7 / 18
◇あんたなんか呼んでないわよっ!3◆
しおりを挟む
屋敷に戻ると、あからさまに不機嫌そうなエルトリーゼにロレッサが首を傾げた。
「ど、どうなさいました? お嬢様……」
「なんでもないわ……いえ、やっぱりロレッサにも聞きたいのだけれど」
玄関ホールを抜けて自室に向かいながら、エルトリーゼは彼女に問いかける。
「あのクソ……じゃない。その、アヴェルス殿下みたいな男性って、ロレッサにとってはどうなの? やっぱり理想の男性なの?」
なんとなく返答は予想していたが、ロレッサはにっこり頬を緩ませて頷く。
「ええ、だって、お優しくてなんでもできて、理想的じゃありませんか?」
「……そう」
低く低く返事をしたエルトリーゼに、ロレッサはまた首を傾げる。
「お嬢様? 何かあったのですか?」
「何もないわよ、何も」
つかつかと早足に歩くエルトリーゼを追いかけて、ロレッサは険しい表情で言う。
「駄目ですよお嬢様、いくらアヴェルス様がお優しいかただとは言っても、あんまりご迷惑をおかけしては……」
今、初めてロレッサに苛立ったかもしれない。だが悪いのは彼女ではない、あの爽やか理想の王子様な仮面をつけている男が悪いのだ。
「そうね、気をつけるわ」
そっけなく言うと、ロレッサは不思議そうな顔をした。
「もしかして……お嬢様が迷惑をおかけになったのではなく、殿下に何か嫌なことをされたのです?」
心優しいロレッサはやはり察しがいい。けれどここで頷こうものならあの男の報復が恐ろしい。
「ま、まさか。そんなわけないじゃない。あの殿下ですものー」
棒読みで言うと、ロレッサは腑に落ちていない様子だったが頷いた。
「そう……ですよねえ、殿下に限ってお嬢様を傷つけるようなことはなさらないでしょうし」
実際には思いっきり傷つけてくれているのだが。とはいえロレッサまで巻き込むわけにはいかない。彼女は最後まで夢を見ているべきだ。
エルトリーゼは重いため息を吐いて、部屋に戻ると湯浴みをすませてベッドに潜りこんだ。
夢を見る。土砂降りの雨が身体の上に落ちてくる。死を迎える瞬間の夢。
本当はこんなの逃避でしかないと分かっている。
セツナとしての死を迎えてエルトリーゼとして生まれ、生きて、すでにシヅルという男性は遠い過去の存在である。
それでも不思議の湖に縋るのは、あの男、アヴェルスから逃れたいからに他ならない。
夢でもなんでもいい、あの男と結婚して夫婦になって生きるくらいなら、仮の世界で眠るように生き続けるほうがいい。
(あいつは少しも私のことなんて好きじゃないんだから……)
こんなにつらくて苦しいことがあるだろうか。
逃げたかった、逃げたいと思うたびに脳裏を掠めるのは前世の恋人。
アヴェルスと違って本当にエルトリーゼ、セツナを愛してくれていた大切なひと。
現実には途切れた彼との幸福な生活をもう一度紡げるのなら、アヴェルスから逃れることができるのなら、それだけでいい。
(花火大会に行こうって、約束したのにそれも叶えられなかったし……)
あのときのシヅルの嬉しそうな笑顔を今も忘れない。
あのあと、彼はどうしたのだろう?
