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不思議な年越しの話※bl要素は薄め
辰へび跡を逃さず
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師走と呼ぶのは一年で最も多忙な月だからと、どこかで聞いた事がある。
十二月も最後の日。深夜までかかって半ば無理やり仕事を納め、帰路につく途中のこと、ふと目に入った建物から光が漏れているのが見えた。
かけられた暖簾の文字はやたら達筆で掠れており、近くで見ても上手く読み取ることはできない。かろうじて『堂』の部分だけは理解できたものの、はて、こんな場所に店などあっただろうか。
疲れが見せた幻覚。もしくは夢。
心の片隅でそんなことを思いながらも、足どりは吸い込まれるように迷いなく、気づけば暖簾の先にいた。店内は壁から床に至るまでところ狭しと物が並び、足の踏み場もないほど騒々しい。
欠けた茶碗、弦のない琴、色が剥げ落ちた狸の焼き物。一見するとどれもガラクタのように思えるものばかりだ。
けれど、壁際の棚に雰囲気と不釣り合いな虫カゴがひとつ。中には白いヘビが窮屈そうに身を縮めて収まっていた。可哀想に思って手を伸ばすと、ヘビはちろりと舌先を伸ばし、透明の板を隔てた向こうから指が重なった部分をそっと舐めた。
「おやぁ、これまた随分と気に入られたようで……ふぇっひっひっ」
声に驚き振り返れば、そこには背中を丸めた老人の姿。白髪混じりの髪はボサボサで、とても客相手に商売をやっている人間とは思えなかった。
「お客さん、どうですかい」
「何がですか」
「その鞄と交換だったら譲ってもいいですぜ」
交換。すぐには理解できず立ちすくんでいると、老人は苛立ったように声を荒げた。
「突っ立ってないで早く決めてくんなァ! もうすぐ店仕舞いなんだからよ」
「ああ、すみません……」
通勤鞄を条件にヘビを譲るという話らしいが、今日に至るまで、物々交換が行われている店など聞いたこともない。なぜこの店主はブランド物でもない、ただのくたびれた鞄を欲しがるというのだろうか。
「この鞄じゃ足りないでしょう。ちゃんとした代金を払いますよ」
「いいや、その鞄じゃなきゃ駄目だ」
「はぁ……?」
店主の意思は相当に固いらしく、金銭で支払うと言っても頷かない。虫カゴに視線戻せば、ヘビは赤い目でこちらを見つめ、キュウと小さく鳴いた──ような気がした。
「な~~んで年の瀬にこんなことになってんのかなぁ」
書類に手帳、ノートPCに財布、ポケットに入ったわずかばかりの物を除き、両腕は荷物で塞がっている。右手の人差し指になんとか引っ掛けた虫カゴは、ゆらり、ゆらりと歩幅に合わせて揺れていた。
「そういやヘビって何食うんだっけ」
年越しそば、とこじつけたカップ麺を啜りながら、検索画面を立ち上げる。
「カエル、ネズミ、小鳥、トカゲ……まじで?」
視線をヘビにちらっとやれば、そうだとばかりに二又の舌が揺らめいた。
餌のことすら聞けずに店を追い出されてしまったから、この家に今、コイツが食べられそうなものはない。正月の休業期間を考えると自分で捕まえにいくしかないか……
『それでもいい』
二又の舌がちろちろと透明な箱を舐めている。
『お主が食っているそれでいい』
聞き間違いかと思って、けれど再び頭の中で響く声に絶句する。ヘビは窮屈そうにみじろぎをし、赤い目をこちらへ向けた。
「ヘビが……しゃべった……?」
『喋ってはおらぬ。聞こえているのなら早くここから出してくれ、窮屈でかなわん』
「あ、ああ……」
既に時刻は年を迎える数分前、恐る恐る虫カゴの蓋を開ければ、ヘビはぬるりと這い出して食べかけのカップ麺へと舌を伸ばした。
『うむうむ。これは中々……食べたことのない味じゃ』
「嘘だ、カップ麺食ってる」
『強いていうならもうちっと味が薄い方が好みじゃがの。まあ神饌として受け取ろうぞ』
俺の目が正常で、尚且つ夢を見ているのでもなかったら、この現象をどう説明すればいいのだろう。
ヘビはみるみるうちに大きくなり、あっという間に狭いワンルームでもて余すほどのサイズになってしまった。たかだか食いかけのカップ麺ひとつで、ここまで巨大化するなんて聞いていない。嗚呼、ここまできてしまうと
「部屋で飼えないじゃねぇか」
『ふっ~~……はっ、はっ、はは! そうか! 部屋で飼えぬか!』
俺くらいの人間なら簡単に丸呑みできてしまうだろう。大きな口をあけてヘビは笑った。笑って、笑って、体を震わせ、勢い余ったのか額から枝のような何かを生やした。
『すまぬがちと野暮用があっての、済ませたら戻ってくるゆえ』
いつの間にか、ヘビの体からは4本の足のようなものが生えていた。背中にはふさふさとした銀色の毛。これではまるでおとぎ話のドラゴンのようではないか。
『ドラゴンじゃと! あやつらと一緒にするでないわ。儂はもっと高貴で理知的じゃ』
ふんっと口から小さく炎を吐いて、ヘビ……いや、元ヘビは宙へと浮かんだ。促されるままベランダへと続くガラス戸を開ける。
白く長い体は月の光を反射して神々しく輝いた。遠く遠く、空へと登っていく姿が眩しくて、真夜中なのに目を細める。年の始まりを告げる鐘がゴオンゴオンと鳴り響いていた。
「来年はいいことあるかもなぁ」
