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第29話 商工ギルド支配人(マスター)との出会い

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 はどうやら終了し、山賊どもは死ぬか逃走するかで、投降した者はいなかった。
 残っているのは、馬が数頭と、山賊が残した箱馬車、それと襲われたものらしい豪華な馬車がそれぞれ1台である。

 九七式中戦車と車列の指揮を執っている、豊平陸軍少尉は、車列を街道上に戻して整え、停止させると、生存者の捜索を行うことにした。
 豊平自らと、各戦車から下士官1人ずつ、それに装甲兵車の歩兵から下士官兵3人の合わせて6人で、まず、街道の右端に置いてある豪華な馬車の周囲から捜索に掛かった。
 馬車の扉を開けてみたが中には誰も乗っておらず、鞄が幾つか残置されているだけであったが、血の痕などが残っていないため、馬車の主は、とりあえず逃げることには成功したように思われた。
 
 豊平を先頭に、馬車の脇の林の中へ数m入ったところで、突然、草藪がガサガサと動いた。

「誰だっ、おとなしく出てこい!」

 彼がきつい声で呼び掛けると、薄汚れた服装をした若い男と、メイド服を着た20代半ばの女が現れた。

「君らは誰だ。」

 豊平の問いに、メイドの方が

「はい、私どもは主に従いデ・ノーアトゥーンへ向かいます途中、山賊に襲われ、家中散り散りとなって命永らえた者でございます。お助けいただきありがとうございました。」

と答えたが、男の方は辺りをチラチラと見回すだけである。

 「よし、一緒に来い。」

 豊平が一言命じ、一同が街道へ戻りかけた時のことである。
 今まで黙っていた男の方が、突然、脱兎の如く駆け出し、逃走を図った。

 「待て、止まれ!」

 日本兵一同が口々に叫び、豊平は右手に持った拳銃を構えると

 ドン、ドン

と2発を発射した。
 そのうち1発が男の背中に命中したが、もう1発撃とうとした豊平の腕にメイドが飛び付き、3発目は明後日の方向へ飛んで行ってしまった。

「何をするか!」

 叫ぶとともに、豊平は

「でやーっ!」

と気合一閃、メイドにそのまま一本背負い掛けて投げ飛ばした。
 投げ飛ばされたメイドは、背中を地面に強打したらしく、しばらく息ができないでいる。

「さて、女中さん。どういうことか説明してもらおうか。」
 
 メイドが抵抗を続け、さらに、懐から刃物を取り出そうとしたので、豊平が彼女の右手を長靴で蹴とばしてから言った。
 しかし、そのメイドは横を向いたまま何も話そうとはしない。

「女中さんよ、聞こえんのかね。」

 少しイラついた豊平が、もう一発蹴りを入れようとしたところで

「その女は、当家のメイドではございません。」

という男の声がした。

「何だ?」

と思い、豊平が声の方を向くと、身なりが良く口髭を蓄えた上品な紳士がそこにいた。

「先ほど、林の中で見付けた紳士です。その馬車の主で、山賊に襲われたところを助けてもらい感謝する、と申しているであります。」

 いつの間にか乗用車を降りた千葉曹長が、その紳士を連れて来たらしい。
 その紳士の後ろには、奥方と思われる、これも身なりの良い上品な女性が、執事とメイドを従えて立っている。

「失礼いたします。私は、王室御用達商人にしてデ・ノーアトゥーン商工業ギルド支配人マスターのヴィットリア・オスカー・マルティンと申す者でございます。先刻は、山賊どもを退治いただきまことに感謝に堪えません。」

 相手の丁寧な物言いに、豊平が少し恐縮して

「なるほど、これはご丁寧に痛み入ります。自分は、大日本帝国陸軍戦車第11連隊の豊平少尉であります。ところで、そこの女が貴家の女中ではないと仰っておられたようですが。」

と問い返した。

「いかにも左様でございます。この者は、貴殿をたばかるため、当家メイドの服を奪ったもののように思われます。」
「なるほど。そうすると、本物の女中さんがどこかにおられるわけですな。」

 この会話を聞いていた別のメイドが

「メリッサ、メリッサ、どこに隠れているのです。もう大丈夫だから出ていらっしゃい。」

と周囲に向かって叫んだ。
 すると

「はい、メリッサはここにおります。」

 弱々しい返事が藪の別の方向から聞こえてきたので、執事と岩瀬車の鶴井伍長が声の方へ向かうと、ガサガサと言う草の音とともに

「キャー、来ないでくださいまし!」

という悲鳴が聞こえた。
 さては、また山賊の生き残りかっ、とばかりに伍長が拳銃を構え

「出て来い、さもなくば撃つぞ!」

 そう言ったが、悲鳴の主は姿を現さない。
 その伍長は藪の横に向けて

 ドン

と威嚇射撃をしたところ、声がしたその藪の中から、いきなり全裸の女性が出て来たので、面食らってしまった。
 その女性は、20歳代前半位で、全裸の胸と股間を手で押さえようやく隠しており、顔は羞恥で真っ赤になっていて

