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第88話 魔術と技術

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 ヴェスターンラント島の中心であるブレイザブリク港に入港した浦賀と利尻は、接岸困難と判断して沖係り、投錨した。
 浦賀と利尻が沖係りしている石炭ヤードは、珍しい艦の来航とばかりに人だかりがしている。

 浦賀艦長の千葉大佐は、属領主府庶務尚書補佐官のハッケン准男爵を伴い、内火艇で港の中央岸壁を目指した。

「皆様方のボートも速くて便利なものですな。」

 同乗のハッケンは、内火艇の速度に驚きの表情を隠さなかった。

 停泊中の大小の船舶の間を縫うようにして航走した内火艇は、周囲の奇異の視線に晒されながら中央岸壁の空きスペースに接岸し、艇長チャージの若い少尉の指示で、兵隊が舫い綱を取ってもらおうと岸壁の群衆へ盛んに呼び掛けているが、なかなか誰も応じてくれない。

 しばらくして、水夫らしい男が進み出て「綱をこっちへ寄越せ。」と仕草で示したので、ようやく兵隊が舫い綱を投げると、その男は、周囲にいた何人かの男たちと一緒に、手際良く綱を係船柱に巻いてくれた。

 ハッケンが先に内火艇を降り、千葉大佐と警護の陸戦隊員5名が続いた。

「先ほどは痛み入る。」

と、ハッケンは舫い綱を取ってくれた水夫たちに礼を述べ、駄賃として何枚かのコインを手渡した。

「なぁに、造作もねえこってがんす。」

 水夫の一人が笑って答えた。
 
「ついでと言っちゃ何だが、皆が乗れる辻馬車がおらんだろうか。代官殿のところへ行きたいのだが。」
「ああ、それなら…。」

 ハッケンの頼みに、水夫が「ヒューイッ」と指笛を吹き手招きをすると、10mほど離れたところに停まっていた2頭立て馬車の御者が気付き、こちらへ馬車を近寄せて来た。

「重ね重ねありがとう。」

 ハッケンが丁寧に礼を述べ馬車に乗ると、千葉大佐以下の6人が続いた。

 ハッケンの指示で馬車は、属領主府属領代官というややこしい肩書を持つイェンス・ファン・ブラ―ウンシュパイク男爵の館へ向かった。

 ハッケンの話では、ブラ―ウンシュパイク男爵は、鉱山開発に才覚がある人物で、合理的判断ができる人物とのことであった。

「やあ、ようこそいらっしゃいました。先刻、沖合に投錨した船、二ホン海軍の皆様ですな。お噂はかねがね聞き及びまする。ハッケン殿も、久方振りでございますな。」

 一行を出迎えたブラ―ウンシュパイクは、両手を広げて歓迎の意を示した。
 ブラ―ウンシュパイクの館は、2階建ての多いブレイザブリクの街では珍しく3階建てで、その屋上には、港や海が一望できる望楼が設けられており、彼は、浦賀と利尻の入港を見ていたようである。

 玄関で千葉と名乗り合った後、ブラ―ウンシュパイクは、一行を応接間へ誘ったが、陸戦隊の5名は、指揮官の上等兵曹が

「私らは外でお待ちします。」

と言って入室を遠慮したため、別途、待機の部屋を与えられた。

 応接間で椅子を勧められて座ったハッケンと千葉であったが

「今回、私どもがこちらへ参ったのは…。」

 ハッケンが言いかけると、ブラ―ウンシュパイクが

「分かっております。コーラ石炭のことですな。」

と発言を遮り、ズバリと言った。

「ほう。お分かりになりますか。」

 千葉が反問すると

「やはりそうでしたか。いや何、皆様が乗って来られたあの大きな船ですが、中央の煙筒から盛んに煙を吐いております。帆を掛けずに進んでいる船と思われますが、コーラ石炭を焚いて何かの仕掛けを動かしているのではないか、と推察した次第でございます。」

 ブラ―ウンシュパイクは、あっさり答えた。

「慧眼、恐れ入ります。あの大きな方の艦、『浦賀』という艦名ですが、これは石炭を燃やして水を温め蒸気を発生させ、その蒸気で機関を動かす仕組みです。」

 千葉は

「なるほど、合理的思考の持ち主だな。魔法の『ま』の字も出さない。」

と思いながら言った。

「いやいや。」

 ブラ―ウンシュパイクは謙遜した。

「皆様の世界には、進んだ技術があっても魔術はないと聞き及びます。我々の世界では、あべこべに魔術はございますが、技術の進歩が見られません。」

 彼は一呼吸置いて続けた。

「魔術は、一部の者にしか恩恵をもたらしませんが、技術が進めば万人に恩恵を与えることができます。どちらが人間にとって有益であるかは、自明の理なのですが、魔術と魔術師の特権に拘る連中、遺憾ながら貴族に多く存在いたしますが、この輩には、技術の進歩は邪魔以外の何物でもないのです。」

 千葉は、ブラ―ウンシュパイクの言葉に半ば感銘を受けた。

「男爵は、実に開明的なお考えを持っておられますな。」

 そう言ってから千葉は、海軍の癖で、男爵に敬称を付け忘れたことに気付いた。

「まあ、開明的かはともかく、私の考えなど、まだ少数意見に過ぎません。物事を合理的、かつ、科学的に探求しようとする者たちは、『錬金術師』などと呼ばれ、無から金を生み出そうとするような怪し気な連中と一括りにされている始末です。」

 ブラ―ウンシュパイクは、敬称の付け忘れに気付かず、溜息交じりに言った。

 そこで、ハッと気付いたように

「いや、失礼申し上げた。私の思考など別の話でございますな。さて、コーラ石炭ですが、余分があるとはいえ、ブリーデヴァンガル島へ移出する分がございますので、どの程度の量をお渡しできるかは、積み出しの担当に計算させましょう。十分かどうかはともかく、そこそこの量はお渡しできるものと存じます。」

と言った。

「して、対価は如何に。」

 ハッケンが質問すると

「属領主府に引き渡したものとして計算いたします故、ご心配は無用と存じます。」

 ブラ―ウンシュパイクは、胸を張って言った。

「では、よろしくお願い申し上げる。」

 千葉とハッケンは、揃って頭を下げた。
 
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