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31.失墜

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 グリフィンとケイティの起こした騒動は、瞬く間に王国中に広まった。
 国王と王妃は必死に事態の収拾を図ったが、かえって人々の反感を買うことになった。
 特に学園祭の一番の楽しみであるダンスパーティーを台無しにされた生徒たちからは、怒りの声が上がる。
 あれだけのことをしでかしたにもかかわらず、これは王家の問題だと理解を求め、これから厳しく教育していくという国王の言葉を、人々は冷ややかな目で見ていた。

「グリフィン殿下は、未来の国王としての資質に欠けているのではないか?」

「いくら国王陛下と王妃陛下が庇おうと、あの振る舞いは許されないだろう」

「陛下がいくら教育しても、あの傲慢な態度は直るまい」

 人々は口々に噂しあい、王家への不信感を募らせていた。
 そして、その矛先はケイティの父であるリグスーン公爵にも向かい始める。

「あのような愚かな娘を育てたのは、リグスーン公爵だ」

「いや、レイチェル嬢もリグスーン公爵令嬢だぞ」

「どうして姉妹でこうも違うのだ?」

「今の公爵は、傍系で中継ぎだというではないか。レイチェル嬢は直系で正統な血筋だが、ケイティ嬢はもともと公爵の愛人の娘だ」

「ああ、だからか……」

「というか、それではケイティ嬢は正統なリグスーン公爵令嬢とは言えないのではないか?」

 人々は口々に噂しあい、リグスーン公爵を糾弾していく。

「まさか……こんなことになるとは……」

 公爵家当主であるリグスーン公爵は頭を抱えていた。
 部屋に呼ばれたレイチェルが、兄ジェイクと共に訪れると、彼は憔悴しきった様子で椅子に座っていた。
 彼の隣には、夫人であるマイラが寄り添っている。彼女もまた不安げな表情を浮かべていた。

「レイチェル! これもお前がしっかりしないからだ! 全てお前が悪い! 妹のことが可愛くないのか!?」

 リグスーン公爵は怒りの形相でレイチェルに食って掛かる。
 だが、レイチェルは涼しい顔で聞き流した。

「まあ、お父さまったら。ずいぶんと耄碌されたのね。私は何も悪くありませんわ」

 レイチェルが冷たく言い放つと、リグスーン公爵の顔が怒りに赤く染まる。

「なんだと! 貴様、誰に向かって口をきいておる!」

「中継ぎの当主にしか過ぎないお父さまに申し上げておりますわ」

「貴様ぁっ!」

 激昂したリグスーン公爵はレイチェルにつかみかかろうとする。
 だが、その前にジェイクが割って入った。

「父上、おやめください」

「ジェイク! 貴様までこの愚か者の味方をするか!」

 リグスーン公爵が怒鳴りつけると、ジェイクは冷ややかな視線を向ける。

「愚か者はあなたです。ケイティの行いを諫めることもせず、むしろ擁護していたのは父上ではありませんか。この期に及んでレイチェルを責めるなど、あまりにも見苦しい」

「ぐっ……」

 ジェイクに正論を突きつけられ、リグスーン公爵は歯噛みする。

「父上はお疲れなのです。この騒ぎを収拾するのは僕に任せて、どうぞお休みください」

 ジェイクがそう促すと、リグスーン公爵ははっとした様子になる。

「ジェイク……貴様、まさか……」

「父上、どうぞご心配なく。正統なリグスーン家の直系である僕がきちんと収めてみせます。父上は夫人と一緒に旅行でもお楽しみになって、疲れを癒やしてください」

 ジェイクが笑顔で答えると、リグスーン公爵はわなわなと震えだした。

「この痴れ者が! 公爵家を乗っ取るつもりか! お前はそれでも私の息子か!? 恥を知れ!」

 リグスーン公爵は怒りの形相でジェイクに向かって怒鳴り散らす。
 だが、ジェイクは平然とした様子で、父の罵声を聞いていた。

「父上こそ、恥を知ってはいかがですか? 公爵家を乗っ取ろうとしているのは父上でしょう。僕こそ正統な後継者なのですから」

「なんだとぉっ!」

 再び怒声を上げるリグスーン公爵に、ジェイクが鋭い視線を向ける。

「父上、いい加減にしてください。これ以上恥を晒すつもりですか? そもそも、父上がケイティの行いを諫めなかった結果ではありませんか。一族も、もはや父上に当主の資格なしと見なしています」

「うっ……ぐぐっ……」

 ジェイクの言葉に、リグスーン公爵は悔しそうに歯噛みする。
 そして苦虫を噛み潰したような表情で黙り込むと、部屋から出ていった。
ずっと口を出さずに見守っていたマイラは、レイチェルとジェイクに向かって頭を下げる。

「ごめんなさい、二人とも……。こんなことになってしまって……」

 マイラは泣きそうな声で謝罪の言葉を口にする。

「いいえ、気にしないでください」

 レイチェルが微笑むと、マイラも少しだけ安堵した様子を見せた。だが、その表情は暗いままだ。

「でも、これからどうすればいいのかしら……。このままではリグスーン家は……」

 マイラの不安そうな声に、ジェイクが答える。

「ご心配なく。父上には引退していただきましょう。そして僕が当主としてリグスーン公爵家を継がせていただきます」

「まあ……」

 マイラは一瞬驚いた表情を見せる。そして、ほっとした様子を見せた。

「そうしていただけると、私も安心ですわ。私などに公爵夫人は重荷ですもの……」

 マイラはそう言うと、夫であるリグスーン公爵が去っていった扉を見つめた。

「……私がこのように弱気なのが、ケイティの増長を招いたのでしょう。あの子には、もっと堂々としていろとよく言われていました。そして、自分の身分がもっと高くなれば、母である私も大切にされるはずだと……」

 マイラはそう言うと、悲しげな表情で俯いた。

「夫人……」

 レイチェルはそんなマイラの様子を見て、胸が締め付けられるような思いだった。
 もしかしたらケイティは、身をわきまえて大人しくしていた母親のことを、もどかしく思っていたのかもしれない。
 そして、そんな母を情けないとさえ思っていたのかもしれない。本当は、もっと胸を張って生きてほしかったのだろう。
 ケイティは我儘で自分勝手だが、その気持ちはなんとなくレイチェルにもわかるような気がした。
 だが、だからといってケイティの行いが正当化されるわけではない。

「どうかご心配なく。父上にもケイティにも悪いようにはいたしません。どうぞご安心ください」

 ジェイクが優しく声をかけると、マイラは僅かに顔を上げた。そして小さく微笑むと、ゆっくりと立ち上がる。

「ありがとうございます……それでは、私はこれで失礼いたしますわ」

 マイラは頭を下げると部屋を出ていった。彼女の背中は弱々しく見えたが、それも仕方ないことだろう。
 レイチェルは去っていくマイラの背中を見送りながらそう思った。

「さて……これで父上は引退だ。思ったよりも急速で驚いたが、まあ、想定内だ」

 ジェイクは一人呟くと、満足そうに笑った。

「あとはレイチェルの婚約が正式に解消されれば、丸く収まる。そのままカーティス殿下の婚約者になればいい」

 ジェイクは上機嫌でレイチェルに微笑みかける。

「まあ……お兄さまったら……」

 レイチェルは頬に手を当てて照れ笑いを浮かべた。

 そしてほどなく、レイチェルとグリフィンの婚約は正式に解消された。
 理由は、グリフィンが突然ダンスパーティーで婚約破棄を宣言したため、それが醜聞になったことである。
 こうしてレイチェルは、自分に非のない形で、無事に自由の身となれたのだ。
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