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第14話 交渉2 訪艦
しおりを挟む「あ…。」
「と…。」
気を引き締めた大谷地が次の言葉を発すると同時に、アナセン准男爵も何事かを言いかけた。
二人は、身振りを交えながら、互いに
「どうぞ、どうぞ。」
と譲り合ったが、最終的には、アナセンの隣に立っていた、やはり長身で品の良さそうな男性が
「では、私が…。」
そう言って喋り始めたので、大谷地とアナセンは、思わず苦笑した。
「僭越ながら、私めは、艦長付き王国騎士のダニエル・ファン・オーケルマンと申します。若輩者故の不躾はご容赦賜りたく存じます。」
オーケルマンは、王室の礼儀に沿った、軽く顎を引くお辞儀をしてから、恭しい口調で述べ始めた。
「我が主にてティアマト号艦長でもある王国子爵ヘンリク・テーム・ファン・バース様が、『先の砲戦まことに見事なり。』と仰せになり、えー…レイカワマル、でございましたか。その艦の皆様に、是非お会いしたいと申されております。」
「つまり、我々を貴殿らの艦、ティアマト号でしたか。そこへ招待すると?」
大谷地が問い返すと
「左様にございます。我々がボートを出せば、きっとこのように皆様の方からもボートが出てくるのでは、と考えた次第にてございます。」
再びアナセンが口を開いた。
「いや、それにしても皆様は、艦が帆を上げずに進むかと思えば、ボートも漕がずに前へ進むのですな。何とも摩訶不思議なり。」
「まあ、その…いろいろと仕組みがありまして、そうできるようになっております。」
こんなところでディーゼルエンジンの講釈を垂れても仕方がないので、大谷地は適当に誤魔化した。
「ところで、本艦の艦長である南郷徹海軍大佐も、貴殿らにお会いしたいように考えていると思われますが、如何いたしましょう。」
大谷地が逆に提案をした。
南郷は、はっきり
「相手の誰かを招待しろ。」
とは言わなかったが、相手の正体をはじめとする情報を得るには手っ取り早いことに違いはなかった。
「うーむ。互いに互いを招きたいと思っている訳でございますな。」
アナセンは、少し考える仕草をして
「私どもは、皆様に海賊退治にご助力いただいた恩がございます。したがいまして、まずは、こちらから貴艦を訪問しご挨拶させていただくのが筋とは存じます。しかしながら、皆様の我が艦往訪とのたっての要望もございますので、まずはご要望に沿わせていただくことで如何でございましょう。」
と言葉を選びながら言い
「その方が、皆様にあっては、ご都合がよろしい様でございますので。」
何かを察したかのように、そう付け加えた。
「副長、あちらさんにバレバレですよ。こっちの立検目的が。」
花川が大谷地に耳打ちした。
確かに、大谷地はともかく、花川以下の立検隊の風情は、いかにも物々しく、あまり友好的には見えないのかも知れなかった。
もっとも、相手のボートにも武装した兵士が乗り込んでおり、お互いさまではあったが。
「だったら正々堂々と乗り込んで、中を見せてもらいましょう。わざわざ理由をつける手間も省けますから、一石二鳥と思います。」
「うむ。では、さっさと乗り込ませてもらおう。」
花川と大谷地の会話で、こちらの態度は決まった。
「それでは、貴艦、ティアマト号へお邪魔させていただく。このまま貴艦へ本艇を横付けさせていただくが、よろし
いか。」
「結構でございます。では、参りましょうぞ。」
そう答えたアナセンが、ボートの艇長にティアマト号へ戻るよう指示を出した。指示を受けたボートは、水夫たちが櫂を漕ぎ始め、ティアマト号の方へ戻り始め、大谷地たちが乗る内火艇も、ボートに続いてゆっくりと進み始めた。
ティアマト号は、近寄ってみると、乾舷が高く、帆柱も高さがあるため、相当な大きさを感じさせ、威圧感であれば、海防艦や駆潜艇などの小艦艇を上回るものであった。
