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第二章 大罪人として
11.ごめんなさい、こういう落ちでした
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しばらくしてからエストが木の上から降りてきた。
多分結構時間が経っていたのだろう。
俺はネロの頬に触れたまま時間を忘れてしまうくらい、ネロとの事を偲んで思いに耽っていた。
初めて見る獣人で驚いたこと。
腕相撲で負けて、オーバーリアクションで狼狽える姿。
まさに英雄と思える戦姿。
そして、はちみつとかまける夜。
あの、優しく包んでくれるような雰囲気を持つ笑顔。
目の前で見ているかのように浮かぶその姿は鮮明で、まるでそれがもう無いという現実を認識できる気がしない。
「大丈夫か?」
木から降りて近づいてきたエストが、少し困ったような作り笑顔を浮かべて声を掛けてくる。
悲愴に暮れた顔ではなく無理して笑みを浮かべてくれたのは、少しでも悲しさを和らげようとの優しさなのだろう。
同じように近しい人を亡くした経験があるから、同じように辛さを共感して寄り添ってくれているのだろう。
「ああ、すまない。もう大丈夫だ。」
俺はネロの頬から手を放す。
抜け殻となってしまったネロの身体の冷たさが、俺の手のひらにすっかり伝わっていた。
気づけば手はかじかんでいて、握ろうとしても震えてしまっていてゆっくりとしか動かない。
俺はその拳をゆっくりと握り、力を籠める。
自分の無力さや不甲斐なさを握りつぶすように。
「ここまで連れてきてくれて、ありがとう。
しかし、よくわかったね。」
エストの優しさに答えるように、俺も力ない作り笑顔を浮かべてエストに向く。
エストは切なげにはにかみ、そして事情を説明してくれた。
「貴様が捕まった後この森の上を飛んでいたら、その大剣が光って見えたんだ。
まだ一昨日のことだ。
絶命する寸前だったのだと思う。
腹の傷を庇いつつ、木に寄りかかっていた。」
「一昨日だったのか・・・・。」
ほんの一昨日までネロが生きていたことに、また悔しさが俺の胸に込み上げる。
『トリカゴ』をさっさと脱出していれば間に合ったのかもしれない。
そんな無情なタラレバが頭を過り、また心が掻き毟られる。
「私は上空から見ていただけだが、不思議な最期だったよ。
痛いはずなのに、つらいはずなのに、この人は思い返すように何度も何度も笑顔を浮かべていた。
次第に目の光が無くなってきても、最後に目を閉じてしまってさえも、柔らかに笑顔を浮かべて逝った。
・・・・・・・きっと満足できる生だったのだろうな。私には想像もできない。」
図らずも最期を看取ってくれたエストの言葉。
ネロとはまともに話したこともないはずなのに、その言葉はネロの心情に寄り添った、とても優しい言葉だった。
その言葉を聞いて、堪らずに俺の心も体もブルブルと震えてしまう。
「・・・・看取ってくれたんだね。ありがとう。」
「先の山で貴様と一緒にいた獣人だったからな。成り行きだ。」
無理やりお礼を言った俺の作り笑顔に、エストは照れたように顔を背ける。
ネロとはまったく関わりのないエストだったが、人知れず逝ってしまうということにならなくてよかった。
エストには感謝の気持ちが絶えない。
「このままというわけにはいかないから・・・・。」
俺は少しだけ気を取り直して振り返り、地面に刺さったネロの両手剣の柄を握る。
ずっしりと重い。
逆手で握って抜こうとしたが抜けない。
左手でも握って、一気に引き抜こうとする。
ズボッと音を立てて、剣の周りの土と雪ごと抜けた。
一瞬の逡巡ののち、俺は近くの木に剣を当てて雪を払う。
血糊が付いてなお、太陽に輝く白銀の剣。
大きくて、重くて常人では支えるのがやっとの大剣。
俺ならば片手でも持てそうではあるのだが、バランスを崩してしまいそうでうまく扱える気がしない。
ネロはこれを自分の身体の一部のように、自由自在に操る。
年を越してから体得したスキル、Fencing of Nero:The third class。
これを錬成させて、この大剣をネロのように自在に扱えるようになろう。
そういう風に思ったら、ネロが近くにいるみたいで少し心が軽くなった。
そんな、そんな感傷に浸っている時だった。
『There was a phone call from Nero(ネロから電話が掛かってきました)
Do you pick up the phone?(電話に出ますか?)』
「んん!?」
突如、俺の目の前に青白いウインドウが勝手に展開した。同時にリリリン、リリリンとなんだか懐かしい電話の着信音が俺の耳に届いてくる。子供の頃、おばあちゃんちにあったような黒い電話機に内蔵されているベルの音だ。
ウインドウを見ると英語でよく意味が分からないが、どうやら電話が掛かってきたらしい。
しかもネロと書いてあるのか?
ネロ??
「??い、Yes・・・。」
とりあえず、答えてみる。
受話器も何もないが、勝手に交信できるらしい。
すると。
まさか。
信じられない!
「ああ!つながった!キチクかい!?
俺だよ!わかるかい?ネロだからねえ!」
なんと本当にネロから電話が掛かってきた――――
「なっなっなっ!?なんで!?どういうこと!?」
俺は一人で狼狽えて、一人でしゃべっている。
いきなり独り言を話し始めた俺に、エストは呆然としている。
やはり、ネロの声はエストには聞こえていないらしい。
「うおぁははは!
驚いたかい!?俺も驚いたさ!
ご存じの通り、なんたって俺は死んじまったからねえ!」
最近も聞いていたはずなのに、なんだかとても懐かしく感じてしまうネロの笑い声。
俺の心と瞼に熱いモノが込み上げてくる。
「ごめんねえ、キチク!
俺は死んでしまって天国に来ちゃったみたいなんだよねえ。」
「えええ!!マジでぇ!?」
あまりにカラっとしたネロの話し声。
俺の心は悲しく暮れていたはずなのに、俺はついつい普通にテンション高めな合いの手的な反応を返してしまう。
「そう。それで、なんか聖霊ってヤツになれるらしくてね。
二つ返事でなっちまったんだよねえ。」
「聖霊・・・・」
「そう、聖霊だよ。天国で過ごせる資格を持つ上位の霊体だよ。
それでさぁ、能力がある聖霊のみらしいんだけど、その聖霊の縁の物があれば、それを媒介としてこの電話?ってヤツで媒介を手にした人と会話することができるんだってさぁ。
今、キチクは俺の両手剣を手にしているんだろう?
だから俺は今、電話ってので会話できているわけなんだよねえ。
キチクが両手剣を持っている時に電話ボックスに入らなきゃいけなかったから、ほんとに全力で走ったんだからねえ。」
「ぶはっ。なんだそれ!?天国に電話ボックスがあるんだ?」
あまりに滅茶苦茶な設定がまさに滑稽だ。
さっきまで心を痛めていた俺の気持ちを返してくれ。
「でも・・・・なんで俺が両手剣持ってるってわかったんだ?」
俺は素朴な疑問をする。
ネロからしたら空から眺めてるみたいな感じで、天国からこの世界は丸見えなのか?
「交換手さんに媒介を登録しておくと、誰かが媒介を手にしてると教えに来てくれるんだよ。
きっとさ、キチクが俺の両手剣を見つけてくれると思ってたからさ。大成功だったねえ。」
「あはっ!天国ってなんだかアナログなんだ!?」
「アナログってなんだい?
まあ、いいかねえ。それよりも今キチクが手にしている俺の両手剣。
俺の、その縁の物が触媒になる。
だからねえ。もうわかるだろう?うおぁははは!」
ネロは楽しくなってきたのか、興奮して笑い出し始めた。
当然、俺もネロが何を言いたいのか理解している。
もう二度とネロと会えないと感じ始めていたのに、いきなりやってきた希望はそのまま現実になるのだ。
もちろんだ。俺も高揚せずにはいられない。弱った心が熱くなるのを感じる。
俺は言葉に期待を込めるように、いや、それが当然だと自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「俺とネロが境界の起請文で契約を結べば・・・。
聖霊となったネロを俺が・・・・・・俺が、召喚できる・・・・。
また・・・ネロと会うことができる・・・・。」
「うおぁははは!!キチク!!正解だねえ!!」
高らかに笑うネロ。その声が俺の琴線をボンボンと弾く。
やばい。本当に嬉しい。嬉しくてたまらない。
「さあ!早くキチクに会いたいからねえ!やっちまうよ!」
心を擽るネロの言葉が聞こえたと思ったら、手に持つ両手剣の刀身に輝きを放つ赤い文字が浮かび上がる。
「境界の起請文は紙じゃなくてもいいんだ?・・・。」
「紙だと何かの拍子に、他の人間の手に渡ったら嫌だからねえ。
この剣を境界の起請文にしちまえば、キチクが持っていてくれるだろうし、いつでも俺を召喚できるだろうからねえ?」
「なるほど、納得。」
俺は言うが早いか、剣の刃に人差し指を擦り、そのまま血で刀身にサインする。
「うおぁは!これで契約は完了だねえ!」
