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第2章 世界的な異変
28、断罪と友達
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「そこのあなた、私が食べる前に毒味をしていただけないでしょうか。招待していただいた席でこのように無礼なことを申し上げるのは大変心苦しいのですが、薬師ゆえにどうしても先ほどの香りが気になってしまって……」
ヴァレリアさんが侯爵家の方々に綺麗な礼をしてから告げた言葉に、女性は大きな動揺を見せた。
「な、なぜ私が……」
「貴族家の料理人には毒など害があるものを絶対に主人へ給仕しないよう、定期的に作られた食事を皆で毒味する業務があったと思いますので、その一環として確認していただけないかと思った次第です。男性よりも女性の方が、私の心情的にありがたいのですが……」
その提案を受けて、料理人の皆さんはそれで自分たちの潔白が証明できるならと女性に毒味を促し、アルベール様も提案を受け入れるように頷いた。
しかし女性は提案に頷かず、目に見えて狼狽えている様子だ。顔色を真っ青にして、全身が小刻みに震えている。
自分で毒を入れたんだから、食べることなんてできないよね……どの程度の毒なのか知らないけど、女性の様子を見るにかなり強い毒なのかもしれない。
「……お前、まさか。本当に毒なんて入れてないよな?」
「おい、俺たちがさっき作ったデザートだろ? 食べるのを躊躇うことなんてないはずだ。さっさと毒見をしてこい」
躊躇っている女性の姿を見て、他の料理人たちが女性に厳しい視線を向け始めた。
「早く行くんだ」
「ご主人様とお客人の前だぞ。手間を取らせるな」
「できないのか? それは毒を入れたと言っているようなものだぞ」
他の料理人に厳しい声をかけられるたびに、女性は顔色を悪くして体を小さく縮こめていく。こんな反応をしたら、もう自分が犯人だと言ってるようなものだよね。
女性の態度にほとんどの人が黒だと認識したところで、アルベール様が冷たい瞳を女性に向けて口を開いた。
「毒味ができないのか? それはなぜだ」
「……おいっ、若様が声をかけてくださっているんだぞ。早く答えろ!」
アルベール様の言葉にも女性が無言を貫いたところで、料理人の中で一番年上に見える男性が女性の背中を無理やり押した。
それによって数歩だけ前に出てきた女性は、部屋にいる全ての人から厳しい目を向けられていることを確認し……瞳に涙を浮かべるとその場に崩れ落ちた。
「た、大変……申し訳っ、……っ、ございません」
床に頭を擦り付けて号泣しながら泣いている女性を擁護する人は、もちろんいない。
「――ヴァレリア嬢の食事に、毒を入れたんだな?」
アルベール様は今にも女性に殴りかかりそうなほどの怒りを滲ませながらも、さすが貴族なのかその感情を押さえ込んで落ち着いた声を出した。
しかし女性を射殺さんばかりの視線を見ると、それを向けられていない私も思わずゾッとしてしまう。
「……は、はい。こちらの毒を……も、申し訳、ございませんっ……っ、ほ、本当に、申し訳……」
「貴様の謝罪などいらん」
アルベール様はそう言って女性を黙らせると、この騒動に気づいて食堂に集まっていた兵士たちに指示を出し、女性を拘束して連れていかせた。さらに毒とプリンも保存するように指示をする。
そうして女性がいなくなった食堂内には、少しの沈黙が流れた。それを破ったのはアルベール様だ。
