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中学校ー文化祭と犯人ー
八話
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木の葉が色づき始めた九月。数日後には文化祭が差し迫り、学校全体が忙しなく動いていた。
「これ何処に持っていけばいいー?」
「誰か~そっち支えてくれ」
「やばいじゃん、これ間に合うの?」
文化祭の一週間前は、準備期間として全ての部活動が休みになる。帰宅部も部活動生も入り混じって文字通りラストスパートへ向けて走り抜けるのだ。
俺たちのクラスはお化け屋敷をすることに決まっていたけど、部活動生の割合が多いから、他のクラスよりも大幅に準備が遅れていた。
そこで、担任のおだっちが奮闘し、文化祭の前日だけ二十時まで残っていいとの許可をもぎ取ってきたのだ。
普段は暑苦しいおだっちだけど、この時ばかりはクラス中の尊敬を集めていた。
ーーそして、あっという間に時は過ぎ、とうとう文化祭の前日がやってくる。
この一週間、昼休みも放課後も返上してきたおかげで、残る課題は衣装だけとなっていた。
今日だけは遅くまで残っていても良かったのだが、クラスの大半は門限や習い事のため帰ってしまい、残ったのは俺と朔、実行委員の澤田さんの三人だけ。
「いてっ、」
「こーちゃん大丈夫? 俺がやろうか?」
「頑張って、嵐山くん!」
針先が指に刺さって、もう何度目かの痛みを生む。ただフェルトを縫いつければいいだけなのに、何故こうも不器用なのか。
とっくに作業を終えている二人を、俺のせいで待たせてしまっている現状が忍びなかった。
「待たせてごめんな! 後はこれだけだし、戸締りはやっとくから先帰ってて」
「え、でも……」
「明日が本番なのに、寝坊したら大変だろ? 俺もこれが終わったらすぐ帰るしさ」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「うん、任せとけって!」
朔は最後まで残ると主張していたけれど、最終的には渋々と帰っていった。
……よし、終わらせるぞ!
誰もいない教室で一人気合いを入れ直した虎徹は、再び指に針を突き刺しては身悶えるのであった。
「先生、準備終わりましたー!」
「お、嵐山! もうお前が最後か?」
「ですです。ばっちし終わらせときましたんで」
「そうか、お疲れ様! 気をつけて帰るんだぞ」
「はーい」
あれから数十分。
四苦八苦しながらもようやく作業を終え、意気揚々と帰路についた。
明日は待ちに待った文化祭。楽しみと少しの不安が入り混じって、その日は中々寝付けなかった。
▽
「おはよー」
「あ、虎徹! お前昨日最後までいたよな?」
「? おう、いたけど」
「ちょっとこれ見てくれ」
朝教室に入ると、真ん中に人だかりができていた。なんだなんだと思っていると、顔を出した賢介が俺をその中心へと連れて行く。
人だかりの真ん中には机があって、その上には真っ黒な布の山。
なんだこれ? 不思議に思って手に取ると、それは俺たちが作っていたはずのお化けの衣装だった。
「は、え……?」
「朝来たらこの状態だったらしくて……。虎徹は何か知らないか?」
「や、俺は、何も……。作り終わった衣装はダンボールに入れたし、戸締りだってちゃんとしてた」
「そっか、澤田と兎山も知らないらしくて……」
混乱した頭で、ぼろぼろになった衣装をぎゅっと握りしめた。お通夜みたいなムードが漂う中、教室の扉が大きな音を立てて開かれる。
「おいおいどうした~。早く席につけ」
『おだっち!』『先生!』
尋常じゃない様子に気づいたらしいおだっちが、まっすぐこちらに近づいてくる。机に積まれた布に気がつくと、顔を顰めて困惑していた。
「これは……どういうことだ?」
「……朝、兎山くんが来たら、こうなっていたそうなんです」
澤田さんが、恐る恐る口を開く。
「昨日まではこうなってなかったんだよな?」
「はい……」
「嵐山、確か昨日はお前が最後だったよな?」
その言葉を皮切りに、クラス中の視線が一斉にこちらを向く。真顔で、ただじっと、俺のことを見ている。
疑われているのは、火を見るよりも明らかだった。
早鐘のように脈打つ心臓を抑えながら、やっとのことで口を開く。けれど、ようやく吐き出せた言葉はあまりにも力無いものだった。
「は、い。…あの、でも俺は………っ」
「こーちゃんはそんなことしません」
「朔……」
鋭い声が、静まり返った教室に響く。
「確かにこーちゃんは最後まで残ってたけど、それは衣装を仕上げる為であって、あんなに楽しみにしてた文化祭を台無しにする理由がないです」
遠くにいたはずの朔が、いつの間にか俺を庇うかのように立っていた。
「こーちゃんはやってないんだよね?」
「……っ、やってない。本当に、何も知らないんだ」
「うん。知ってた」
眉尻を下げて笑うその顔に、どうしようもなく涙が滲む。たった一人でも、信じてくれる人がいる。その事実の、なんと心強いことだろうか。
「本人もこう言ってるんだし、犯人探しをするよりもまずはどうするかを話し合おう。文化祭が始まるまであと二時間はある。みんなで直せばきっと間に合うよ」
朔の言葉で、険悪だったクラスの雰囲気が少しだけ和らいだ。
途端に呼吸がしやすくなって、その背中にぎゅっとしがみつく。今は、誰にも顔を見られたくなかった。
「すまん嵐山、先生が悪かった」
「いえ……俺は、別に……」
「…そうだね! 兎山くんの言う通りだよ。みんな、針と糸持ってきて!」
実行委員の掛け声を皮切りに、クラスメイトたちが慌ただしく動き出す。
そんな中で取り残されたように突っ立っていると、優しく手を引かれ比較的静かな廊下へと連れ出された。
「ちょっと外の空気でも吸ってきなよ。みんなには俺から言っておくから」
俺が泣きそうだとわかって、連れ出してくれたんだろう。背中をぽんぽんと叩く手が温かくて、一度引っ込めた涙が再び溢れそうになった。
「……あ、りがと」
「うん、じゃあまた後で」
屋上は立ち入り禁止。中庭や渡り廊下は出店の準備を始めていたので、誰もいないトイレに篭ってなんとか気持ちを落ち着かせる。
泣くな、泣くな。
そう自分に言い聞かせても、あの瞬間のことを思い出すと体の震えが止まらない。
だって、あの賢介ですら、俺のことを疑っていたのだ。味方だって、友達だって思ってたのに。
「ふぅーーー。……よし」
服の袖で、顔をゴシゴシと擦って立ち上がる。大丈夫、大丈夫だ。朔が信じてくれただけ、まだ良かったではないか。
あのままだと、確かなアリバイも証明できない俺は、疑われるまま犯人に仕立て上げられていただろう。
持つべきものはやっぱり幼馴染だな。
心配そうな朔の顔を思い出してへへっと笑う。あまり遅くなると作業にも入り難くなるだろうから、勇気を出して教室へと足を進めた。
「これ何処に持っていけばいいー?」
「誰か~そっち支えてくれ」
「やばいじゃん、これ間に合うの?」
文化祭の一週間前は、準備期間として全ての部活動が休みになる。帰宅部も部活動生も入り混じって文字通りラストスパートへ向けて走り抜けるのだ。
俺たちのクラスはお化け屋敷をすることに決まっていたけど、部活動生の割合が多いから、他のクラスよりも大幅に準備が遅れていた。
そこで、担任のおだっちが奮闘し、文化祭の前日だけ二十時まで残っていいとの許可をもぎ取ってきたのだ。
普段は暑苦しいおだっちだけど、この時ばかりはクラス中の尊敬を集めていた。
ーーそして、あっという間に時は過ぎ、とうとう文化祭の前日がやってくる。
この一週間、昼休みも放課後も返上してきたおかげで、残る課題は衣装だけとなっていた。
今日だけは遅くまで残っていても良かったのだが、クラスの大半は門限や習い事のため帰ってしまい、残ったのは俺と朔、実行委員の澤田さんの三人だけ。
「いてっ、」
「こーちゃん大丈夫? 俺がやろうか?」
「頑張って、嵐山くん!」
針先が指に刺さって、もう何度目かの痛みを生む。ただフェルトを縫いつければいいだけなのに、何故こうも不器用なのか。
とっくに作業を終えている二人を、俺のせいで待たせてしまっている現状が忍びなかった。
「待たせてごめんな! 後はこれだけだし、戸締りはやっとくから先帰ってて」
「え、でも……」
「明日が本番なのに、寝坊したら大変だろ? 俺もこれが終わったらすぐ帰るしさ」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「うん、任せとけって!」
朔は最後まで残ると主張していたけれど、最終的には渋々と帰っていった。
……よし、終わらせるぞ!
誰もいない教室で一人気合いを入れ直した虎徹は、再び指に針を突き刺しては身悶えるのであった。
「先生、準備終わりましたー!」
「お、嵐山! もうお前が最後か?」
「ですです。ばっちし終わらせときましたんで」
「そうか、お疲れ様! 気をつけて帰るんだぞ」
「はーい」
あれから数十分。
四苦八苦しながらもようやく作業を終え、意気揚々と帰路についた。
明日は待ちに待った文化祭。楽しみと少しの不安が入り混じって、その日は中々寝付けなかった。
▽
「おはよー」
「あ、虎徹! お前昨日最後までいたよな?」
「? おう、いたけど」
「ちょっとこれ見てくれ」
朝教室に入ると、真ん中に人だかりができていた。なんだなんだと思っていると、顔を出した賢介が俺をその中心へと連れて行く。
人だかりの真ん中には机があって、その上には真っ黒な布の山。
なんだこれ? 不思議に思って手に取ると、それは俺たちが作っていたはずのお化けの衣装だった。
「は、え……?」
「朝来たらこの状態だったらしくて……。虎徹は何か知らないか?」
「や、俺は、何も……。作り終わった衣装はダンボールに入れたし、戸締りだってちゃんとしてた」
「そっか、澤田と兎山も知らないらしくて……」
混乱した頭で、ぼろぼろになった衣装をぎゅっと握りしめた。お通夜みたいなムードが漂う中、教室の扉が大きな音を立てて開かれる。
「おいおいどうした~。早く席につけ」
『おだっち!』『先生!』
尋常じゃない様子に気づいたらしいおだっちが、まっすぐこちらに近づいてくる。机に積まれた布に気がつくと、顔を顰めて困惑していた。
「これは……どういうことだ?」
「……朝、兎山くんが来たら、こうなっていたそうなんです」
澤田さんが、恐る恐る口を開く。
「昨日まではこうなってなかったんだよな?」
「はい……」
「嵐山、確か昨日はお前が最後だったよな?」
その言葉を皮切りに、クラス中の視線が一斉にこちらを向く。真顔で、ただじっと、俺のことを見ている。
疑われているのは、火を見るよりも明らかだった。
早鐘のように脈打つ心臓を抑えながら、やっとのことで口を開く。けれど、ようやく吐き出せた言葉はあまりにも力無いものだった。
「は、い。…あの、でも俺は………っ」
「こーちゃんはそんなことしません」
「朔……」
鋭い声が、静まり返った教室に響く。
「確かにこーちゃんは最後まで残ってたけど、それは衣装を仕上げる為であって、あんなに楽しみにしてた文化祭を台無しにする理由がないです」
遠くにいたはずの朔が、いつの間にか俺を庇うかのように立っていた。
「こーちゃんはやってないんだよね?」
「……っ、やってない。本当に、何も知らないんだ」
「うん。知ってた」
眉尻を下げて笑うその顔に、どうしようもなく涙が滲む。たった一人でも、信じてくれる人がいる。その事実の、なんと心強いことだろうか。
「本人もこう言ってるんだし、犯人探しをするよりもまずはどうするかを話し合おう。文化祭が始まるまであと二時間はある。みんなで直せばきっと間に合うよ」
朔の言葉で、険悪だったクラスの雰囲気が少しだけ和らいだ。
途端に呼吸がしやすくなって、その背中にぎゅっとしがみつく。今は、誰にも顔を見られたくなかった。
「すまん嵐山、先生が悪かった」
「いえ……俺は、別に……」
「…そうだね! 兎山くんの言う通りだよ。みんな、針と糸持ってきて!」
実行委員の掛け声を皮切りに、クラスメイトたちが慌ただしく動き出す。
そんな中で取り残されたように突っ立っていると、優しく手を引かれ比較的静かな廊下へと連れ出された。
「ちょっと外の空気でも吸ってきなよ。みんなには俺から言っておくから」
俺が泣きそうだとわかって、連れ出してくれたんだろう。背中をぽんぽんと叩く手が温かくて、一度引っ込めた涙が再び溢れそうになった。
「……あ、りがと」
「うん、じゃあまた後で」
屋上は立ち入り禁止。中庭や渡り廊下は出店の準備を始めていたので、誰もいないトイレに篭ってなんとか気持ちを落ち着かせる。
泣くな、泣くな。
そう自分に言い聞かせても、あの瞬間のことを思い出すと体の震えが止まらない。
だって、あの賢介ですら、俺のことを疑っていたのだ。味方だって、友達だって思ってたのに。
「ふぅーーー。……よし」
服の袖で、顔をゴシゴシと擦って立ち上がる。大丈夫、大丈夫だ。朔が信じてくれただけ、まだ良かったではないか。
あのままだと、確かなアリバイも証明できない俺は、疑われるまま犯人に仕立て上げられていただろう。
持つべきものはやっぱり幼馴染だな。
心配そうな朔の顔を思い出してへへっと笑う。あまり遅くなると作業にも入り難くなるだろうから、勇気を出して教室へと足を進めた。
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