88 / 135
第88話 魔術と技術
しおりを挟む
ヴェスターンラント島の中心であるブレイザブリク港に入港した浦賀と利尻は、接岸困難と判断して沖係り、投錨した。
浦賀と利尻が沖係りしている石炭ヤードは、珍しい艦の来航とばかりに人だかりがしている。
浦賀艦長の千葉大佐は、属領主府庶務尚書補佐官のハッケン准男爵を伴い、内火艇で港の中央岸壁を目指した。
「皆様方のボートも速くて便利なものですな。」
同乗のハッケンは、内火艇の速度に驚きの表情を隠さなかった。
停泊中の大小の船舶の間を縫うようにして航走した内火艇は、周囲の奇異の視線に晒されながら中央岸壁の空きスペースに接岸し、艇長の若い少尉の指示で、兵隊が舫い綱を取ってもらおうと岸壁の群衆へ盛んに呼び掛けているが、なかなか誰も応じてくれない。
しばらくして、水夫らしい男が進み出て「綱をこっちへ寄越せ。」と仕草で示したので、ようやく兵隊が舫い綱を投げると、その男は、周囲にいた何人かの男たちと一緒に、手際良く綱を係船柱に巻いてくれた。
ハッケンが先に内火艇を降り、千葉大佐と警護の陸戦隊員5名が続いた。
「先ほどは痛み入る。」
と、ハッケンは舫い綱を取ってくれた水夫たちに礼を述べ、駄賃として何枚かのコインを手渡した。
「なぁに、造作もねえこってがんす。」
水夫の一人が笑って答えた。
「ついでと言っちゃ何だが、皆が乗れる辻馬車がおらんだろうか。代官殿のところへ行きたいのだが。」
「ああ、それなら…。」
ハッケンの頼みに、水夫が「ヒューイッ」と指笛を吹き手招きをすると、10mほど離れたところに停まっていた2頭立て馬車の御者が気付き、こちらへ馬車を近寄せて来た。
「重ね重ねありがとう。」
ハッケンが丁寧に礼を述べ馬車に乗ると、千葉大佐以下の6人が続いた。
ハッケンの指示で馬車は、属領主府属領代官というややこしい肩書を持つイェンス・ファン・ブラ―ウンシュパイク男爵の館へ向かった。
ハッケンの話では、ブラ―ウンシュパイク男爵は、鉱山開発に才覚がある人物で、合理的判断ができる人物とのことであった。
「やあ、ようこそいらっしゃいました。先刻、沖合に投錨した船、二ホン海軍の皆様ですな。お噂はかねがね聞き及びまする。ハッケン殿も、久方振りでございますな。」
一行を出迎えたブラ―ウンシュパイクは、両手を広げて歓迎の意を示した。
ブラ―ウンシュパイクの館は、2階建ての多いブレイザブリクの街では珍しく3階建てで、その屋上には、港や海が一望できる望楼が設けられており、彼は、浦賀と利尻の入港を見ていたようである。
玄関で千葉と名乗り合った後、ブラ―ウンシュパイクは、一行を応接間へ誘ったが、陸戦隊の5名は、指揮官の上等兵曹が
「私らは外でお待ちします。」
と言って入室を遠慮したため、別途、待機の部屋を与えられた。
応接間で椅子を勧められて座ったハッケンと千葉であったが
「今回、私どもがこちらへ参ったのは…。」
ハッケンが言いかけると、ブラ―ウンシュパイクが
「分かっております。コーラのことですな。」
と発言を遮り、ズバリと言った。
「ほう。お分かりになりますか。」
千葉が反問すると
「やはりそうでしたか。いや何、皆様が乗って来られたあの大きな船ですが、中央の煙筒から盛んに煙を吐いております。帆を掛けずに進んでいる船と思われますが、コーラを焚いて何かの仕掛けを動かしているのではないか、と推察した次第でございます。」
ブラ―ウンシュパイクは、あっさり答えた。
「慧眼、恐れ入ります。あの大きな方の艦、『浦賀』という艦名ですが、これは石炭を燃やして水を温め蒸気を発生させ、その蒸気で機関を動かす仕組みです。」
千葉は
「なるほど、合理的思考の持ち主だな。魔法の『ま』の字も出さない。」
と思いながら言った。
「いやいや。」
ブラ―ウンシュパイクは謙遜した。
「皆様の世界には、進んだ技術があっても魔術はないと聞き及びます。我々の世界では、あべこべに魔術はございますが、技術の進歩が見られません。」
彼は一呼吸置いて続けた。
「魔術は、一部の者にしか恩恵をもたらしませんが、技術が進めば万人に恩恵を与えることができます。どちらが人間にとって有益であるかは、自明の理なのですが、魔術と魔術師の特権に拘る連中、遺憾ながら貴族に多く存在いたしますが、この輩には、技術の進歩は邪魔以外の何物でもないのです。」
千葉は、ブラ―ウンシュパイクの言葉に半ば感銘を受けた。
「男爵は、実に開明的なお考えを持っておられますな。」
そう言ってから千葉は、海軍の癖で、男爵に敬称を付け忘れたことに気付いた。
「まあ、開明的かはともかく、私の考えなど、まだ少数意見に過ぎません。物事を合理的、かつ、科学的に探求しようとする者たちは、『錬金術師』などと呼ばれ、無から金を生み出そうとするような怪し気な連中と一括りにされている始末です。」
ブラ―ウンシュパイクは、敬称の付け忘れに気付かず、溜息交じりに言った。
そこで、ハッと気付いたように
「いや、失礼申し上げた。私の思考など別の話でございますな。さて、コーラですが、余分があるとはいえ、ブリーデヴァンガル島へ移出する分がございますので、どの程度の量をお渡しできるかは、積み出しの担当に計算させましょう。十分かどうかはともかく、そこそこの量はお渡しできるものと存じます。」
と言った。
「して、対価は如何に。」
ハッケンが質問すると
「属領主府に引き渡したものとして計算いたします故、ご心配は無用と存じます。」
ブラ―ウンシュパイクは、胸を張って言った。
「では、よろしくお願い申し上げる。」
千葉とハッケンは、揃って頭を下げた。
浦賀と利尻が沖係りしている石炭ヤードは、珍しい艦の来航とばかりに人だかりがしている。
浦賀艦長の千葉大佐は、属領主府庶務尚書補佐官のハッケン准男爵を伴い、内火艇で港の中央岸壁を目指した。
「皆様方のボートも速くて便利なものですな。」
同乗のハッケンは、内火艇の速度に驚きの表情を隠さなかった。
停泊中の大小の船舶の間を縫うようにして航走した内火艇は、周囲の奇異の視線に晒されながら中央岸壁の空きスペースに接岸し、艇長の若い少尉の指示で、兵隊が舫い綱を取ってもらおうと岸壁の群衆へ盛んに呼び掛けているが、なかなか誰も応じてくれない。
しばらくして、水夫らしい男が進み出て「綱をこっちへ寄越せ。」と仕草で示したので、ようやく兵隊が舫い綱を投げると、その男は、周囲にいた何人かの男たちと一緒に、手際良く綱を係船柱に巻いてくれた。
ハッケンが先に内火艇を降り、千葉大佐と警護の陸戦隊員5名が続いた。
「先ほどは痛み入る。」
と、ハッケンは舫い綱を取ってくれた水夫たちに礼を述べ、駄賃として何枚かのコインを手渡した。
「なぁに、造作もねえこってがんす。」
水夫の一人が笑って答えた。
「ついでと言っちゃ何だが、皆が乗れる辻馬車がおらんだろうか。代官殿のところへ行きたいのだが。」
「ああ、それなら…。」
ハッケンの頼みに、水夫が「ヒューイッ」と指笛を吹き手招きをすると、10mほど離れたところに停まっていた2頭立て馬車の御者が気付き、こちらへ馬車を近寄せて来た。
「重ね重ねありがとう。」
ハッケンが丁寧に礼を述べ馬車に乗ると、千葉大佐以下の6人が続いた。
ハッケンの指示で馬車は、属領主府属領代官というややこしい肩書を持つイェンス・ファン・ブラ―ウンシュパイク男爵の館へ向かった。
ハッケンの話では、ブラ―ウンシュパイク男爵は、鉱山開発に才覚がある人物で、合理的判断ができる人物とのことであった。
「やあ、ようこそいらっしゃいました。先刻、沖合に投錨した船、二ホン海軍の皆様ですな。お噂はかねがね聞き及びまする。ハッケン殿も、久方振りでございますな。」
一行を出迎えたブラ―ウンシュパイクは、両手を広げて歓迎の意を示した。
ブラ―ウンシュパイクの館は、2階建ての多いブレイザブリクの街では珍しく3階建てで、その屋上には、港や海が一望できる望楼が設けられており、彼は、浦賀と利尻の入港を見ていたようである。
玄関で千葉と名乗り合った後、ブラ―ウンシュパイクは、一行を応接間へ誘ったが、陸戦隊の5名は、指揮官の上等兵曹が