「会いたいよ!ネロ!」
俺はマジックウインドウを開く。
▶Nero
▶Summons
大量のMPをごっそり持っていったらしく、急激な脱力感が俺の身体を襲う。
そして次の瞬間に、俺の身体から霊体が剥がれるように何かが分離する。
透き通り、白く揺らめくそれは霊体なのに俺の持つ剣を取り、目の前に人型を形成し始めた。
次第に、輪郭がはっきりとなっていく。
その全身には、柔らかな生地でしつらえられた真っ白いドレスを纏う。
大きく空いた胸元と、逞しい腕をさらに艶やかに感じさせる褐色の肌。
大きい背に筋肉隆々な身体と、風船のように膨らむ魅力的な胸。
そして、頭に戴くのはピクピクと動く愛嬌ある熊の耳。
服装こそらしくはない感じだが何度も心を傾けた、見知った、そして大切に思っているその姿だった。
「キチク!!―――」
「――――俺も会いたかったんだからねぇ!」
透き通っていた身体が現実味を帯び、俺の目の前に顕現したネロは手にしていた剣を投げ捨て、俺に抱き着いてきた。
強く、強く抱きしめられる。
さっきまで触れていた亡骸とはまるで違う熱を持つ温かさ。
そして勢い余って、遅れてやってきた髪がふわりと俺に掛かる。
いつものネロの感触。
いつものネロの香り。
俺の大切な人の一人。
俺自身が死ぬことを意識した瞬間に、気づいた俺の宝物の一つ。
無くなってしまったと思ったけど、こうして俺の手の中に帰ってきた。
何も変わらずに帰ってきたというわけではないけれど、概ね問題はない。
本当に良かった。
強いていえば一つだけ違うのは、ウェーブが掛かった黒髪が見事に真っ白になっていたことか。
聖霊っていうなんだかすごい存在になっちゃったんだもんね。
カオスゲージ
〔Law and Order +++[63]++++++ Chaos〕
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ネロの聖霊バージョンのイメージを描きました↓
見たくない方はスクロールしないで終了して下さい・・・。
多分結構時間が経っていたのだろう。
俺はネロの頬に触れたまま時間を忘れてしまうくらい、ネロとの事を偲んで思いに耽っていた。
初めて見る獣人で驚いたこと。
腕相撲で負けて、オーバーリアクションで狼狽える姿。
まさに英雄と思える戦姿。
そして、はちみつとかまける夜。
あの、優しく包んでくれるような雰囲気を持つ笑顔。
目の前で見ているかのように浮かぶその姿は鮮明で、まるでそれがもう無いという現実を認識できる気がしない。
「大丈夫か?」
木から降りて近づいてきたエストが、少し困ったような作り笑顔を浮かべて声を掛けてくる。
悲愴に暮れた顔ではなく無理して笑みを浮かべてくれたのは、少しでも悲しさを和らげようとの優しさなのだろう。
同じように近しい人を亡くした経験があるから、同じように辛さを共感して寄り添ってくれているのだろう。
「ああ、すまない。もう大丈夫だ。」
俺はネロの頬から手を放す。
抜け殻となってしまったネロの身体の冷たさが、俺の手のひらにすっかり伝わっていた。
気づけば手はかじかんでいて、握ろうとしても震えてしまっていてゆっくりとしか動かない。
俺はその拳をゆっくりと握り、力を籠める。
自分の無力さや不甲斐なさを握りつぶすように。
「ここまで連れてきてくれて、ありがとう。
しかし、よくわかったね。」
エストの優しさに答えるように、俺も力ない作り笑顔を浮かべてエストに向く。
エストは切なげにはにかみ、そして事情を説明してくれた。
「貴様が捕まった後この森の上を飛んでいたら、その大剣が光って見えたんだ。
まだ一昨日のことだ。
絶命する寸前だったのだと思う。
腹の傷を庇いつつ、木に寄りかかっていた。」
「一昨日だったのか・・・・。」
ほんの一昨日までネロが生きていたことに、また悔しさが俺の胸に込み上げる。
『トリカゴ』をさっさと脱出していれば間に合ったのかもしれない。
そんな無情なタラレバが頭を過り、また心が掻き毟られる。
「私は上空から見ていただけだが、不思議な最期だったよ。
痛いはずなのに、つらいはずなのに、この人は思い返すように何度も何度も笑顔を浮かべていた。
次第に目の光が無くなってきても、最後に目を閉じてしまってさえも、柔らかに笑顔を浮かべて逝った。
・・・・・・・きっと満足できる生だったのだろうな。私には想像もできない。」
図らずも最期を看取ってくれたエストの言葉。
ネロとはまともに話したこともないはずなのに、その言葉はネロの心情に寄り添った、とても優しい言葉だった。
その言葉を聞いて、堪らずに俺の心も体もブルブルと震えてしまう。
「・・・・看取ってくれたんだね。ありがとう。」
「先の山で貴様と一緒にいた獣人だったからな。成り行きだ。」
無理やりお礼を言った俺の作り笑顔に、エストは照れたように顔を背ける。
ネロとはまったく関わりのないエストだったが、人知れず逝ってしまうということにならなくてよかった。
エストには感謝の気持ちが絶えない。
「このままというわけにはいかないから・・・・。」
俺は少しだけ気を取り直して振り返り、地面に刺さったネロの両手剣の柄を握る。
ずっしりと重い。
逆手で握って抜こうとしたが抜けない。
左手でも握って、一気に引き抜こうとする。
ズボッと音を立てて、剣の周りの土と雪ごと抜けた。
一瞬の逡巡ののち、俺は近くの木に剣を当てて雪を払う。
血糊が付いてなお、太陽に輝く白銀の剣。
大きくて、重くて常人では支えるのがやっとの大剣。
俺ならば片手でも持てそうではあるのだが、バランスを崩してしまいそうでうまく扱える気がしない。
ネロはこれを自分の身体の一部のように、自由自在に操る。
年を越してから体得したスキル、Fencing of Nero:The third class。
これを錬成させて、この大剣をネロのように自在に扱えるようになろう。
そういう風に思ったら、ネロが近くにいるみたいで少し心が軽くなった。
そんな、そんな感傷に浸っている時だった。
『There was a phone call from Nero(ネロから電話が掛かってきました)
Do you pick up the phone?(電話に出ますか?)』
「んん!?」
突如、俺の目の前に青白いウインドウが勝手に展開した。同時にリリリン、リリリンとなんだか懐かしい電話の着信音が俺の耳に届いてくる。子供の頃、おばあちゃんちにあったような黒い電話機に内蔵されているベルの音だ。
ウインドウを見ると英語でよく意味が分からないが、どうやら電話が掛かってきたらしい。
しかもネロと書いてあるのか?
ネロ??
「??い、Yes・・・。」
とりあえず、答えてみる。
受話器も何もないが、勝手に交信できるらしい。
すると。
まさか。
信じられない!
「ああ!つながった!キチクかい!?
俺だよ!わかるかい?ネロだからねえ!」
なんと本当にネロから電話が掛かってきた――――
「なっなっなっ!?なんで!?どういうこと!?」
俺は一人で狼狽えて、一人でしゃべっている。
いきなり独り言を話し始めた俺に、エストは呆然としている。
やはり、ネロの声はエストには聞こえていないらしい。
「うおぁははは!
驚いたかい!?俺も驚いたさ!
ご存じの通り、なんたって俺は死んじまったからねえ!」
最近も聞いていたはずなのに、なんだかとても懐かしく感じてしまうネロの笑い声。
俺の心と瞼に熱いモノが込み上げてくる。
「ごめんねえ、キチク!
俺は死んでしまって天国に来ちゃったみたいなんだよねえ。」
「えええ!!マジでぇ!?」
あまりにカラっとしたネロの話し声。
俺の心は悲しく暮れていたはずなのに、俺はついつい普通にテンション高めな合いの手的な反応を返してしまう。
「そう。それで、なんか聖霊ってヤツになれるらしくてね。
二つ返事でなっちまったんだよねえ。」
「聖霊・・・・」
「そう、聖霊だよ。天国で過ごせる資格を持つ上位の霊体だよ。
それでさぁ、能力がある聖霊のみらしいんだけど、その聖霊の縁の物があれば、それを媒介としてこの電話?ってヤツで媒介を手にした人と会話することができるんだってさぁ。
今、キチクは俺の両手剣を手にしているんだろう?