三日後、銀髪のイケメンが何故か家に転がり込むのはまた別のお話だ。
『お主の狭い部屋でも飼えるように配慮したぞ』
「せめてヘビに戻ってくれねぇかな」
十二月も最後の日。深夜までかかって半ば無理やり仕事を納め、帰路につく途中のこと、ふと目に入った建物から光が漏れているのが見えた。
かけられた暖簾の文字はやたら達筆で掠れており、近くで見ても上手く読み取ることはできない。かろうじて『堂』の部分だけは理解できたものの、はて、こんな場所に店などあっただろうか。
疲れが見せた幻覚。もしくは夢。
心の片隅でそんなことを思いながらも、足どりは吸い込まれるように迷いなく、気づけば暖簾の先にいた。店内は壁から床に至るまでところ狭しと物が並び、足の踏み場もないほど騒々しい。
欠けた茶碗、弦のない琴、色が剥げ落ちた狸の焼き物。一見するとどれもガラクタのように思えるものばかりだ。
けれど、壁際の棚に雰囲気と不釣り合いな虫カゴがひとつ。中には白いヘビが窮屈そうに身を縮めて収まっていた。可哀想に思って手を伸ばすと、ヘビはちろりと舌先を伸ばし、透明の板を隔てた向こうから指が重なった部分をそっと舐めた。
「おやぁ、これまた随分と気に入られたようで……ふぇっひっひっ」
声に驚き振り返れば、そこには背中を丸めた老人の姿。白髪混じりの髪はボサボサで、とても客相手に商売をやっている人間とは思えなかった。
「お客さん、どうですかい」
「何がですか」
「その鞄と交換だったら譲ってもいいですぜ」
交換。すぐには理解できず立ちすくんでいると、老人は苛立ったように声を荒げた。
「突っ立ってないで早く決めてくんなァ! もうすぐ店仕舞いなんだからよ」
「ああ、すみません……」
通勤鞄を条件にヘビを譲るという話らしいが、今日に至るまで、物々交換が行われている店など聞いたこともない。なぜこの店主はブランド物でもない、ただのくたびれた鞄を欲しがるというのだろうか。
「この鞄じゃ足りないでしょう。ちゃんとした代金を払いますよ」
「いいや、その鞄じゃなきゃ駄目だ」
「はぁ……?」
店主の意思は相当に固いらしく、金銭で支払うと言っても頷かない。虫カゴに視線戻せば、ヘビは赤い目でこちらを見つめ、キュウと小さく鳴いた──ような気がした。
「な~~んで年の瀬にこんなことになってんのかなぁ」
書類に手帳、ノートPCに財布、ポケットに入ったわずかばかりの物を除き、両腕は荷物で塞がっている。右手の人差し指になんとか引っ掛けた虫カゴは、ゆらり、ゆらりと歩幅に合わせて揺れていた。
「そういやヘビって何食うんだっけ」
年越しそば、とこじつけたカップ麺を啜りながら、検索画面を立ち上げる。
「カエル、ネズミ、小鳥、トカゲ……まじで?」
視線をヘビにちらっとやれば、そうだとばかりに二又の舌が揺らめいた。
餌のことすら聞けずに店を追い出されてしまったから、この家に今、コイツが食べられそうなものはない。正月の休業期間を考えると自分で捕まえにいくしかないか……
『それでもいい』
二又の舌がちろちろと透明な箱を舐めている。
『お主が食っているそれでいい』
聞き間違いかと思って、けれど再び頭の中で響く声に絶句する。ヘビは窮屈そうにみじろぎをし、赤い目をこちらへ向けた。
「ヘビが……しゃべった……?」
『喋ってはおらぬ。聞こえているのなら早くここから出してくれ、窮屈でかなわん』
「あ、ああ……」
既に時刻は年を迎える数分前、恐る恐る虫カゴの蓋を開ければ、ヘビはぬるりと這い出して食べかけのカップ麺へと舌を伸ばした。
『うむうむ。これは中々……食べたことのない味じゃ』
「嘘だ、カップ麺食ってる」
『強いていうならもうちっと味が薄い方が好みじゃがの。まあ神饌として受け取ろうぞ』
俺の目が正常で、尚且つ夢を見ているのでもなかったら、この現象をどう説明すればいいのだろう。
ヘビはみるみるうちに大きくなり、あっという間に狭いワンルームでもて余すほどのサイズになってしまった。たかだか食いかけのカップ麺ひとつで、ここまで巨大化するなんて聞いていない。嗚呼、ここまできてしまうと
「部屋で飼えないじゃねぇか」
『ふっ~~……はっ、はっ、はは! そうか! 部屋で飼えぬか!』
俺くらいの人間なら簡単に丸呑みできてしまうだろう。大きな口をあけてヘビは笑った。笑って、笑って、体を震わせ、勢い余ったのか額から枝のような何かを生やした。
『すまぬがちと野暮用があっての、済ませたら戻ってくるゆえ』
いつの間にか、ヘビの体からは4本の足のようなものが生えていた。背中にはふさふさとした銀色の毛。これではまるでおとぎ話のドラゴンのようではないか。
『ドラゴンじゃと! あやつらと一緒にするでないわ。儂はもっと高貴で理知的じゃ』
ふんっと口から小さく炎を吐いて、ヘビ……いや、元ヘビは宙へと浮かんだ。促されるままベランダへと続くガラス戸を開ける。
白く長い体は月の光を反射して神々しく輝いた。遠く遠く、空へと登っていく姿が眩しくて、真夜中なのに目を細める。年の始まりを告げる鐘がゴオンゴオンと鳴り響いていた。
「来年はいいことあるかもなぁ」
三日後、銀髪のイケメンが何故か家に転がり込むのはまた別のお話だ。
『お主の狭い部屋でも飼えるように配慮したぞ』
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