「ヴァレリア嬢――本当に、本当に申し訳なかった。何とお詫びをしたら良いのか……エトマン伯爵家へ正式なお詫びをさせていただき、ヴァレリア嬢にもお詫びを……」
アルベール様はさっきまでの怒りを滲ませた姿からは一転、今にも泣きそうな様子で肩を落としてそう言った。
何だか可哀想に思えてきちゃうな……
「伯爵家への詫びは入りません。私はもう家を出ていますから。それから私個人にも必要ないです。事前に気づいて幸いにも被害はありませんでしたので」
その言葉を聞いたアルベール様は、悲しそうな表情で唇をギュッと噛むと、儚さを纏わせた綺麗な笑みを浮かべて深く頭を下げた。
「寛大なご処置、ありがとうございます」
それから侯爵様や侯爵夫人からも謝罪を受け、女性の動機などが分かったら伝えてもらうことだけは約束して、私たちは侯爵家を後にすることになった。
侯爵家のエントランス前で、アルベール様は名残惜しそうにヴァレリアさんのことを見つめ、意を決した様子で口を開く。
「ヴァレリア嬢、友人にという話は忘れてください。本日は大変申し訳ございませんでした。無理やり夕食に誘った挙句、危険に晒してしまうなど……何度謝っても許されることだとは思っていませんが、本当に申し訳ございませんでした。今日の出来事があなたの心に傷を作ってしまわないかどうか、それだけが気がかりですが……遠くから、幸せに過ごされることを願っております」
そう言って深く頭を下げたまま顔を上げないアルベール様に、ヴァレリアさんは大きく、それはもう大きく息を吐き出した。
そして貴族女性への擬態を完全に取り払い、いつもの薬屋にいる時のヴァレリアさんに戻る。
「そんなに暗い雰囲気で送り出されたら、私が悪いことをしたみたいだ」
突然口調を変えたヴァレリアさんに、アルベール様はポカンとした表情で顔を上げた。
「毒を盛られかけたんだし、もう礼儀は良いよな?」
「……えっ、あっ、も、もちろん」
「じゃあずっと思ってたことを言わせてもらうが、まず何年も前にパーティーで一度だけ見た私をずっと追いかけていたと言われても、嬉しいどころか怖い。それにグイグイ来られても私はお前の名前すら知らなかった。そんなやつに好意を寄せられても嬉しくない」
おおっ……ズバッと言う。でもこれがヴァレリアさんだよね。
「それから私は繊細な貴族の料理よりも、平民向け居酒屋にあるような塩辛い酒のつまみが好きだし、いつもはドレスどころかスカートだって履かない。そして貴族社会に貴族として戻ることは絶対にない。女性らしい口調だって使わない。――こんな私でも、まだ好きだと言うのか? さすがに幻滅するだろう」
「しない! 私はそんなヴァレリア嬢のことも好ましいと思う!」
アルベール様が全く悩まずに即答したのを聞いて、ヴァレリアさんは驚きに瞳を見開いてから、次第に呆れたような笑みを浮かべた。
「ははっ、物好きだな」
そして今度は楽しそうな笑い声をあげると、アルベール様の頭に手を伸ばして髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回す。
なんかもう、何でもありだね。侯爵家の皆さんがびっくりしてるよ。
「うわっ」
「友達になるのなら構わないぞ。ただこちらに来てくれるのならな。私は友人と行く場所は居酒屋と決めてるんだ」
「平民向けの居酒屋か? どんな料理があるのか楽しみだな」
「酒は飲めるか?」
「私はワイン一本は容易い」
「それは優秀だな。たくさん楽しめそうだ」
――なんだかよく分からないけど、二人は友達になることになったのかな……?