令川丸の一同は、帆船は、高い乾舷を乗り越えて乗るのだろうと考え、長いとはいえ、スカートを穿いたあの魔法使いの美女はどうするのかと、興味深く思ったが、何のことはない、右舷の船腹中ほどの扉が開き舷門が現れた。
「あそこにボートを着けてくださいませ。」
そうアナセンに指示されてしまい、ハプニングを期待していた一同は
「なぁんだ。」
と言ってガッカリした。
これを目敏く見ていた、ボートの中の件の美女魔法使いは
「あらあら、何を期待していたのかしら。子供みたいな兵隊さんたちね。フフフ。」
と鼻であしらわれてしまった。
花川には、妖艶な彼女が、おそらくは、様々な場所で似たような場面に出会しているのだと思われた。
内火艇には、艇長以下の艇員を残し、大谷地と立検隊は、いよいよ帆船軍艦ティアマト号に足を踏み入れた。
艦内に入った瞬間、カビ臭さと何かがすえた臭いが鼻を突いた。
アナセンに案内され、大谷地たちは、いったん上甲板へ出てから、持ち上がった艦尾楼の中へ入って行った。
最後尾にある部屋のドアの前で、アナセンはまずノックをして
「灰色の船、レイカワマルの皆様をご案内いたしました。」
と慇懃に述べてから、そのドアを開けた。
室内の中央には、一見して40代半ば、背中まである長い髪をリボンで束ね、赤い羅紗製の軍服に、両肩の金モールも鮮やかで上品そうな紳士が、穏やかな表情で立っていた。
その周囲には、胸甲と兜だけを身に着け、細い直刀を装備した兵士が5人ほど立っている。
彼らの胸甲の下の上着は赤色で、ズボンは白、黒い膝までの長靴を履き、鮮やかであって、草色の第三種軍装を着込んだ日本の立検隊が、いかにも地味に見える。
「ようこそ皆様方。臣が、ミズガルズ王国公艦ティアマト号艦長、王国子爵ヘンリク・テーム・ファン・バースでございます。」
「長い名前だ。」
と思いながら、大谷地も名乗りを上げる。
「大日本帝国海軍特設水上機母艦令川丸副長、海軍中佐大谷地茂です。」
敬礼をしてから名乗り、名乗ってから再び敬礼した。
立検隊の10人も、花川は大谷地と同時に敬礼、残りの9人は、それぞれ捧げ銃の礼をした。
数名の兵が携行している百式機関短銃は、サブマシンガンであるが、全長が87㎝ほどあり、着剣すれば1m26㎝にもなる上、銃床が頑丈な木製であることから、小銃のように担がれることが多く、儀礼の場合も、着剣捧げ銃が可能であったため、兵たちはこの仕草を行った。
バース艦長は、大谷地たちの仕草を儀礼と理解したらしく、右手を胸に当てて応えた。
「まずは、先刻、海賊どもを退治するに当たりご助力賜ったことを、本艦を代表して改めて御礼申し上げます。本当に感謝に堪えません。」
続けてバースが礼を述べたが、花川は
「まぁたこの言い草かよ。戦ったのは俺たちだけで、あんたらは逃げるだけだったよな。」
と心の中で毒付いた
「どうぞお掛けください。」
儀礼が済むと、バースは艦長室の中央にあるテーブルへ大谷地を招き、椅子を勧めた。
立検隊の面々は、右手で銃身の先を握り、銃の床尾板を床に着けて直立させ、気を付けの姿勢をとる「立て銃」のまま身じろぎもしない。
その姿をチラリと見遣ったバースは
「アナセン。そちらの兵士の皆様に、艦内を案内して差し上げなさい。その後はお茶でも振舞うように。」
と言いつけた。
「あの…。」
花川が喋り出そうとすると、大谷地が
「まあ良い。お言葉に甘えなさい。」
と制した。
「いや、その…。」
花川が言いたかったのは、遠慮がどうこうということではなく、自分たち全員がこの場を離れると、大谷地が一人で残されてしまうことへの危惧であった。
バースは、さすがに艦長らしくそれと悟ったのか、周囲にいた胸甲の兵士たちに
「ここはもう良い。お前たちは下がってよろしい。」
と言って、艦長室から退出させた。
これを見た大谷地が
「少尉、構わんから行って来い。」
そう言った。
これでは、花川としても引き下がざるを得なかった。
「では副長。いったん失礼いたします。」
そう言い残し敬礼すると、清田上等兵曹ら部下を引き連れ、艦長室を後にした。
花川の立検隊が艦長室を一列になって出て行くと、右側の部屋のドアが開いており、中から女性の声が聞こえた。
「そういえばこの艦は、女子供も乗っていたっけな。」
彼がそんなことを考えながらドアを通り過ぎようとすると
「お待ちになってくださいませ!」
と呼び止める女性の声がした。
花川は、自分たちが呼び止められたとは思わず、そのまま行き過ぎようとすると、
「ねえ、お待ちになって!」
そう叫びながら、奇麗なドレスを身にまとった17、8歳の少女が勢いよく飛び出して来た。
その後ろからは、60歳くらいの老人が血相を変えて追いかけて来ている。
「皆様はどこからいらしたの?どこのお国の方?」
その少女は、矢継ぎ早に質問を繰り出して来る。
「分隊、止まれ。」
先頭を行く花川の号令によって、隊列は2歩進んで止まり、担っていた銃を下ろし、立て銃の姿勢になる。
「右向け、右。」
続けて隊列を少女の方へ向ける。
転回して踵を揃えるザッという靴音と、いったん持ち上げた銃を下ろしたときに出る、床とのガシャッという接触音が周囲に響く。
隊列を先導していたアナセンが、少し慌てている様子で、少女を追いかけている老人の表情と合わせて、花川は
「こいつは、見ちゃいけないものを見ちまったかな。」
と、少しバツが悪い思いになった。
「あの、突然お呼び止めしてしまい、申し訳ありません。知らない国の皆様と聞いて、私、どうしても一目でもお目にかかりたくて。でも、爺や…アールトがダメだって言うし。私、どうしたら良いか分からなくて。でも、皆様が通りかかったものだから、我慢できなくて、つい。」
少し紅潮した表情で、その少女はもどかしそうに言った。
そこへ追いついて来たさきほどの老人が
「突然で失礼申し上げる。ここにおわすのは、さる高貴な家柄の姫君で、旅の途中でございまする。故あって身分を明かすことは叶いませんが、事情をお察しいただければ幸甚に存じまする。」
と時代がかった口上を述べた。
これに花川は答えず、いきなり抜剣した。
その老人は、手にした杖をはすに構え、険しい表情を
した。
アナセンの顔色も変わっている。
花川は、それには構わず、右手の軍刀を立てて右脇に引き付けた「気を付け」の姿勢から、手を下ろし右斜め下へ剣先を向け、次に顔の前に軍刀を捧げ、鍔に口を近づけてから
「姫君に対し捧げ、銃。」
の号令をかけ、再び剣先を右下に向けた。
立検隊の部下たちが捧げ銃の姿勢になったのを気配で察した後、再び抜剣の気を付けの姿勢に戻り
「立て銃。」
の号令をかけて兵隊たちを立て銃の姿勢に戻らせた。
これは、指揮官が帯剣しているときの、捧げ銃の礼式である。
アールトは、花川たちが軍隊式の礼を行ったと理解したのか、表情が和らいでおり、アナセンも胸を撫で下ろしている様子である。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。高貴な姫君とお聞きし、我々なりの礼式をもってご挨拶申し上げたに過ぎません。誤解を招いたのであれば、お詫び申し上げる。」
花川が
「俺たちが助けてやったんだぜ。」
という気持ちを悟られないよう、できるだけ柔和な態度でそう言った。
彼は、そのまま立ち去ろうと
「左向け、左。」
を「ひ」まで言いかけたところで
「ねえ、皆様、少しだけ、ほんの少しだけお話を聞かせてちょうだい。だって、せっかく言葉がお分かりになるのですもの。ねえ、ちょっとだけ、良いでしょう、爺や。」
「仕方ありませんな。少しだけ、ですぞ。」
孫娘にせがまれたものの様で、爺やとしては弱いところである。
「では皆様方、通路で立ち話も何でございますので、こちらへどうぞ。」
アールトは、花川たちを自室へ誘った。
「俺たちは良いとして…。」
花川がアナセンの方に視線を向けると、彼は黙って小さく頷いた。
「では、失礼します。」
そう言って、花川は立検隊を連れて、イザベラ姫の部屋へ入って行った。
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