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第73話 皇居遥拝の後、商工ギルドへ

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 今、夜兎亭の中で、花川少尉以下の海軍陸戦隊の約1個小隊ほどが同じ食卓に着いているが、身分社会の帝国海軍にしては珍しい光景である。
 
 花川少尉は、特務とはいえ士官であるから、下士官兵と食卓を共にすることは、通常、あり得ない。
 陸戦部隊であることと、細かいことに頓着しない花川の性格がそうさせているものと言えた。

 ただ、やはり花川が上座に座って朝食の料理が行き渡るのを待ち

「掛かれ。」

という彼の号令で、皆が一斉に食事を始めるのであった。

「みんな、食べながら聞いてくれ。」

 花川が話を始める。

 食べながらと言われても、士官が話をするときに本当に食べながら聞く者はおらず、全員、いったん匙やフォークを置く(当然ながら箸はない。)。

「貴様らも分かっていると思うが、本日、0800から皇居を遥拝する。その後、俺は例の陸軍挺身隊の少尉さんと合流し、お城へ行って来る。貴様らは、先任の指揮で、街の巡回と警備に当たれ。街の中で不埒者がいたら、ビシビシ取り締まっていいぞ。昼食は、ここ夜兎亭で適宜摂れ。俺は、夕食までにはここへ戻るつもりだから、一緒に食おう。」

 花川は、今日の予定を説明してから

「掛かれ。」

と食事を促した。

「食べながら聞け。」と言っておいて、また食べるのを促す「掛かれ。」の号令は矛盾であるが、これも、軍隊とはそういうもの、としか言いようがない。

 花川は、マイペースで食事を摂ったが、ほかの下士官兵は、先に食べ終えても、花川が食べ終えるのを姿勢を正して待っている。
 若い兵隊が立ち上がり、茶の注ぎ足しをしようとポットのところへ近寄ったが

「これはアタシの仕事だから、兵隊さんは座っていて頂戴ね。」

とターニャに遮られてしまった。

「そう言えば、ソーニャ姉さんは起きて来るのが遅いわね。」

 ターニャが階段の方を向いて言った。

「まあ、毎日忙しくて疲れているんだろうから、少しは寝かしてやっても良いんじゃあないか。」

 花川が口をモグモグさせて言うと

「そうね。特に疲れたかもね。」

とターニャに返されて、彼は顔を赤くして俯き、黙ってしまった。
 
 ほかの兵隊たちは、必死に笑いを堪えている。

 花川は、残った料理を一気に掻っ込み、お茶で胃袋へ流し込むと

「よし、行くぞ。」

と言って立ち上がった。


 夜兎亭前の路上で、完全装備の上、小銃に着剣した陸戦隊員が、2列横隊で整列し東を向き、その前に立った花川が

「皇居を遥拝する。」

と告げた。

 腕時計で時刻を確認していた先任兵曹が

「1分前!」

と叫んだ。
 全員の身が引き締まる。

 先任が続けて

「時間ッ!」

と8時を告げ、花川が

「捧げーッ、つつ!」と命じると、街のあちこちからラッパの「君が代」が鳴り響いて来た。

 同時に一同は、捧げ銃の姿勢を取る。

 やがてラッパの吹奏が終わると、花川が

「直れ。」

と号令を掛けた。

 続けて彼は

「では、各班に分かれて、街中の巡回・警備任務に就け。」

と命じた。

 すると、先任兵曹が

「分隊士に敬礼、かしらァ、中ッ!」

と号令を掛け、全員が頭中の姿勢を取った。

「直れッ!」

 先任の号令で旧に復し、続けて先任が

「分かれ。」

と号令すると、それぞれが班に分かれ、街に散って行った。

 時刻は8時5分。
 商工ギルドでの待ち合わせ時間は過ぎている。
 日付を計算に入れずにいたのは迂闊だった。

「『5分前』をモットーとする海軍軍人としては、落第かな。」

 花川は、そう思った。

 8時15分に商工ギルドに着くと、鹿島少尉が、挺身隊のツナギ服に戦闘帽の上から鉄帽を被った姿で待っていた。
 昨夜のコートは着ていない。

 装備は、というと、空挺部隊だけに軍刀は持っておらず、拳銃嚢を右腰に着け、百式機関短銃を肩に掛け、予備弾倉が入った布製の弾薬入れを、胸と腰に括り付けている。

「おはようございます。お待たせして大変申し訳ない。」

 花川が開口一番そう言うと

「なあに、皇居遥拝じゃ仕方ないじゃないですか。」

 鹿島はそう言ってくれたが

「いやいや。約束をする時に日付を忘れるなんざ、失態もいいとこですよ。」
 
 花川は、本気でそう思っていた。

「ええっと、ハナカワさんでしたか。先だっての小鬼退治では、大活躍でしたね。街を守ってくだすったこと、改めてお礼を申し上げます。」

 商工ギルド支配人マスターのヴィットリア・オスカー・マルティンが、入口のドアから顔を出して言った。

「いやいや。そう大袈裟に言わないでください。」

 そう言いながら花川は、支配人の視線が鹿島に向けられていることに気が付いた。

「あ、申し遅れました。こちらは我々と同じ国から来た、陸軍の鹿島少尉です。」
「鹿島少尉であります。」

 紹介された鹿島は、支配人に向かって折り目正しく敬礼をした。

「とりあえず立ち話も何ですから、こちらへどうぞ。」

 支配人に案内されて、花川と鹿島は、支配人の執務室へ赴いた。

 二人と支配人が、執務室の真ん中に置かれた応接セットのソファーに対面で腰掛けると、メイドが香りの良い茶を淹れて持って来た。

「どうぞ。」

 促されるままに、茶を啜った二人であったが、まず、花川が、鹿島少尉たち挺身隊がこちらの世界へ転移した経緯と、来てからの出来事を、かいつまんで話してやった。

「なるほど。異世界からエルフの村へ舞い降りた、ということですな。」
「正確には、村の近く、であります。」

 鹿島が訂正した。

「それで、カシマさんは、私どもに何か依頼がおありのようにお見受けしますが。」

 支配人が本題に切り込んできた。

「慧眼、恐れ入ります。」

 鹿島は、畏まった。

 彼の頼み事は、おおむね

・エルフの村から、隊商キャラバンに随行して来たが、帰りの足がない。
・事実上の人質になっている部下たちを取り戻したい。

というものであった。

 支配人は、立ち上がって執務机の上の呼び鈴を振り、秘書を呼んだ。
 外見からエルフと思われる女性秘書と何事かを打ち合わせた支配人は、花川たちの方へ向き直り

「エルフの村へ戻ることについては、当ギルドが派遣する隊商に随行していただくのが良いでしょう。ただし、護衛の冒険者パーティーが、先だっての小鬼どもとの戦いで消耗しており、立て直しに些か時間を要します。人質解放については、まあ、私もエルフにはコネがないことはない。一筆認めてみましょう。」
「ありがたい!」

 支配人の話を聞いた鹿島は、立ち上がって支配人の両手を握った。

「隊商の護衛については、日本軍が引き受けられないか、私が話をしてみましょう。」

 花川も提案すると

「ありがたいことです。」

 支配人と鹿島が同時に言った。

 話をまとめ、支配人に暇を告げた花川と鹿島は、城へ赴くため連れ立って歩き始めたが、港の方を見ると、海軍の将兵が隊列を組んで港へ足早に向かっているのが見えた。

「何かあったようですね。」

 花川が、鹿島に言った。

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