まあ本人たちが良いのなら、私が反対することはない。意外にも気が合いそうだし、上手くやっていけるのかも。
というかアルベール様、さっきまでとは別人だね。瞳がキラキラと輝いて顔が緩みまくってるよ。
これは……侯爵家の跡取り、弟さんにしたほうがいいかもしれない。そんなことを考えて思わず侯爵家の方々がいる方向に視線を向けると、アルベール様の弟さんが皆に視線を向けられていた。
あっ、やっぱり皆同じことを考えてたみたいだ。
「じゃあアルベール、また後でな」
「ああ、ヴァレリア。今度酒を持って薬屋にお邪魔しよう」
「つまみも頼んだぞ」
「任せておけ」
いつの間にか呼び捨てになっている二人は、貴族家の屋敷を辞する時の挨拶とは思えないそんな会話をした。
そしてヴァレリアさんがアルベール様以外の侯爵家の方々に正式な礼をしたところで、私たちは嬉しそうなアルベール様に見送られて馬車で屋敷を後にした。
「ヴァレリアさん、友達になって良かったんですか?」
「本当は今日で最後にしようと思ってたんだけどな。意外と気が合いそうだし、面白いやつだったから良いだろう」
「確かに、凄く特異な人ではありましたね……」
これからどうなるか分からないけど、なんとなく二人がこれから先も一緒にいる想像が容易にできて、私の頬は緩んでしまった。
ヴァレリアさんが侯爵家の方々に綺麗な礼をしてから告げた言葉に、女性は大きな動揺を見せた。
「な、なぜ私が……」
「貴族家の料理人には毒など害があるものを絶対に主人へ給仕しないよう、定期的に作られた食事を皆で毒味する業務があったと思いますので、その一環として確認していただけないかと思った次第です。男性よりも女性の方が、私の心情的にありがたいのですが……」
その提案を受けて、料理人の皆さんはそれで自分たちの潔白が証明できるならと女性に毒味を促し、アルベール様も提案を受け入れるように頷いた。
しかし女性は提案に頷かず、目に見えて狼狽えている様子だ。顔色を真っ青にして、全身が小刻みに震えている。
自分で毒を入れたんだから、食べることなんてできないよね……どの程度の毒なのか知らないけど、女性の様子を見るにかなり強い毒なのかもしれない。
「……お前、まさか。本当に毒なんて入れてないよな?」
「おい、俺たちがさっき作ったデザートだろ? 食べるのを躊躇うことなんてないはずだ。さっさと毒見をしてこい」
躊躇っている女性の姿を見て、他の料理人たちが女性に厳しい視線を向け始めた。
「早く行くんだ」
「ご主人様とお客人の前だぞ。手間を取らせるな」
「できないのか? それは毒を入れたと言っているようなものだぞ」
他の料理人に厳しい声をかけられるたびに、女性は顔色を悪くして体を小さく縮こめていく。こんな反応をしたら、もう自分が犯人だと言ってるようなものだよね。
女性の態度にほとんどの人が黒だと認識したところで、アルベール様が冷たい瞳を女性に向けて口を開いた。
「毒味ができないのか? それはなぜだ」
「……おいっ、若様が声をかけてくださっているんだぞ。早く答えろ!」
アルベール様の言葉にも女性が無言を貫いたところで、料理人の中で一番年上に見える男性が女性の背中を無理やり押した。
それによって数歩だけ前に出てきた女性は、部屋にいる全ての人から厳しい目を向けられていることを確認し……瞳に涙を浮かべるとその場に崩れ落ちた。
「た、大変……申し訳っ、……っ、ございません」
床に頭を擦り付けて号泣しながら泣いている女性を擁護する人は、もちろんいない。
「――ヴァレリア嬢の食事に、毒を入れたんだな?」
アルベール様は今にも女性に殴りかかりそうなほどの怒りを滲ませながらも、さすが貴族なのかその感情を押さえ込んで落ち着いた声を出した。
しかし女性を射殺さんばかりの視線を見ると、それを向けられていない私も思わずゾッとしてしまう。
「……は、はい。こちらの毒を……も、申し訳、ございませんっ……っ、ほ、本当に、申し訳……」
「貴様の謝罪などいらん」
アルベール様はそう言って女性を黙らせると、この騒動に気づいて食堂に集まっていた兵士たちに指示を出し、女性を拘束して連れていかせた。さらに毒とプリンも保存するように指示をする。
そうして女性がいなくなった食堂内には、少しの沈黙が流れた。それを破ったのはアルベール様だ。
「ヴァレリア嬢――本当に、本当に申し訳なかった。何とお詫びをしたら良いのか……エトマン伯爵家へ正式なお詫びをさせていただき、ヴァレリア嬢にもお詫びを……」
アルベール様はさっきまでの怒りを滲ませた姿からは一転、今にも泣きそうな様子で肩を落としてそう言った。
何だか可哀想に思えてきちゃうな……
「伯爵家への詫びは入りません。私はもう家を出ていますから。それから私個人にも必要ないです。事前に気づいて幸いにも被害はありませんでしたので」
その言葉を聞いたアルベール様は、悲しそうな表情で唇をギュッと噛むと、儚さを纏わせた綺麗な笑みを浮かべて深く頭を下げた。
「寛大なご処置、ありがとうございます」
それから侯爵様や侯爵夫人からも謝罪を受け、女性の動機などが分かったら伝えてもらうことだけは約束して、私たちは侯爵家を後にすることになった。
侯爵家のエントランス前で、アルベール様は名残惜しそうにヴァレリアさんのことを見つめ、意を決した様子で口を開く。
「ヴァレリア嬢、友人にという話は忘れてください。本日は大変申し訳ございませんでした。無理やり夕食に誘った挙句、危険に晒してしまうなど……何度謝っても許されることだとは思っていませんが、本当に申し訳ございませんでした。今日の出来事があなたの心に傷を作ってしまわないかどうか、それだけが気がかりですが……遠くから、幸せに過ごされることを願っております」
そう言って深く頭を下げたまま顔を上げないアルベール様に、ヴァレリアさんは大きく、それはもう大きく息を吐き出した。
そして貴族女性への擬態を完全に取り払い、いつもの薬屋にいる時のヴァレリアさんに戻る。
「そんなに暗い雰囲気で送り出されたら、私が悪いことをしたみたいだ」
突然口調を変えたヴァレリアさんに、アルベール様はポカンとした表情で顔を上げた。
「毒を盛られかけたんだし、もう礼儀は良いよな?」
「……えっ、あっ、も、もちろん」
「じゃあずっと思ってたことを言わせてもらうが、まず何年も前にパーティーで一度だけ見た私をずっと追いかけていたと言われても、嬉しいどころか怖い。それにグイグイ来られても私はお前の名前すら知らなかった。そんなやつに好意を寄せられても嬉しくない」
おおっ……ズバッと言う。でもこれがヴァレリアさんだよね。
「それから私は繊細な貴族の料理よりも、平民向け居酒屋にあるような塩辛い酒のつまみが好きだし、いつもはドレスどころかスカートだって履かない。そして貴族社会に貴族として戻ることは絶対にない。女性らしい口調だって使わない。――こんな私でも、まだ好きだと言うのか? さすがに幻滅するだろう」
「しない! 私はそんなヴァレリア嬢のことも好ましいと思う!」
アルベール様が全く悩まずに即答したのを聞いて、ヴァレリアさんは驚きに瞳を見開いてから、次第に呆れたような笑みを浮かべた。
「ははっ、物好きだな」
そして今度は楽しそうな笑い声をあげると、アルベール様の頭に手を伸ばして髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回す。
なんかもう、何でもありだね。侯爵家の皆さんがびっくりしてるよ。
「うわっ」
「友達になるのなら構わないぞ。ただこちらに来てくれるのならな。私は友人と行く場所は居酒屋と決めてるんだ」
「平民向けの居酒屋か? どんな料理があるのか楽しみだな」
「酒は飲めるか?」
「私はワイン一本は容易い」
「それは優秀だな。たくさん楽しめそうだ」
――なんだかよく分からないけど、二人は友達になることになったのかな……?
まあ本人たちが良いのなら、私が反対することはない。意外にも気が合いそうだし、上手くやっていけるのかも。
というかアルベール様、さっきまでとは別人だね。瞳がキラキラと輝いて顔が緩みまくってるよ。
これは……侯爵家の跡取り、弟さんにしたほうがいいかもしれない。そんなことを考えて思わず侯爵家の方々がいる方向に視線を向けると、アルベール様の弟さんが皆に視線を向けられていた。
あっ、やっぱり皆同じことを考えてたみたいだ。
「じゃあアルベール、また後でな」
「ああ、ヴァレリア。今度酒を持って薬屋にお邪魔しよう」
「つまみも頼んだぞ」
「任せておけ」
いつの間にか呼び捨てになっている二人は、貴族家の屋敷を辞する時の挨拶とは思えないそんな会話をした。
そしてヴァレリアさんがアルベール様以外の侯爵家の方々に正式な礼をしたところで、私たちは嬉しそうなアルベール様に見送られて馬車で屋敷を後にした。
「ヴァレリアさん、友達になって良かったんですか?」
「本当は今日で最後にしようと思ってたんだけどな。意外と気が合いそうだし、面白いやつだったから良いだろう」
「確かに、凄く特異な人ではありましたね……」
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