花火大会には行ったのだろうか? 自分は死んでしまったから、その後の彼について何も知らない。
そんなことをぼんやりと思いながら、エルトリーゼは深い眠りの底へ落ちていった。
「ど、どうなさいました? お嬢様……」
「なんでもないわ……いえ、やっぱりロレッサにも聞きたいのだけれど」
玄関ホールを抜けて自室に向かいながら、エルトリーゼは彼女に問いかける。
「あのクソ……じゃない。その、アヴェルス殿下みたいな男性って、ロレッサにとってはどうなの? やっぱり理想の男性なの?」
なんとなく返答は予想していたが、ロレッサはにっこり頬を緩ませて頷く。
「ええ、だって、お優しくてなんでもできて、理想的じゃありませんか?」
「……そう」
低く低く返事をしたエルトリーゼに、ロレッサはまた首を傾げる。
「お嬢様? 何かあったのですか?」
「何もないわよ、何も」
つかつかと早足に歩くエルトリーゼを追いかけて、ロレッサは険しい表情で言う。
「駄目ですよお嬢様、いくらアヴェルス様がお優しいかただとは言っても、あんまりご迷惑をおかけしては……」
今、初めてロレッサに苛立ったかもしれない。だが悪いのは彼女ではない、あの爽やか理想の王子様な仮面をつけている男が悪いのだ。
「そうね、気をつけるわ」
そっけなく言うと、ロレッサは不思議そうな顔をした。
「もしかして……お嬢様が迷惑をおかけになったのではなく、殿下に何か嫌なことをされたのです?」
心優しいロレッサはやはり察しがいい。けれどここで頷こうものならあの男の報復が恐ろしい。
「ま、まさか。そんなわけないじゃない。あの殿下ですものー」
棒読みで言うと、ロレッサは腑に落ちていない様子だったが頷いた。
「そう……ですよねえ、殿下に限ってお嬢様を傷つけるようなことはなさらないでしょうし」
実際には思いっきり傷つけてくれているのだが。とはいえロレッサまで巻き込むわけにはいかない。彼女は最後まで夢を見ているべきだ。
エルトリーゼは重いため息を吐いて、部屋に戻ると湯浴みをすませてベッドに潜りこんだ。
夢を見る。土砂降りの雨が身体の上に落ちてくる。死を迎える瞬間の夢。
本当はこんなの逃避でしかないと分かっている。
セツナとしての死を迎えてエルトリーゼとして生まれ、生きて、すでにシヅルという男性は遠い過去の存在である。
それでも不思議の湖に縋るのは、あの男、アヴェルスから逃れたいからに他ならない。
夢でもなんでもいい、あの男と結婚して夫婦になって生きるくらいなら、仮の世界で眠るように生き続けるほうがいい。
(あいつは少しも私のことなんて好きじゃないんだから……)
こんなにつらくて苦しいことがあるだろうか。
逃げたかった、逃げたいと思うたびに脳裏を掠めるのは前世の恋人。
アヴェルスと違って本当にエルトリーゼ、セツナを愛してくれていた大切なひと。
現実には途切れた彼との幸福な生活をもう一度紡げるのなら、アヴェルスから逃れることができるのなら、それだけでいい。
(花火大会に行こうって、約束したのにそれも叶えられなかったし……)
あのときのシヅルの嬉しそうな笑顔を今も忘れない。
あのあと、彼はどうしたのだろう?
花火大会には行ったのだろうか? 自分は死んでしまったから、その後の彼について何も知らない。
そんなことをぼんやりと思いながら、エルトリーゼは深い眠りの底へ落ちていった。
10
お気に入りに追加
2,206
あなたにおすすめの小説
神のみぞ知る《完結》
アーエル
恋愛
『隣国に民に愛されし公爵令嬢あり』
そんな言葉を聞いたのは嫌われ王太子
彼は策を講じた
それが国の崩壊を導くとも知らず
国は滅ぶ。
愚か者の浅はかな言動により。
他社でも公開
異世界でのんびり暮らしたい!?
日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?
転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました
平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。
クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。
そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。
そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも
深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる
橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。
十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。
途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。
それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。
命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。
孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます!
※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
私が仕えるお嬢様は乙女ゲームの悪役令嬢です
七夜かなた
恋愛
私の名前はコリンヌ。セルジア国のトレディール公爵令嬢、アシュリー様に仕えるメイドです。
お嬢様に出会ったのは私が四歳、お嬢様が六歳の時。
遡れば公爵家と遠縁になる貧乏男爵家の娘の私は両親を流行病で失い、身寄りもなく公爵家にアシュリー様のお世話係として引き取られました。
銀糸の美しい髪にアメジストの瞳、透き通るような白い肌。出会ったとき思い出した。ここは前世の乙女ゲームの世界。お嬢様は悪役令嬢。この国の第二王子の婚約者で、彼のルートでは最後に婚約破棄されて国外追放されてしまう。
私はゲームでお嬢様の手足となりヒロインへ嫌がらせをした罪でお嬢様の追放後に処刑それてしまう。
何としてもそれだけは回避したい。そのためにお嬢様が断罪されないようにしなくては。
でもこの世界のお嬢様はなぜかゲームの設定と違う。体が弱くて毎日特別に調合された薬を飲まなくてはいけない。
時折発作も起こす。
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる