前門の虎、後門の兎

深海めだか

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-後悔と自覚-

※九話

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「こーてつ、良い子にできた? うわぁ、凄いことになってる。やっぱりバスタオルじゃなくてビニールシートにするべきだったかなぁ」

 真っ暗だった視界に光が戻る。
 聞き慣れた声が耳に届き、緩んだ口から唾液まみれのバスタオルがぽとり落ちた。結び目はとっくの昔に解けてしまっていたのだが、必死に噛み付くことで落とすまいとしていたのだ。

「──…う"、ぁ…、い、い"こ、ぉ…ッ、しぇだ……か、らぁ…! ひぐっ…こ、れぇ"! …と、~~ッ、と、めれ、ぇ"……!!」
「良い子に出来たんだ? 偉いね~」

 能天気に頭を撫で始めた朔に、呂律の回らない舌で必死に訴える。とにかく、後孔で暴れまわる玩具を一刻も早く止めて欲しかった。最初は動く素振りなんてなかったのに、少し前からいきなり震え始めたのだ。

 重たいシリコンが腹の内側を擦りあげると、痺れような感覚が走って手足が勝手に跳ね上がる。
 ぴくぴくと跳ねる体に合わせて玩具の角度も一緒に変わり、また別の良いところを擦り上げるものだから、最悪な負のループに陥っていた。何度も射精した性器は既に勢いをなくし、先っぽからとろとろと白濁を溢し続けている。

 偉いなら止めろ、早く…!! ぼたぼたと溢れる唾液が皺だらけのシャツを汚していく。もう自分でも泣いているのか叫んでいるのかわからなかった。

「い"、から……ぁ"…!! ~~ッこれ、ぇ"……とめ、…れ"!! ァ、あ、やら"! じぬ…っ、しん、じゃ~~ッ?、!」
「よしよし、気持ちいいね。ほらこっちおいで」
「や、ぃ"や……! さわら、ないで、ぇ"……」

 汗が肌を伝う感覚すら辛いのに、伸びてきた両腕が俺を掴んでずるずると引き摺った。もちろんナカの振動は止められないままである。

「ふ……、も、や、だぁ"!! ぁ"ッ、ぬ…けよ…!」
「でも俺さぁ、物音立てちゃダメって言ったんだよ? それにこーちゃん声まで出してたよね。それで『良い子にできました~』なんてさぁ……、なんで堂々と言えるわけ?」
「~~~~ッが!! あ、あぁ"……ッ!!!」

 カチリ、無機質な音が聞こえた瞬間、バイブの振動が最大限にまで引き上げられた。無機質なそれが熟れた媚肉を擦り上げ、奥まったポイントをごりごりと押し潰す。
 背筋が勝手にのけぞって、固いクローゼットに頭をしたたかに打ちつけた。そんなちっぽけな痛みなど一瞬で快楽に塗りつぶされ、痙攣した喉からは意味をなさない空気の塊が吐き出される。
 気持ちいい、熱い、痛い、苦しい、頭が焼き切れそうなほどの快楽に、視界がバチバチと弾けていく。

「もう一回聞こうか。良い子にできた?」
「ぎ、ぁ"……! ごえ、なさ…ぃ"~~!! …ごえっ、な、ざぃ"!! や、……ひぅ"ッ! ? ねが、…ぁ"、~~ッが、…ゆ、う"し…て、ぇ"……!!」
「ちゃんと謝れて偉いね。じゃあ、今日のお仕置きは終わり」

 え、呆気なく止まった振動に驚いて朔の顔を見上げる。優しげな瞳からは怒りも欺瞞も感じられなかった。

「は……へ、? …ほ、ほんと……?!」
「うん。本当は喘ぎ声ですぐバレるかなって思ってたんだけど、こーちゃん想像以上に頑張ってたし」

 腕を縛っていたネクタイを外され、本当に終わりなのだと安堵の息を吐く。けれど、ついさっき言われた言葉がやけに胸に引っかかっていた。

(喘ぎ声ですぐバレる? 猿轡をしたのは朔なのに?)

「さ、く…もしかして、あの、たおるって……」
「わざと緩く結んだに決まってるでしょ。あの女に見せつけてやるつもりだったのに……ふふっ、まさか噛みついて耐え切るなんて」

 あまりにも最低な物言いに、言葉も出ない。最低なやつだとはわかっていたけど、最初から我慢させる気などなかったのだ。
 この悪魔みたいな男から少しでも距離を取りたくて、ずりずりと後ろにずり下がる。すぐにクローゼットに阻まれたけれど、さっきより多少はマシだろう。

「はい。電話して」
「は?」

 いきなり目の前に突きつけられたのは、長方形の黒い物体。ひび割れの位置、お気に入りの黒いケース、旅行先で撮った待ち受け画面。どこからどう見ても、俺のスマホにしか見えない。

