知らぬが兎

深海めだか

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中学校ー文化祭と犯人ー

九話

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「こーちゃん! おかえり」
「……た、ただいま…………」
「これまだ途中なんだけどお願いしていい? 俺あっち手伝ってくるね」
「あ、うん」

 帰ってきた俺をにこやかに迎えてくれた朔は、服を縫い直す仕事を引き継ぐと、澤田さんと一緒に動き回っていた。……すっかりクラスの中心だ。

 それからは、クラス総出でボロ布を縫い続け、文化祭開始の十分前には全ての衣装を元に戻すことができた。
 継ぎ接ぎだらけではあるけれど、どうせ薄暗闇なのでそこは気にしなくてもいいだろう。

「そこのダンボールもうちょっと右に寄せて!」
「お化け役の人って、みんな着替え終わった?」
「懐中電灯受け取ってない人はこっち来て~!」

 しかし、脱力している暇もなく、今度はお化け屋敷の準備を大急ぎで進めなければならない。
 ダンボール、ライト、こんにゃく、お化けの配置。全ての準備を終えた頃には、文化祭開始の一分前だった。本当の本当にギリギリセーフだ。

 お化け役はローテーションで回ってくる予定なので、十三時まではフリーで校舎内を見て回れる。
 本当は賢介たちと回る約束をしていたけど、あの疑いの視線がどうにも脳裏にこびりついて離れなくて、声を掛けられる前にそっと教室を後にした。



 衣装を破いた犯人は未だにわからないものの、文化祭は無事に終わり、今日から部活動が再開する。

 この一週間、まともに体を動かしてなかったから鈍ってるだろうな。

 なんて考えながら更衣室に手をかけようとしたその時、中から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「なぁ、賢介のクラスって衣装が切られてたんだろ? 結局誰が犯人かわかったのか?」
「んにゃ、まだわかってない」
「はぁ~? 怪しいやつとかいないのかよ。発見者とか最後に戸締りしたやつとか」
「うーん。まぁ発見したのは兎山だけど、あいつは違うだろうな。そんなことするやつには見えねぇし、理由もないだろ。最後に戸締りしたのは虎徹だけど……あいつも一応、やってないって言ってる」
「んだそれ、口ではなんとでも言えるだろ」
「まぁそうだけど………正直、俺もあいつのことちょっと疑ってんだ」

 わかっては、いた。
 わかってはいたけど……。

 頭をガンと殴られた気分だ。とてもサッカーをする気になんてなれなくて、その日は仮病を使って家に帰った。

 重たい鞄を放り投げ、ぐしゃぐしゃの顔を枕に強く押しつける。リビングには母さんがいるから、情けない声を聞かれたくはなかった。

 早く泣き止めと思っているのに、涙腺が馬鹿になったみたいに涙が溢れて止まらない。
 なんでいっつも上手くいかないんだろ。ぽそりと呟いた言葉は、べちょべちょの枕に吸われて消えていった。


 ーーあれ以来、賢介とはお互い気まずくなってしまってほぼ話すことは無くなった。
 未だに俺のことを疑ってる人も多く、あくびが出るほど平和な学校では、尾鰭がついて膨れ上がった噂が未だに広がり続けている。

 朔に嫉妬して罪を着せようとしたとか、人の嫌がる顔が大好きな愉快犯であったとか。
 あることないこと噂され、終いには本人である俺の耳にも入ってくる始末だ。
 目の前でクスクスと笑いながら話されたこともあったから、多分わざと聞かせていた奴らもいるのだろう。

 おかげで卒業するまで一人の友達すら出来ず、サッカー部もすぐに辞めてしまった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 中学三年生。

 俺のことを誰も知らないところに行きたくて、県内でも有数の進学校を目指すことにした。
 家から自転車で行ける距離ではあるが、偏差値が七十を超えているため、うちの中学校から目指す人は早々いない。

 いたとしても噂に踊らされないような真面目な人ばかりであろう。
 そんな決意を胸に、部活を辞めて空いた時間を全て勉強に注ぎ込んだ。母さんに頼んで塾にも通い、いっそ怒りをぶつけるように必死に机に齧り付いた。

「こーちゃん。最近勉強頑張ってるけど、どこの高校に行くか決めたの?」
「あー、星申高校に行こうと思ってて、あそこ偏差値六十超えてるからちゃんと勉強しとかないとじゃん」
「ふーん、星申高校ねぇ……」
「そういう朔はどこに行くか決めたのか?」
「こーちゃんが星申に行くなら俺も星申にしようかな」

 (ほら、やっぱりきた)

 絶対聞いてくると思っていたから、あらかじめ本当っぽい回答を用意して置いたのだ。
 朔のことは好きだし、色々と世話になったから感謝もしている。……だけど今は、それすらも重荷に感じていた。

 朔は俗にいうイケメンで、勉強もスポーツも難なくこなす天才肌だ。
 それに加えて一切の嫌味を感じさせないあの性格。まさに、非の打ち所がない人間と言えるだろう。

 ……それに比べて自分はどうだ。
 勉強だって得意ではないし、サッカーを辞めて体力も落ちた。
 出来すぎた幼馴染と自分を比べ、勝手に落ち込んではため息をこぼす。そんな卑屈な自分にも、いい加減に嫌気がさしていた。
 
 だから今度は誰もいない、誰も知らない場所で高校デビューを果たすんだと…そう、思っていたのに。

「春からまたよろしくね、こーちゃん」
「な、なんで……」

─────なんでこうなった!!!!

 受験会場で朔を見た時、俺は戦慄した。
 俺自身この高校を受けるなんて一言も漏らしてないし、母さんにだって口止めした。おばさんにも探りを入れてみたけど、朔の志望校は星申だって言ってたのに!

 あらゆる対策を講じたのに、なんでこうなったのか本当にわからない。

 非常に不謹慎ながら【落ちてくれ】と強く念じた思いは当然実らず、高校デビューの夢は儚く散っていった。
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