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一話 初期設定 そして、相棒との出会い

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 21世紀後半。ヴァーチャルリアリティ技術、所謂VR技術は急速な発展を遂げ、医療用としての運用からゲームに応用されるまでとなった。
 ワールドオブスピリットオンライン。通称WOSO。
 日本国内でVR技術を使った初のMMORPGだ。
 そして、僕こと一ノ澤光いちのさわひかるが今日から始めようとしているゲームでもある。

 幸運にも僕はクローズドベータのテスターとして選ばれた。しかし、テスターの枠は応募数50万に対して1万人。もともと当選するなんて思っていなかったために大してホームページを見ていなかった。そのため、当選したと分かってから急いでWOSOのホームページを見始めたのだ。
 開始まであと30分。僕は逸る気持ちを抑えつつ、WOSOのホームページに目を通していく。

「なるほど。最初にスキルを10個選ぶのか」

 WOSOは一昔前の所謂レベル制オンラインゲームにスキルを加えたゲームだ。
 世界の各地に眠るスピリットを集め、世界を破壊しようとしている邪神を打倒することを目的とする。
 このゲームの売りは何と言ってもスキルの数だ。スキルの数はホームページに載っているものだけでも数百種類ある。
 どうやらホームページに記載されているスキルは発展スキルなどもあるようで、最初に選べるスキルの数こそ100個と少ないものの、それでも最初に選べる10個のスキルをどれにしようか目移りしてしまう。

「どれにしようかなあ……」

 迷ってしまい、なかなか決められない。
 オーソドックスに武器系統の剣や槍といったカテゴリー(剣や槍といってもさらに細かく片手剣・両手剣といったものに分かれている)から選ぶか、ゲームでしか味わえない魔法系統にしようか。
 僕は画面をスクロールしていくうちに注意書きを見つけた。

――スキルはランダムでも取得可能です。ランダムを選択した場合は通常の選択可能スキル以外からもスキルが選ばれます。選ばれるスキルについてはランク1~5までとなっております。(ランクが高いほど選ばれにくくなっています)

「へー、面白そうだ」

 ランダムでスキルを選ぶ注意書きを見る限り、役に立たないスキルが選ばれる可能性も大きいが、レアなスキルが選ばれる可能性もあるようだ。最初から自分で選択できるスキルのランクは3までであることを考えるとランダムを試すのも面白いかもしれない。

「決めた。ランダムで行ってみよう」

 どうせクローズドベータだ。やり直しはオープンベータの時に行えばいい。今はWOSOにどんなスキルがあるのかを試してみるとしよう。
 僕は部屋にセットされたカプセル型機械に入り、横たわる。
 同時に中の機械が稼働し、心地よい眠気のような感覚を覚え始める。
 


「ようこそ! ワールドオブスピリットオンラインへ!」

「あ、えっと、こんにちは」

 いきなり声をかけられてびっくりしてしまった。
 周りを見てみると光あふれる空間。
 目の前で話しかけた存在は女性。しかし、どことなく人間っぽさを感じない。
 そうか、ここはゲームの中か。
 あまりにも唐突にゲームの中に入ってしまったため、いつ入ったのか分からなかった。

「ここではアバターの設定を行います。あなたの希望を教えてください」

「えっと、あまり現実と変わらない設定はできますか?」

 あまりにも現実と異なる設定をするとゲームとはいえ、動きづらいという。
 医療用のVR体験者の意見だけど、VRMMORPGとなったとはいえ、WOSOも同じだろう。

「はい、可能です。しかし、防犯上のため現実と即した設定を行えるのは体格・性別までとなっています」

「なるほど」

 確かに顔が一致していることで被害にあうこともあるのだろう。
 僕は体格・性別を現実と同じにすることにした。
 僕の目の前に現実の僕と同じ体格のマネキンが現れる。
 顔は未設定のためか、のっぺらぼうの状態だ。
 でも、顔ってどうやって決めるんだろうか。

「顔は体格・性別に合わせたランダム設定か、自分でカスタマイズすることが可能です」

 顔をカスタマイズ。正直、うまくいく気がしない。

「ランダムで」

「かしこまりました」

 困ったときのランダム頼りと行こう。
 僕が宣言するとマネキンの顔がぐにゃりと動き出す。ちょっと気持ち悪い。
 そして、しばらく動いた後に顔が浮かび上がる。

「設定が完了しました」

「あれ? 現実とあまり変わらないよ?」

 現実の僕とほとんど同じ顔。強いて言えば髪が金髪になり、目が薄い青色になったぐらいか。

「変更を加えますか?」

「うーん。まあ、いいや。これで大丈夫です」

 もともと顔のカスタマイズなんて出来ないと思っていたぐらいだ。
 適当に決められた形が現実に近いとはいえ、変にいじっておかしくなるのも嫌だ。
 僕はこのままプレイすることにした。

「では、次に名前を決めてください」

「『ヒカリ』でお願いします」

 安易だが名前の光をちょっとだけ変えた名前にしてみた。

「了解しました。それではヒカリ様、最後にスキルを選択してください」

 ようやくお待ちかねのスキル選択だ。
 目の前にスキルの一覧が表示される。
 僕は決めていた通り、ランダムを選択するためスキルの一覧を下へと動かし、目的のランダムを選択した。
 僕の視界にスキルスロットが現れ、スキルが選択されていく。

「やった! ランク5のスキルだ! えっと、ビーストテイマー? 変わったスキルが入ったなあ」

 選択されたスキルの中にランク5のスキルが存在していた。
 それはビーストテイマー。ホームページには記載されていないスキルだった。
 僕はビーストテイマーのスキルに触れてみる。すると説明が現れた。



 スキル名称:ビーストテイマー
 扱い:職業スキル
 効果:魔獣を呼び出し、使役することができる。
    魔獣は最初にランダムで選ばれ、
    一度呼ばれた後は同じ魔獣が呼ばれるようになる。
    魔獣はHP(生命値)が全損しない限り、呼び出され続ける。
    また、その際のMP(魔法力)は消費しない。
    攻撃する際は魔獣自身のMPまたはSP(体力)を消費する。
    HPを全損した魔獣は1日時間を置くことで
    再度呼び出すことができるようになる。



「へー。魔獣を呼び出せるんだ。どんなのが召喚されるんだろう」

 どうやら、魔獣はこのエリアでは呼ぶことができないみたいだ。
 初期設定を終えるのが楽しみになった。

「他は……。うーん、さすがにうまくはいかないかあ」

 どうやらランクが高いスキルはあまり入らなかったようだ。
 具体的にはランク5が1個。ランク3が3個。ランク2が4個。ランク1が2個だった。

「まあ、それでも使えないことはないかな。いや、ランダムで選ばれたスキルを使いこなせてこそ我が覇道を切り拓く第一歩となる、か」

 僕は呟く。
 それにスキルの説明を見る限り、意外と使えそうなスキルも多い。これならいきなり詰んでしまうなんてこともないだろう。

「スキルの選択が終わったようですね。それでは、これで初期設定を終了します。ワールドオブスピリットオンラインの世界をお楽しみください!」

 女性NPCの声に合わせて周りの空間は町へと変化した。
 変化した周りを見てみると石造りの町並みが広がっていた。
 ネットの資料で見たことがある中世ヨーロッパのようだ。
 しかし、ところどころにゲーム風な看板が立てかけられており、それが妙にマッチしていて何となく笑いを誘った。

「いいね、いいね!」

 思わず、声に出してしまう。

「うん? ……あれ、なんでこんなところに」

 僕の耳に周りの人の声が入ってくる。
 僕の声に反応したのだろうか。
 周りの人が反応し始めたようだ。
 声を聞く限り、どうやら可愛い女の子がいるらしい。
 僕も一目見てみようと見渡してみたけど見つからない。

 気がつけば僕の周りには人が増えてきていた。ログインしてきた人たちなのだろう。
 辺りを見渡すと僕ぐらいの背格好をしている人はほとんどいない。
 もしかして、僕ぐらいの年齢の子ってあまりWOSOをプレイしていないんじゃ……。
 やばい。このままだと面倒なことになりそうだ。
 僕は周りの人たちから離れるように走って逃げた。
 


「ここまで来れば大丈夫かな?」

 路地裏まで逃げてきた僕は地べたに座り込み、息を整えるように深呼吸した。
 実際にはゲームのせいか、疲れなどはなかったのだけれど、スタミナであるSPがかなり減っていたからだ。
 SPは休むと回復するらしいので、深呼吸をしてみたのだ。決して、現実と勘違いしたとかではない。

 座り込んだ地面から感じる冷たさが心地よい。
 その気持ちよさにしばし感じ入っていた僕であったが、ビーストテイマーのことを思い出した。

「そうだ。ここなら召喚できるんじゃ」

 スキルを確認してみるとどうやら使用できるようだ。
 職業スキルは一つのスキルスロットに入っているが、いくつかのスキルを使えるみたいだ。
 現在はビーストテイマーのスキルである『召喚』に色が付いている。さっきの初期設定を行っている際は黒くなっており、使えなかったのだ。

「それじゃあ、さっそく……!」

 僕はわくわくしながら、『召喚』を触る。
 すると僕の目の前に魔法陣が現れた。魔法陣は全部で三つ現れ、それぞれが回転をしつつ1か所に集まって行く。
 そして、1か所に重なった瞬間、光の柱が立ち上った。

「うわあ!」

 驚いた僕は後ろに倒れてしまう。
 そして、ほんの二、三秒経っただろうか。光は消え、魔法陣のあった場所に何かが存在していることが分かった。

「お、おお!」

 そこにいたのは黄金の毛並みを持ち、大きな身体を持つ獣。人が本気で噛みつかれれば大けがを負うのは間違いないだろう。

 そう、それは――

「か、かわいいいいい」

 唐突に現れた女性に僕は持ち上げられた。
 そして、その女性は僕のすぐ前にいた魔獣に気がついた。

「この子もかわいいいいい! ねえ、天使ちゃん! どうしたの、このゴールデン・レトリバー!」

 そう、その魔獣は犬の中でも大型の存在であるゴールデン・レトリバーであった。
 そして、僕はスキルの関係で天使の羽を付けてはいるが、今年14歳となる少女である。

「解せぬ」

「わふっ」

 魔獣に顔をなめられながら、どうしてこうなったという思いを込めて僕は呟くのであった。
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