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第87話 浦賀ト利尻ハ目的地二安着セリ

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 朝日大尉は、エスケリネンたちを前に、石油について語り始めた。
 いや、語り始めようとしたところで

「こんなところでの立ち話も無粋でしょう。拙宅へお出でください。」

 エスケリネンに言われてしまった。
 確かに、天下の公道で立ったままする話ではない。
 朝日は、自分の拙速を恥じた。

「いや、これは失礼をいたしました。つい、我を忘れてしまったのであります。」

 彼はそう言って、エスケリネンの案内に従い、中央広場から50mほど離れた場所にある「屋敷」に向かうことにした。

「鹿島殿、ノアにターニャ、そのほかの皆様も、大したおもてなしもできませんが、どうぞお出でくださいませ。」

 エスケリネンの誘いを受けて、朝日は

「各車輛は、エスケリネン殿の邸宅の庭及び邸宅前道路に停車し、人員は、邸宅内で適宜休息を取れ。ただし、2名ずつが交代で車輛の警備に当たるものとする。小林少尉、後を頼む。」

と車列の部下たちに命じた。

「了解しました、大尉殿。」

 小林少尉が敬礼して答えた。

 命じた後で朝日は、エスケリネンに続いて屋敷の中に入って行った。
 彼は、エスケリネンの後姿を見ながら

「この爺さん、石油については色々知っていそうだし、原油採掘や製油所の存在も事実らしい。最初はどうなるかと思ったが、情報もブツも手に入りそうだな。これは、ゴブリン退治に協力した我が挺身隊の功績大なりってところだ。」

と思った。
 
 今回のエルフの集落訪問は、出だしが交戦寸前の険悪なものだっただけに、ノアの勇気ある行動のおかげはあったものの、誤解が解ければ、挺身隊の行動が有利に働いていることは間違いなかった。

「そう言えば、石油と一緒に石炭も探しに行く話があったっけな。」

 エスケリネンの後ろを歩いていた朝日は、そんなことを思い出していた。


 こちらの世界ではコーラと呼ばれる石炭を求め、1月4日朝、デ・ノーアトゥーン港を出港した間宮型給糧艦浦賀と護衛の海防艦利尻は、利尻が先導する隊形でビフレスト海峡を西進し、その後、助言を乞うために乗艦してもらっている、航路に通暁した航海士の進言に従い、進路をやや北寄りへ取り、西北西の方角へ向かった。

 利尻は、先導を務めてはいるが、指揮権は、浦賀艦長千葉大佐にある。
 利尻の艦長は渡島少佐であり、当然、階級上位者の千葉大佐が先任者として指揮を執るのである。

 艦橋で前方を見つめている渡島少佐は、傍らにいる助言者アドバイザーの方を見遣った。
 バイエンスと名乗ったその男は、船乗りらしい日焼けをした精悍な顔つきであり、立派なカイゼル髭を蓄えていた。

 デ・ノーアトゥーン港を出港してからすでに一昼夜を過ぎているが、渡島は、この男が眠っていないことを知っていた。

「貴殿は、何故、夜に休まれんのですか?」

 渡島は疑問を口にした。

「何、夜は星が見えます故、昼間よりも安心して船を操れるものです。」

 バイエンスは、あっさりと答えた。

「昼間でも、太陽が出ておれば天測は可能でしょう。」

 渡島が反問した。

「いかにも仰る通り。ただ、太陽は高度を測る必要がありますが、星は一目で方角を指し示してくれます。」
「しかし、月や星を使う場合でも、やはり計算は必要になるでしょう。」
「そうですな。私は、この辺りであれば、季節ごとの星の種類や位置を熟知しておりますので、夜空を見れば、今、自分がどこにいるのかすぐに分かります。要は、感覚センスの問題でしょうな。」

 続けての渡島の問いにも、バイエンスは自信あり気に答えた。
 流石に、軍務尚書とその補佐官が選抜した人物である。

「俺も、一応は船乗りなんだがな。」

 渡島は苦笑した。

 1月6日朝、浦賀と利尻は、ヴェスターンラント最大の港であるブレイザブリクの沖合に到達した。
 呆れたことに、バイエンスはここまで不眠不休であり、これには渡島も驚かされた。

「ブレイザブリクは、湾の奥にある港でありますから、私が水先案内をいたしましょう。」

 バイエンスが言った。

「何と。貴殿はそれほどまでにこの港を知悉しているのですか!」

 思わず驚きの声を上げた渡島に

「目を瞑っていても入港できる自信がございます。」

とバイエンスが笑いながら言った。

「ご冗談を。まあ、それほどまでに慣れておられるということですな。」

 渡島も笑いながら答えたが、続けて

「ご提案はありがたいが、機関を用いた操艦などは、帆船に慣れた貴殿には少々難しいかと思われますので、ご助言をいただければと存じます。」

とも言った。

 ただ、基準排水量1万5千トンの浦賀は言うに及ばず、千トンにも満たない利尻でさえ、タグボートなしでの接岸は、まず無理であろうと思われるので、艦は沖係りとしておき、人や貨物は、通船を使用して運搬するしかない。

 浦賀は、港の石炭ヤードの沖合に、バイエンスの助言と内火艇による実測の水深を基に錨泊地を決め、利尻は、その外側を守るように錨泊することにした。

「両舷停止。」
「りょうげんていーし。」

 渡島の号令に操舵員が応える。

「錨を降ろせ。」

 渡島が命ずると、艦橋の窓から上半身を乗り出していた航海長が、チェーンパイプとホースパイプの傍で待機していた錨鎖繰りを操作する兵員に向かって、左手を大きく振り下ろすと同時に

  ピリリリリリリー

と笛を吹いて合図を送ると、ブレーキを外された錨鎖がガラガラと音を立てて伸びて行き、やがて先端の錨が、ドブンという音と飛沫を上げて海中に没して行った。

 左舷に停泊している浦賀の方を見ると、浦賀も投錨を終えている。

「浦賀ト利尻ハ目的地二安着セリ」 

 目的地ヴェスターンラントへ到着の報告は、浦賀艦長千葉大佐が行っている。
 浦賀は、艦艇の通信を監視する通信監査艦の任も負っているから、張り巡らされた空中線アンテナの多さは、水雷戦隊旗艦を務める巡洋艦以上である。

「デカいなぁ。」

 近くで改めて見ると、やはり浦賀は艦体が大きい。
 間宮型の浦賀は、基準排水量で言えば利尻の20倍近く、長さも2倍近くある。
 また、特務艦籍にあるとはいえ、長さは川内級軽巡洋艦と同等だが、基準排水量は同級の2倍もある。

「帝国海軍の『肝っ玉母さん』ってとこか。」

 そう思いながらも渡島は、内火艇とカッターの降下を命じていた。
 接岸ができない以上、総力を挙げて石炭をピストン輸送しなければならない。
 いや、その前に軍務尚書補佐官ハッケン准男爵とともに、この土地の有力者と話をする必要があると彼は思った。
   
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