「だから来ないでって言ったのに…。」

と言って涙ぐんでいる。

 だが、これで一同にも事情が理解できた。
 何のことはない、山賊一味の女が、この場を逃れるために、メイドの一人を脅して衣服を身ぐるみ剥いだというわけである。

 衣服を剥がれたメイドにしてみれば、とんだ災難である。
 豊平は、毛布を1枚持って来させて、そのメリッサというメイドに掛けてやった。

「ありがとうございます…。」

 メリッサは消え入りそうな声で礼を言った。

 豊平は山賊女の方へ向き直り、軍刀を抜いて突き付けて

「貴様、名は?このご家中を襲った山賊めらの一味か?」

と問うた。
 しかしその女は

「ふん、誰だか知らないがテメエなんかに名乗る名前なんかないよっ。」

と強気で言い返した。

 豊平は、鶴井伍長ともう一人、歩兵の中の兵長に命じ、その女を斬首の要領で正座に押さえつけさせ、鼻先に軍刀の切っ先を突き付け

「名は?鼻を削がれるのは痛いぞ。」

と脅したが、その女は

「ふん。」

と言って横を向いた。

「では仕方がない。」

 豊平は軍刀を振り上げ、そのまま振り下ろそうとしたとき

「待った、待ってよ。本気なの?女の顔に傷をつけようなんて最低ね。分かったわよ、アタシの名はロレッタ、ロレッタ・アテマよ。これで良いでしょう。」

 女は慌てて答えた。

「俺は、顔に傷をつけようなんてしていない、鼻を削ごうとしただけだ。それに貴様は、問いに全部答えていないぞ。」

「ふん、だったら何だってのさ。」

 あくまで強気の応答である。

「だったらどうする、だと?今度は首を落としてやろう。海賊や山賊の類は、死罪と相場が決まっているだろう。だったら、今ここで俺が首を切り落としても、死ぬのが早いか遅いかの違いだ。すぐに終わるから気にするな。」
「ちょっと待って。山賊が死罪だなんて誰が決めたのさ。アタシらは、仕事では人を殺めないのが主義なんだ。盗みだけなんだから、死罪になる覚えなんかないのさ。」

 首を落とすと聞いて、ロレッタは少しばかり弱気になったようである。

「さっき、貴様らは俺たちに銃を撃ち、大砲を放つ準備をしていたじゃないか。人を殺さないなぞ、聞いて呆れるぞ。」
 
 豊平は、今度は軍刀の切っ先を、ロレッタの目の辺りに突き付けて言った。

「あれは、アタシたちじゃない。旧公国派の連中が勝手にやったんだ。アタシたちが大砲なんか持てる訳がないじゃないか。」

 ロレッタが必死に抗弁する。

「そんなこと知るもんか。貴様らが我々を襲い、発砲して大砲を準備した。事実そうなんだから、それで十分だ。よし、言いたいことはそれだけか?なら、首を…。」

 豊平が言いかけると

「ちょっとっちょっと、アタシの言うこと聞いている?なんであんたはそんなに首を落としたがるのさ。オカシイんじゃないの?」

 ロレッタはかなり焦っている。

「ふむ。じゃあ、盗んだものを返してもらおう。」
「お宝は、あっちの箱馬車の中よ。もう見たんだろう?ほかに盗んだものなんかないわよ!」

 ロレッタは逆切れして答えた。

「まだあるだろう。その服は、あっちの女中さんから剝ぎ取ったんだろう。だったら返してやれ。今すぐに、だ。」
「今すぐにって、アタシは着替えなんか持ってないわよ。」
「誰が着替えろと言った。服を返せと言ったんだ。」
「じゃあ、何を着たらいいのさ、アタシは!」
「知るもんか。ああ、毛布はあの女中さんから返してもらうので、貴様は使えんからな。」
「ちょ、ちょっと!アタシに素っ裸になれっていうの!」
「だから、知らねぇっつってんだろ。だったやっぱり首を落とすか。どっちでも良いぞ、俺は。」
「分かった、分かったわよ、このスケベ軍人。覚えてなさい、きっと仕返ししてやるんだから!」
「グダグダ言わずに、早くしろ!」
「畜生!」

 メリッサから奪ったメイド服と下着を脱いで全裸になったロレッタは、服をこちらへ投げて寄越し、胸と股間を手で隠し、悪態をつきながらその場にうずくまった。
 豊平は、それを拾ってメリッサに渡してやってから

「ロレッタとかいったな。貴様がやったのは、つまりこういうことだ。死なずに済んだら覚えておけ。」

 そう言った。
 それからヴィットリアの方を向いて

「林の中に馬がおりました。貴家のものを山賊が奪ったと思われたので、傷がつかないようにしてあります。」
と伝えると、ヴィットリアは、執事に命じて取りに行かせた。
 また、馬車について

「豪奢な馬車でありますね。こちらの方向には射撃しておりませんので、傷もついていないと思いまが、ご覧ください。」

と言って確認を求めた。

「確かに、馬車は元のままです。奪われそうになった金品も失われたものはなく、本当にありがとうございます。それにしても、皆様の車は馬もなく動き、銃は、目にも留まらぬ速さで相手を打ち据えるとは、凄まじいものでございます。先ほど、皆様は二ホン軍の方と伺いましたが、恥ずかしながら、聞かぬ国名でございます。」
「話せば長くなりますが、違う世界の国であります。」
「!?」

 一瞬、会話が途切れる。

「ところで、護衛は付けておられなかったのでありますか?」

 豊平は、ここで気になっていたことを聞いた。

「いえ、実は付けていたのですが…。その…、皆様を撃った者たちが護衛だった訳でして。」
「裏切りに遭ったと?」
「はい。まことに面目ないことではございますが、あらかじめ通じていたものと思われ、そこの山賊ロレッタどもが現れると同時に、裏切りましてございます。」

 ヴィットリアの馬車の頸木に、元どおり馬を繋ぎ、出発の準備ができた頃合いに、豊平は

「デ・ノーアトゥーンまで護衛いたします。自分らは、あそこの魔術師ソフィア・デ・ローイ殿ほか1名を、同じ街までお送りする途上でありました。」

「魔術師ソフィア」と聞いたヴィットリアの表情が少し変わったが、豊平は気付かなかった。
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