八卦は未来を占う

ヒタク

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一章 遭遇④

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 一時間目。英語の時間。
 教室に入ってきた女性教師はクラスを見渡すと八卦に目を止めた。

「あなたが八卦さんね」

「…………」

 笑顔で話しかけてくる教師の言葉を気にせず、八卦は本を読み続ける。
 教師が来たというのに、いささかの変化もない。
 あまりにも変化のない様子に、最初は笑っていた教師の表情が段々険しいものへと変わっていく。
 教師は八卦の目の前に移動した。必然的に俺のそばでもある。

「ねえ、八卦さん。もう授業始めるから、本を閉まってほしいのだけれど」

「…………」

 反応を返さない八卦。今読んでいるページが終わったらしく、ページをめくった。
 その様子に教師は叱ろうとしたのだろう。眉を少しひそめて、口を開いたが――

「あなたの恋の運勢を占いましょう」

「――っ」

 八卦に言われた言葉で閉じ、息を飲んだ。
 教師の年齢は現在、二十九歳。周りの友達が結婚しだし、とても焦っているとのことだ。ちなみに寛太からの情報である。
 八卦は教師の顔を見つめ、それから何かを読み取るかのように、教師へ手をかざした。

「あなたは今気になる男性がいるわね」

「え、ええ」

 ちなみに相手は資産家らしく、かなり熱を上げているとのことだ。他にも寛太の情報はずいぶんと細かいことにまで及んでいた。あまりにも詳しくて正直、引いてしまったぐらいだ。

「あなたはその人と結婚までしたいと考えているわね。でも、相手がなかなかその気になってくれずにやきもきしている」

「そう! そうなのよ!」

 分かってくれて嬉しいのだろう。さっきまでの表情とは打って変わって、喜びに満ちている。
 教師は思い切り八卦の言葉に乗せられていた。八卦が口にする言葉を今も期待に満ちた目で待っている。

「焦ってはいけないわ。今、焦ると彼も間違った答えを出してしまうわよ」

「そ、そんな……。まだ私に待てというの……? 後、二ヶ月しかないのに……」

 絶望に満ちた顔でうなだれる教師。さっきからずいぶんと感情表現が激しい。普段の学校で見られないような光景に俺を含めたクラスメイトは驚嘆の目で見つめていた。

「答えを求めるのがいつも正しいとは限らないわ。それに相手が決心しないのは勇気が持てないだけかもしれないわよ。あなたがすべきなのは、ただ優しく彼の行動を見守ることね」

「そうね……。確かにそうだわ。ありがとう! 私、待ってみるわ!」

 助言を得られた教師は明るい顔をしながら、教室の前へ歩いて行った。先ほど八卦の元へ歩いてきたときとは違いすぎる様子だった。顔の輝きとかが特に。

「なあ」

「なに?」

 俺は後ろを振り向き、八卦へ小さな声で話しかける。

「本当に占ったのか?」

「……え?」

 八卦は意味が分からないとでも言うかのように首を傾げた。

「いや、さっき恋を占うとか言っていたじゃないか」

「ああ、そうだったわね」

「そうだったわねって……」

 随分と素っ気ない言葉だ。

「あの人に早く離れてほしかったから」

「つまり、占っていない、と?」

「人は肯定されると喜ぶものよ。それに当たり障りのない曖昧な意見を言っておけば、些細なことで本当だったなんて勘違いするものでしょう」

 前を見てみた。
 教師はご機嫌な様子で授業を開始しようとしている。よほど八卦の言葉が嬉しかったのだろう。あんな簡単に信じてしまうなんて、教師が男に騙されないのか心配になってしまった。

「でも、全くの嘘を言っていたわけでもないわ」

「え? そうなのか?」

 正直、意外だった。転校してきたばかりの八卦の性格を把握していたわけではない。しかし、行動を見ている限り、適当に言っただけのように感じられていたのだ。

「あの教師に恋の占いをすると言った時、ひどく動揺していたでしょう」

「あ、ああ」

 思わず同意してしまったが、それは単に八卦がおかしなことを言ったのが理由な気がする。

「あそこで驚いたということは、少なからず恋愛関係に問題を抱えているということよ。もちろん、私の予想外な言葉に驚いたという可能性もあるけれども」

「いや、普通はそれが原因だろう」

「ええ。そうかもしれないわね。でも、私が教師を見つめ続けても期待に満ちた目で見返してきたから、それは違うわね」

(あの先生、転校生の八卦にも分かるほど期待に満ちた目で見ていたのかよ……)

 俺は教師の行く末を案じてしまい、ほんの少しだけ涙が出てきそうだった。

「後は簡単よ。恋の話題で乗ってくるのだから、男の話をすればいいでしょう。加えて年齢から考えて、結婚の話に悩んでいると想像がついたわ。まあ、アドバイスに少なからず私情が混ざっていたことは否定しないけど」

「想像ついたって……、結局は勘じゃないのか?」

 俺の言葉に八卦は一瞬、考えるような仕草をする。無表情に行われるその動作は馬鹿にされているように感じた。

「そうね。でも、私の勘は当たるのよ」

「当たるって……」

「たとえばそうね。あなたはすぐに不幸なことが起きるわ」

「は?」

 驚いた俺が呆けた声を出すのとどちらが早かっただろうか。
 いきなり、頭をパコンと何かで叩かれた。

「えっと……」

 振り向くとそこには先ほど叩いたのであろう教科書を握りしめた教師が立っていた。浮かべている笑顔が恐ろしい。

(だから婚期を逃すんじゃないか)

「何か考えたかな?」

「いいえ、何も」

 どうやらこの手の話題は考えただけでも反応するようだ。

「それにしても上杉君。八卦さんとずいぶんと仲がいいみたいね。彼とうまくいっていない私に対してのあてつけなのかな? いや、間違いなく嫌がらせだよね?」

「い、いえいえ! そんなことは全く!」

 やばい。この教師、何かのスイッチが入っている。
 助けを求めようと八卦の方を見てみるが、いつの間にか出していた新しい本を読み始めていた。こいつ、あからさまに無視をしてやがる。

「こ、これには訳が――」

「外に立っていなさい」

「はい……」

 問答無用の言葉に俺はうなだれ、廊下へ歩いて行った。道中、八卦の呟いた声が聞こえた。

「これであの人の未来は変わった、かな……?」

 聞き返そうと思ったが、教師の顔を見て諦めた。笑顔って時に怖いものなんだな……。
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