「私らは外でお待ちします。」
と言って入室を遠慮したため、別途、待機の部屋を与えられた。
応接間で椅子を勧められて座ったハッケンと千葉であったが
「今回、私どもがこちらへ参ったのは…。」
ハッケンが言いかけると、ブラ―ウンシュパイクが
「分かっております。コーラのことですな。」
と発言を遮り、ズバリと言った。
「ほう。お分かりになりますか。」
千葉が反問すると
「やはりそうでしたか。いや何、皆様が乗って来られたあの大きな船ですが、中央の煙筒から盛んに煙を吐いております。帆を掛けずに進んでいる船と思われますが、コーラを焚いて何かの仕掛けを動かしているのではないか、と推察した次第でございます。」
ブラ―ウンシュパイクは、あっさり答えた。
「慧眼、恐れ入ります。あの大きな方の艦、『浦賀』という艦名ですが、これは石炭を燃やして水を温め蒸気を発生させ、その蒸気で機関を動かす仕組みです。」
千葉は
「なるほど、合理的思考の持ち主だな。魔法の『ま』の字も出さない。」
と思いながら言った。
「いやいや。」
ブラ―ウンシュパイクは謙遜した。
「皆様の世界には、進んだ技術があっても魔術はないと聞き及びます。我々の世界では、あべこべに魔術はございますが、技術の進歩が見られません。」
彼は一呼吸置いて続けた。
「魔術は、一部の者にしか恩恵をもたらしませんが、技術が進めば万人に恩恵を与えることができます。どちらが人間にとって有益であるかは、自明の理なのですが、魔術と魔術師の特権に拘る連中、遺憾ながら貴族に多く存在いたしますが、この輩には、技術の進歩は邪魔以外の何物でもないのです。」
千葉は、ブラ―ウンシュパイクの言葉に半ば感銘を受けた。
「男爵は、実に開明的なお考えを持っておられますな。」
そう言ってから千葉は、海軍の癖で、男爵に敬称を付け忘れたことに気付いた。
「まあ、開明的かはともかく、私の考えなど、まだ少数意見に過ぎません。物事を合理的、かつ、科学的に探求しようとする者たちは、『錬金術師』などと呼ばれ、無から金を生み出そうとするような怪し気な連中と一括りにされている始末です。」
ブラ―ウンシュパイクは、敬称の付け忘れに気付かず、溜息交じりに言った。
そこで、ハッと気付いたように
「いや、失礼申し上げた。私の思考など別の話でございますな。さて、コーラですが、余分があるとはいえ、ブリーデヴァンガル島へ移出する分がございますので、どの程度の量をお渡しできるかは、積み出しの担当に計算させましょう。十分かどうかはともかく、そこそこの量はお渡しできるものと存じます。」
と言った。
「して、対価は如何に。」
ハッケンが質問すると
「属領主府に引き渡したものとして計算いたします故、ご心配は無用と存じます。」
ブラ―ウンシュパイクは、胸を張って言った。
「では、よろしくお願い申し上げる。」
千葉とハッケンは、揃って頭を下げた。
32
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
第二艦隊転進ス 進路目標ハ未来
みにみ
歴史・時代
太平洋戦争末期 世界最大の46㎝という巨砲を
搭載する戦艦
大和を旗艦とする大日本帝国海軍第二艦隊 戦艦、榛名、伊勢、日向
空母天城、葛城、重巡利根、青葉、軽巡矢矧
駆逐艦涼月、冬月、花月、雪風、響、磯風、浜風、初霜、霞、朝霜、響は
日向灘沖を航行していた
そこで米潜水艦の魚雷攻撃を受け
大和や葛城が被雷 伊藤長官はGFに無断で
作戦の中止を命令し、反転佐世保へと向かう
途中、米軍の新型兵器らしき爆弾を葛城が被弾したりなどもするが
無事に佐世保に到着
しかし、そこにあったのは………
ぜひ、伊藤長官率いる第一遊撃艦隊の進む道をご覧ください
どうか感想ください…心が折れそう
どんな感想でも114514!!!
批判でも結構だぜ!見られてるって確信できるだけで
モチベーション上がるから!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる