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第十三章 夢
42話
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『おい、何があった』
『兄貴!』
『馬鹿が、デケェ声出すな。まだそんなに離れてねぇんだぞ』
『す、すいません……!』
横暴な態度はどこへやら。背後からかかった声に、男は腰を低くした。兄貴と呼ばれているけれど、この二人は、果たして兄弟なのだろうか。
『わかりゃいい。……で、何があった』
『捕まえたやつの一人が目を覚ましてんです。こいつなんですが』
ぐいと前髪を掴まれて、顔を無理やり上げさせられる。床に転がった状態だから、不自然に首が浮いて、より一層辛さが増す。
「…っ、ん"ぅ」
『黒髪ってことはソレイユの人間だな。珍しくていいじゃねぇか』
『へへっ、それだけじゃねえんです。草の加護持ちなんで、ぜってぇ高値で売れますよ!』
『阿呆が。デケェ声出すなって言ってんだろうが』
兄貴と呼ばれる男の一喝によって、ようやく髪が離される。けれど、強い力で掴まれていたそこは、未だにジンジンと痛んで熱を持っていた。睨みつけようにも、怖くて涙が滲んでしまう。
そもそも痛いのは嫌いだし、怖いのだって、大の苦手だ。エレメントデビルの時はヴィラがいてくれたから頑張れたけど、一人では心細さが先に立つ。
「ぅ"ーっ、」(ヴィラ、ヴィラ、)
涙があとからあとから頬を伝って、どうにも自分の意思では止められない。
『……つうか、こいつは何で起きてんだ。ちゃんとアレ使ったんだろうな』
『兄貴ぃ、疑うなんて酷いですよ。そりゃもうたっぷり、たっぷり使いました! ほら、他の奴らはちゃんと寝てんでしょう』
自分の無罪を証明したいのだろうか。
男の足が、転がっている体を手当たり次第に蹴り上げる。中には一際小さな──子どものような姿もあって、その痛ましさに目を閉じた。とても見ていられるものではない。
『へぇ、じゃあ耐性でも持ってんのか。もしかして誘拐は経験済みだったりしてなぁ?』
『ははっ、言えてる。草の加護持ちなんて、人攫いにとっちゃいい鴨だ。にょきにょき伸ばすことしか出来ねェのに、売値だけはたっけぇもんなぁ。お前ら』
『こういうのは希少性っつうんだよ、覚えとけ』
『すいません、兄貴!』
人を人とも思っていないような、そんな会話が頭上を飛び交う。もういい加減、ただの荷馬車ではないと気づいていた。……けれど、それが分かったところで、どうにかできるわけでもない。
縄のせいで飲み込めない唾液が、だらだらと溢れ落ちていくだけだ。
「ふ…ぅ"~」
『チッ、うるせぇな。これじゃ他の奴らまで起きちまうだろうが。さっさと黙らせろ』
感情のままにしゃくりあげていれば、どこから取り出されたのか、大きな布を近づけられる。何をされるのかなんて、聞く必要もない。どうせ、碌でもないことなのだから。
「んぅ"ん"ー!!」
『テメェ、大人しくしろや!』
──このままじゃ駄目だ。
渾身の力を振り絞って、体全体で抵抗する。頭は酷く痛んだけど、今ここで抵抗しなければ、もう二度とヴィラには会えない。何故か、そんな気がしていたから。
ガッ どこからか鈍い音がして、男の動きがピタリと止まる。足裏に感じたのは、生々しい肉の感触と骨の硬さ。やってしまったと、そう気づいた時には遅かった。
『やりやがったな』
「ぐ、ッぅ"……!」
『おいおい、顔はやり過ぎんなよ。商品としての価値が落ちる。どうせ殴るなら腹にしとけ』
声も出せないまま、ただ痛みに目を閉じる。頬に感じる熱も、腹にめり込む足先も、その全てが容赦ない。噛み締めすぎていたせいか、はたまた殴られた時に切れたのか、口の中は血の味がした。
『俺は御者台に戻ってるぞ。そろそろ変わってやんねぇとあいつが拗ねる。お前も満足したら、さっさと戻れよ』
『……っす』
僕を好き放題蹴り上げていた男は、それでも気が晴れなかったのか、襟首を掴んで持ち上げた。先程と同じ体勢ではあるけれど、首が絞まっている分、息苦しい。
『売りもんが人間様に逆らってんじゃねぇよ。あぁ"? 目玉だけくり抜いて売ってやってもいいんだぞ!』
「…っ、ん、」
もう抵抗らしい抵抗も出来なくて、ただ弱々しく首を振る。チャリ、と小さな音が鳴れば、男は目敏く"それ"を見つけた。
硬い床に叩きつけられると同時に、首元に鈍い痛みが走る。恐る恐る目を開けた先には、何かを眺める男の姿。ランプの光だけでは見えないけれど、揺れる紐のようなものの先に、丸い輪っかがついていた。
「……ん"っ~~!!!」(それ、僕のお守り!)