だから俺は今、電話ってので会話できているわけなんだよねえ。
キチクが両手剣を持っている時に電話ボックスに入らなきゃいけなかったから、ほんとに全力で走ったんだからねえ。」
「ぶはっ。なんだそれ!?天国に電話ボックスがあるんだ?」
あまりに滅茶苦茶な設定がまさに滑稽だ。
さっきまで心を痛めていた俺の気持ちを返してくれ。
「でも・・・・なんで俺が両手剣持ってるってわかったんだ?」
俺は素朴な疑問をする。
ネロからしたら空から眺めてるみたいな感じで、天国からこの世界は丸見えなのか?
「交換手さんに媒介を登録しておくと、誰かが媒介を手にしてると教えに来てくれるんだよ。
きっとさ、キチクが俺の両手剣を見つけてくれると思ってたからさ。大成功だったねえ。」
「あはっ!天国ってなんだかアナログなんだ!?」
「アナログってなんだい?
まあ、いいかねえ。それよりも今キチクが手にしている俺の両手剣。
俺の、その縁の物が触媒になる。
だからねえ。もうわかるだろう?うおぁははは!」
ネロは楽しくなってきたのか、興奮して笑い出し始めた。
当然、俺もネロが何を言いたいのか理解している。
もう二度とネロと会えないと感じ始めていたのに、いきなりやってきた希望はそのまま現実になるのだ。
もちろんだ。俺も高揚せずにはいられない。弱った心が熱くなるのを感じる。
俺は言葉に期待を込めるように、いや、それが当然だと自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「俺とネロが境界の起請文で契約を結べば・・・。
聖霊となったネロを俺が・・・・・・俺が、召喚できる・・・・。
また・・・ネロと会うことができる・・・・。」
「うおぁははは!!キチク!!正解だねえ!!」
高らかに笑うネロ。その声が俺の琴線をボンボンと弾く。
やばい。本当に嬉しい。嬉しくてたまらない。
「さあ!早くキチクに会いたいからねえ!やっちまうよ!」
心を擽るネロの言葉が聞こえたと思ったら、手に持つ両手剣の刀身に輝きを放つ赤い文字が浮かび上がる。
「境界の起請文は紙じゃなくてもいいんだ?・・・。」
「紙だと何かの拍子に、他の人間の手に渡ったら嫌だからねえ。
この剣を境界の起請文にしちまえば、キチクが持っていてくれるだろうし、いつでも俺を召喚できるだろうからねえ?」
「なるほど、納得。」
俺は言うが早いか、剣の刃に人差し指を擦り、そのまま血で刀身にサインする。
「うおぁは!これで契約は完了だねえ!」
「会いたいよ!ネロ!」
俺はマジックウインドウを開く。
▶Nero
▶Summons
大量のMPをごっそり持っていったらしく、急激な脱力感が俺の身体を襲う。
そして次の瞬間に、俺の身体から霊体が剥がれるように何かが分離する。
透き通り、白く揺らめくそれは霊体なのに俺の持つ剣を取り、目の前に人型を形成し始めた。
次第に、輪郭がはっきりとなっていく。
その全身には、柔らかな生地でしつらえられた真っ白いドレスを纏う。
大きく空いた胸元と、逞しい腕をさらに艶やかに感じさせる褐色の肌。
大きい背に筋肉隆々な身体と、風船のように膨らむ魅力的な胸。
そして、頭に戴くのはピクピクと動く愛嬌ある熊の耳。
服装こそらしくはない感じだが何度も心を傾けた、見知った、そして大切に思っているその姿だった。
「キチク!!―――」
「――――俺も会いたかったんだからねぇ!」
透き通っていた身体が現実味を帯び、俺の目の前に顕現したネロは手にしていた剣を投げ捨て、俺に抱き着いてきた。
強く、強く抱きしめられる。
さっきまで触れていた亡骸とはまるで違う熱を持つ温かさ。
そして勢い余って、遅れてやってきた髪がふわりと俺に掛かる。
いつものネロの感触。
いつものネロの香り。
俺の大切な人の一人。
俺自身が死ぬことを意識した瞬間に、気づいた俺の宝物の一つ。
無くなってしまったと思ったけど、こうして俺の手の中に帰ってきた。
何も変わらずに帰ってきたというわけではないけれど、概ね問題はない。
本当に良かった。
強いていえば一つだけ違うのは、ウェーブが掛かった黒髪が見事に真っ白になっていたことか。
聖霊っていうなんだかすごい存在になっちゃったんだもんね。
カオスゲージ
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