりませんぞ!」

 それまで何も言わず、驚きの表情で呆然と砲撃を眺めていたアールトが、打って変わって重々しく、しかし周囲の音に負けない大きさの声で言った。

「其奴らこそが、当にセイレーンどもに外なりませぬ。見てくれに騙されてはいけません。船乗りを呼び寄せては喰らう、鬼どもでございます。喰らった船乗りが使っていた小舟を利用して、近付く腹にございます。」

 アールトの説明に、白石艦長は

「セイレーンご一行様の、歌声出前っていう訳だ。」

と呟いた。

 出雲と大島との距離は、1万2千mほどに縮まっていたが、帆掛け船は、出雲ではなく、小型で与し易いと見たか、利尻の方へ近寄って行っている。

「声が届かぬならば、届けようというという訳か。」

 出雲の方位盤射撃所で観測を続けていた黒部砲術長が、小舟の様子を見て言った。

 出雲の主砲では、目標が小さ過ぎ、また、小刻みに動くので狙い辛い。

「副砲があったらなぁ。」

と黒部は思ったが、出雲がかつて搭載していた14㎝副砲は、航空戦艦に改装されたときに撤去されてしまっている。

 いずれにせよ、出雲が小舟を攻撃するのであれば、距離が詰まってから、高角砲や対空機銃で射撃するのが良いと思われた。

 ただ、その小舟は、利尻の方へ向かっているので、当面、出雲の出番はなさそうである。

「瑞雲を出してみよう。」

 桑園少将が、白石艦長に提案した。

 弾着観測は予定していなかったが、必要に応じての偵察は考えられたので、艦尾飛行甲板下の格納庫に、水上偵察機瑞雲が3機だけ搭載されていた。

「島と小舟の攻撃ですか?」

 白石が桑園に問い返すと

「島は砲撃の効果確認だな。上空から観察するのが一番ベストだろう。小舟の方も、艦砲より水偵の機銃掃射の方が効果がありそうだ。」

 瑞雲は、両主翼前方に20㎜機銃をそれぞれ1丁ずつ装備している。

「確かにそうですね。」

 納得した白石は、瑞雲搭乗員の中で先任の円山飛行兵曹長を艦橋に呼ぶと、簡単に状況を説明し

「…という訳であるから、3機で小舟を攻撃するのと、砲撃の効果を確認して来てもらいたい。ああ、弾着観測を頼むつもりはないから、安心してくれ。よろしく頼む。」

 白石は、相手が、一応、独立した634航空隊所属機ということを意識して、多少の遠慮がちに言った。

「承知しました。準備でき次第、発艦します。」

 円山は、桑園と白石に敬礼すると艦橋を降り、後部飛行甲板へ去って行った。

 ここで、出雲の砲撃がいったん止んだ。

 これは、特に、三、四番主砲塔を射撃すると、後部飛行甲板に上げた瑞雲が爆風で破損してしまう恐れがあったからである。

 実際、イタリアの戦艦がカタパルト上の偵察機をそのままにして艦砲射撃を行ったところ、爆風で偵察機が破損、炎上してしまう事故を起こした例があった。

 伊勢型航空戦艦は、搭載全機の発艦が5~10分程度で行えるから、格納庫から3機を引っ張り出して発進させるのには、さほど時間はかからない。

 整備班長の振り下ろす白旗でエンジン発動、射出機へ移動させて滑走台に機体を乗せ、操縦員の「準備ヨロシ」の合図を待って整備長が赤旗を振り下ろすと、滑走台ごと機体が射出機の上を滑って行き、空へ放り出される。

 3機が無事に射出されるまでの間も、方位盤照準装置は大島を捉え続け、発令所射撃盤は諸元を送り続けていた。

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