「おばさんに、俺の家に泊まるって電話して」
「な、で……?」
「お仕置きは終わったけど躾直しがまだでしょ。これ以上遅くなると心配するだろうし」

 ……正気かこいつ? 犯される為にわざわざ自分から親に連絡しろって? マジで思考回路どうなってんだ。

 固まっている俺を見て呆れたようにため息を吐いた朔は、差し出していたスマホを自分で操作し始めた。
 綺麗な指が画面をなぞると、あっという間に母さんのLIMEアイコンが表示される。

 おい待て、なんで俺のパスワード知ってるんだ。
 当然誕生日なんてわかりやすい数字ではないし、昔飼っていたハムスターのお迎え記念日でもない。完璧にランダムで選んだ番号のはず、なのに……。得体の知れない恐怖が体の奥から迫り上がってくる。

「もしもし、おばさんですか? はい、はい。朔斗です。いきなりすみません。あははっ、いや~そんなことないですよ。あ、それなんですけど、今日俺の家に泊まりたいって言ってて……。はい。いえ、俺は全然大丈夫です。じゃあこーちゃんに変わりますね」

 にこやかな会話が終わりを告げ、未だに固まっていた俺の耳に、通話中のスマホが押し当てられた。

『もしもし、虎徹?』
「……う、ん」
『あんた今日朔斗くんのとこ泊まるんだって? そういうことはもっと早めに言っときなさいよ』
「待って! ち、が……、~~ッ……、!」

 咄嗟に否定しようとした途端、中に埋まっていたバイブが動き出す。反射的に見上げた朔の顔は、恐ろしいほどの真顔だった。これ以上怒らせてはいけないと、感覚で察してしまう。

『何、結局帰ってくるの?』
「…と、まる……っ、」
『ならあんまり朔斗くんに迷惑かけちゃダメよ。そういえば今日は朔くんママいないんでしょ? 後で肉じゃが持っていくから二人で食べなさい』
「わか、…たッ…から……! も…、切る…よ、…!」

 通話画面が終了しているのを確認すると、指先が白むほど強く握りしめていたそれを床に落とした。画面が割れようが床が傷つこうが、もうどうだっていい。
 床に這いつくばって激しい動きに耐えていると、再び体を持ち上げられベッドの上に連れて行かれた。見慣れた手錠をつけられると、パイプベッドはあっという間に牢獄と化す。

「その玩具気持ちいい? こーちゃんが気に入りそうなの選んだんだよ。奥の方ずんずんって突かれるの好きでしょ」
「……ゃ、~ッ、きもち、ぃ"…く、…なぃ"!」
「本当に? じゃあこの白いドロドロは何?」
「し、…らな、ぁ"~~ッ……!! 」
「ふーん、俺には精液に見えるんだけどなぁ……」

 朔の指がとろとろと白濁を垂れ流す先端に触れた。剥き出しの神経を擦られるような刺激に、体がビクンと跳ね上がる。逃げを打とうとした体は易々と押さえつけられ、目の前の男は敏感なそこを何度も何度も弄んだ。

「~~~~ッぁ"ァ!! や、だ……ぁ! そこ、ぉ"……?、! ぎ、づい~~! は、なじで、…ぇ"!!」
「あははっ、こんなよわっち~い射精じゃ卵子まで届かないよ? ほらほら~男の子でいたいならもっと頑張らないと」
「ぐっ、~ぅ"、…ゃ、べて…ぇ"、!! じぬ、…しん、じゃ……ッ、~~ァ!!」
「へぇ、そんなに気持ちいいんだ。じゃあバイブにお尻の穴ぐちゃぐちゃにされてるのと、俺の指でここをほじほじされてるのどっちが好き?」
「どっ、ちも… やら…ぁ!! ……あ"ッ?、ひ……っ、くる……ぅ"、な、か、へん~~ッ、なの…、ぉ"? !」

 悪戯に性器を弄る指と後孔で暴れ回る玩具。痛いほどの快感が脳を焼いて、喘ぎ声なのか叫び声なのかすらわからない矯正をただひたすらに喉から吐き出し続けた。

 幼い亀頭は既にぽってりと赤く腫れている。
 朔の指が尿道口を擦る度、腹の奥からぞわぞわとした感覚が湧き上がってきた。腰が勝手にかくかくと動いて止まらない。射精とも少し違うような、この……感覚は――

「んぁ"?、! ぁ、や、まっで……! は、なせ…ッ!! ゃ、は、な、じれ~~ッ、ぇ"!  も、もらす……でちゃ、か…らぁ"ッ!!」
「え。なにそれ、絶対見たい」
「 ~~ば、か……っ! やぇ"で…!! ぃや、だ…ひ、ぁ"~~~~ッ!! ??」

プッシャァァッ!! 

 つま先がぴんと伸びて、視界で白い花火が散った。もう何も出ないと思っていた性器から、無色透明の液体が勢いよく吐き出される。

 っ最悪だ、漏らした……。この歳で、それになによりこの男の前でだ。
 フルマラソンを走り終わった後みたいな呼吸をぜえぜえと繰り返しながら、あまりの情けなさに涙を溢す。
 漏らすからやめろって、ちゃんと言ったのに。もう人権も何もあったもんじゃない、こいつは悪魔だ。本物の鬼だ。
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