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12.世界の修正

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「私はきみを心から愛している。この想いだけは、他の誰にも負けはしない」

 カーティスはレイチェルの手を引き寄せ、その指先に口付ける。

「っ……」

 レイチェルは反射的に手を引こうとするが、カーティスはしっかりと手を掴んで離そうとしない。

「だから……」

 カーティスは真剣な眼差しのまま、言葉を続ける。

「私を選んでくれ」

 彼のその眼差しに、言葉に、レイチェルの鼓動が大きく跳ね上がる。
 彼に見つめられるだけで顔が熱くなり、頭がくらくらとしてくる。
 こんなことは今まで経験したことがない。

 カーティスの申し出は、レイチェルの目的と合致しているはずだ。
 彼が次期国王となり、レイチェルがその妃となれば丸く収まるとは、レイチェル自身が考えたことだった。
 かつて王太子グリフィンとの婚約が決まったときも、役目だからとただ受け入れた。
 だから、目的のためにカーティスと結婚するのだって、同じようなものだろうと思っていたのだ。

 それなのに、全然違う。
 頭が上手く働かない。
 彼に見つめられるたびに、胸が苦しくなる。

「カーティスさま……」

 レイチェルは戸惑いの声を上げることしかできない。
 すると、カーティスは苦笑した。

「……すまない。少々性急だったな」

 カーティスはそっとレイチェルの手を離した。
 離れていく温もりが名残惜しいと感じてしまい、レイチェルは戸惑う。

「私はきみを愛しているが、きみはきっと私のことをよく知らないだろう。それに……私のことで不安に思っていることがあるようだしな」

 カーティスの言葉に、レイチェルははっとする。
 確かに、彼に対して疑問を抱いているのは間違いない。
 だが、それをカーティスが察しているとは思わなかった。

「まずお互いのことをよく知っていこう」

 優しくそう言って、カーティスは微笑む。
 その声で、強張っていたレイチェルの心がほどけていく。

「まだ時間はあるだろう? まずは、そうだな……きみの好きなものを教えてくれないか?」

 彼はテーブルに置いてあったクッキーを手に取りながら告げる。
 彼の大きな手で持たれると、小さなクッキーがとても小さく見えた。
 そんな可愛らしい菓子を美味しそうに頬張るカーティスを見て、レイチェルは思わずくすりと笑う。

「ふふ……、カーティスさまはとても可愛らしい方なのですね」

 その言葉に、カーティスは驚いたように目を見開いた。そして、照れ臭そうに頭を掻く。

「私にそんなことを言うのはきみくらいだな」

 カーティスは苦笑しながら、クッキーをもうひとつ手に取った。

「ほら、きみも食べたまえ」

「あ……」

 カーティスはレイチェルの唇にクッキーを押し当てる。
 その感触にどきりとしながら、レイチェルは唇を開いた。すると、そのまま口の中へクッキーが入れられる。
 さくりとした食感と共に、優しい甘さが口の中に広がる。

「美味しいだろう?」

 カーティスは満面の笑みを浮かべていた。
 その表情を見ると、レイチェルも自然と笑みが零れる。

「はい……とても」

 レイチェルはこくりと頷く。

「懐かしいな……」

 カーティスは遠くを見つめるような眼差しを浮かべる。

「再び、こうしてきみと過ごせるなんて……まるで夢のようだ」

 彼は微かに頬を染め、潤んだ瞳でレイチェルを見つめる。
 その瞳に見つめられると、レイチェルの胸はきゅっと締め付けられるような痛みを覚えた。
 どうしてなのか、自分でもよくわからない。
 ただ、カーティスのその眼差しはレイチェルを落ち着かない気持ちにさせた。

「そ……その、カーティスさまは、本気で王になるおつもりなんですか……?」

 レイチェルは戸惑いながら尋ねる。

「ああ、そのつもりだ」

 カーティスは間髪をいれずに答えた。
 迷いのない瞳に見つめられて、レイチェルは気圧される。

「……そのようなことを、はっきりと私に言ってしまってもよろしいのですか……?」

 思わずそう尋ねると、カーティスは不思議そうな顔をした。

「何か問題でも?」

「……私は王太子殿下の婚約者ですよ。あなたが王位を狙っていると誰かに漏らしたとすれば……」

「漏らすつもりか?」

「い、いいえ……」

 カーティスに問われて、レイチェルは首を横に振った。

「ふふ……きみは素直だな」

 カーティスは楽しげに笑った。

「私が王にふさわしくないと思うのなら、正直にそう告げてくれればいい。私を断頭台に送るのがきみなら、私は喜んで受け入れる」

 カーティスはさらりと告げる。

「え……?」

 レイチェルはその言葉に思わず瞬きをする。
 まさか彼がそこまで考えていたなんて思わなかった。

「私はきみと共に歩む未来以外は望んでいない」

 カーティスは、まっすぐにレイチェルを見つめながら、きっぱりと告げる。
 その迷いのない眼差しに、レイチェルはめまいのようなものを覚えた。
 こうも強く求められ、一途に想いを寄せられるなんて初めてのことだ。
 レイチェルは戸惑い、動揺する。

「どうして……ですか?」

 思わずレイチェルは尋ねた。
 すると、彼は微かに目を細める。

「……きみが覚えていないことはわかっている。だが、私は……もう二度ときみを失いたくないんだ。そのためなら、何だってする」

 カーティスの声は微かに震えている。
 彼は苦しげに眉根を寄せていた。

「あ……」

 彼の表情を見て、レイチェルは何かを思い出しそうになった。
 だが、それは一瞬のことで、すぐに頭の中から消えてしまう。

「すまない」

 カーティスは苦笑すると、レイチェルを安心させるように微笑む。

「きみを困らせるつもりはないんだ。ただ、知っておいてほしかった。私は本気だということを」

 彼の言葉に、レイチェルは戸惑いながらも頷くことしかできなかった。

「さて……この話はここまでにしようか」

 カーティスは明るい声で言うと、レイチェルの髪を撫でる。

「お茶も冷めてしまったな。淹れ直してこよう」

 彼はそう言って立ち上がった。

「カーティスさま、私も……」

 レイチェルも慌てて立ち上がろうとすると、カーティスが制する。

「きみは座っていなさい」

 彼は優しく微笑み、台所へ向かった。
 レイチェルはその後ろ姿を見送りながら、ぼんやりとしていた。
 先ほどのカーティスの眼差しが、頭から離れない。
 彼が本気でレイチェルを愛しているということを感じて、胸が締め付けられる。

 だが、それは本当に彼自身の気持ちなのだろうか。
 カーティスは小説には登場せず、おそらく世界が修正した影響で現れた存在だ。
 仮に幼い頃、本当に結婚の約束をした仲だったとしても、それからずっと会っていないのだ。想いなど風化するもので、いつまでも燃え上がっているなどありえない。
 やはり彼の気持ちも、世界によって植え付けられたものと考えるのが妥当だ。
 そんなことを考えて、レイチェルはそっとため息をつく。

「どうした?」

 いつの間にか戻ってきたカーティスが、レイチェルの前にティーカップを置く。

「い、いえ……」

 レイチェルは慌てて首を振る。

「そうか」

 カーティスは小さく微笑むと、再びソファに腰掛けた。
 そして、静かにティーカップに口をつける。
 その横顔を眺めていると、また鼓動が速くなっていく。

 レイチェルはそっと胸に手を当てる。
 どうしてこんな気持ちになるのだろう。
 この気持ちも、世界が修正した結果なのだろうか。
 そう考えて、レイチェルは胸が苦しくなるのを感じた。
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