『チッ……んだよ、安もんじゃねぇか』
一度、興味がなさそうに視線を逸らしはしたものの、下卑た口元に笑みが浮く。
『……ああ。これ、大事なもんか』
慌てて首を振っても、もう遅い。
『𝕱𝕴𝕽𝕰』
ヴィラのものとは全然違う、せせら笑うような声がした。───嘘だろ。待って、待ってよ。それだけは……! 必死の叫び声は縄に阻まれ、言葉にすらなりはしない。それでも諦めきれなくて、ただ馬鹿みたいに、呻き声を撒き散らした。
『兄貴!』
『馬鹿が、デケェ声出すな。まだそんなに離れてねぇんだぞ』
『す、すいません……!』
横暴な態度はどこへやら。背後からかかった声に、男は腰を低くした。兄貴と呼ばれているけれど、この二人は、果たして兄弟なのだろうか。
『わかりゃいい。……で、何があった』
『捕まえたやつの一人が目を覚ましてんです。こいつなんですが』
ぐいと前髪を掴まれて、顔を無理やり上げさせられる。床に転がった状態だから、不自然に首が浮いて、より一層辛さが増す。
「…っ、ん"ぅ」
『黒髪ってことはソレイユの人間だな。珍しくていいじゃねぇか』
『へへっ、それだけじゃねえんです。草の加護持ちなんで、ぜってぇ高値で売れますよ!』
『阿呆が。デケェ声出すなって言ってんだろうが』
兄貴と呼ばれる男の一喝によって、ようやく髪が離される。けれど、強い力で掴まれていたそこは、未だにジンジンと痛んで熱を持っていた。睨みつけようにも、怖くて涙が滲んでしまう。
そもそも痛いのは嫌いだし、怖いのだって、大の苦手だ。エレメントデビルの時はヴィラがいてくれたから頑張れたけど、一人では心細さが先に立つ。
「ぅ"ーっ、」(ヴィラ、ヴィラ、)
涙があとからあとから頬を伝って、どうにも自分の意思では止められない。
『……つうか、こいつは何で起きてんだ。ちゃんとアレ使ったんだろうな』
『兄貴ぃ、疑うなんて酷いですよ。そりゃもうたっぷり、たっぷり使いました! ほら、他の奴らはちゃんと寝てんでしょう』
自分の無罪を証明したいのだろうか。
男の足が、転がっている体を手当たり次第に蹴り上げる。中には一際小さな──子どものような姿もあって、その痛ましさに目を閉じた。とても見ていられるものではない。
『へぇ、じゃあ耐性でも持ってんのか。もしかして誘拐は経験済みだったりしてなぁ?』
『ははっ、言えてる。草の加護持ちなんて、人攫いにとっちゃいい鴨だ。にょきにょき伸ばすことしか出来ねェのに、売値だけはたっけぇもんなぁ。お前ら』
『こういうのは希少性っつうんだよ、覚えとけ』
『すいません、兄貴!』
人を人とも思っていないような、そんな会話が頭上を飛び交う。もういい加減、ただの荷馬車ではないと気づいていた。……けれど、それが分かったところで、どうにかできるわけでもない。
縄のせいで飲み込めない唾液が、だらだらと溢れ落ちていくだけだ。
「ふ…ぅ"~」
『チッ、うるせぇな。これじゃ他の奴らまで起きちまうだろうが。さっさと黙らせろ』
感情のままにしゃくりあげていれば、どこから取り出されたのか、大きな布を近づけられる。何をされるのかなんて、聞く必要もない。どうせ、碌でもないことなのだから。
「んぅ"ん"ー!!」
『テメェ、大人しくしろや!』
──このままじゃ駄目だ。
渾身の力を振り絞って、体全体で抵抗する。頭は酷く痛んだけど、今ここで抵抗しなければ、もう二度とヴィラには会えない。何故か、そんな気がしていたから。
ガッ どこからか鈍い音がして、男の動きがピタリと止まる。足裏に感じたのは、生々しい肉の感触と骨の硬さ。やってしまったと、そう気づいた時には遅かった。
『やりやがったな』
「ぐ、ッぅ"……!」
『おいおい、顔はやり過ぎんなよ。商品としての価値が落ちる。どうせ殴るなら腹にしとけ』
声も出せないまま、ただ痛みに目を閉じる。頬に感じる熱も、腹にめり込む足先も、その全てが容赦ない。噛み締めすぎていたせいか、はたまた殴られた時に切れたのか、口の中は血の味がした。
『俺は御者台に戻ってるぞ。そろそろ変わってやんねぇとあいつが拗ねる。お前も満足したら、さっさと戻れよ』
『……っす』
僕を好き放題蹴り上げていた男は、それでも気が晴れなかったのか、襟首を掴んで持ち上げた。先程と同じ体勢ではあるけれど、首が絞まっている分、息苦しい。
『売りもんが人間様に逆らってんじゃねぇよ。あぁ"? 目玉だけくり抜いて売ってやってもいいんだぞ!』
「…っ、ん、」
もう抵抗らしい抵抗も出来なくて、ただ弱々しく首を振る。チャリ、と小さな音が鳴れば、男は目敏く"それ"を見つけた。
硬い床に叩きつけられると同時に、首元に鈍い痛みが走る。恐る恐る目を開けた先には、何かを眺める男の姿。ランプの光だけでは見えないけれど、揺れる紐のようなものの先に、丸い輪っかがついていた。
「……ん"っ~~!!!」(それ、僕のお守り!)
『チッ……んだよ、安もんじゃねぇか』
一度、興味がなさそうに視線を逸らしはしたものの、下卑た口元に笑みが浮く。
『……ああ。これ、大事なもんか』
慌てて首を振っても、もう遅い。
『𝕱𝕴𝕽𝕰』
ヴィラのものとは全然違う、せせら笑うような声がした。───嘘だろ。待って、待ってよ。それだけは……! 必死の叫び声は縄に阻まれ、言葉にすらなりはしない。それでも諦めきれなくて、ただ馬鹿みたいに、呻き声を撒き散らした。
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