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第七章 宣戦布告
23話
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「………もう朝か」
カーテンの隙間から差し込んできた光が目に染みて生理的な涙が滲む。結局、昨夜から一睡もできていなかった。
薬草の調合や研究に夢中になっている内に朝だったことはあるけれど、あれとはまた違った体験だ。瞼を閉じても寝返りを打っても――何をしてもヴィラが脳裏に甦って、とても眠るなんて出来やしない。
「ああもう!」
ベッドにいても同じだし、気分転換に外の景色でも眺めよう。そうすれば、ヴィラのことも考えずにいられるかもしれない。
重いカーテンに苦戦しながらも、なんとか端の方で纏めると、大きな窓いっぱいに光が差し込んできて眩しさに目を細めた。雲一つない、いい天気だ。
いつもの椅子を引き摺るように運んできて、定位置になりつつある場所に設置する。留め具を外して窓を開けると、爽やかで冷たい空気が部屋の中に飛び込んできた。
「んーー」
大きく伸びをして肺いっぱいに朝の空気を吸い込む。そういえば、明るい内に窓の外を眺めたのは、これが初めてかもしれない。
お城は少し小高い場所にあるようで、少し離れた平地のあたりに大きなお屋敷がいくつもならんでいる。大方貴族たちが住んでいる場所なのだろう。
その奥には大小様々な建物が立ち並んでおり、真ん中の開けた所には大きな噴水があるのも見えた。まだ朝早い時間帯であるにも関わらず、既にいくつかの建物からは煙が上がっているので商業地区ではないかと予想しておく。
だとすると、さらに向こう側にある建物の集まりが市民たちの暮らす居住区だろう。ここからは遠すぎてほぼ見えないけど、消去法で行くとそれしかない。
そのまま暫く眺めていると、段々と煙が立ち上る家が増えて行き、同時に人の往来も増え出した。屋敷の前を掃除するメイド、パン屋に並ぶ人々、遊び回る子供たち。城の上から眺めていると、まるで小人の絵本を読んでいるみたいで面白い。
ギギギギギ
ふいに大きな軋み音が聞こえてきたかと思うと、巨大な正門がゆっくりと開かれた。見事な毛並の馬たちに引かれ、いくつもの馬車が門をくぐっていく。馬車から降りた人たちの中にはハリムさんらしき姿もあったので、全てを元の位置に戻し、寝ているフリをして待つことにした。
▽
――結論から言えば、その日は散々な一日だった。寝不足なせいで勉強は何一つ頭に入らないし、ふとした瞬間にヴィラのことを思い出して、その度練習用の紙が犠牲になった。
ハリムさんは挙動不審になっている僕に対して何か思うところがあるらしく、勉強を早々に切り上げると部屋から出て行ってしまった。
(やっちゃった……絶対に呆れられた……)
一人になった部屋で深い深いため息を吐く。
兄としてお互い腹を割って話そうだなんて思っていたのに、実際割られたお腹の中には、とんでもないものが詰まっていた。ヴィラのことは好きだ。家族だと思ってるし、守ってあげたいとも思ってる。でもそれが恋人や伴侶に向けるような愛情かと問われると、多分違う………そんな気がしていた。
そもそもの話、家族への愛と恋人への愛の違いがわからない。どっちも同じ「好き」なのに、関係性が変わるのはなんでなんだろう。恋愛経験が皆無の僕にとっては、未知の新薬を作り出すより遥かに難しい問題だ。
結局、寝不足による頭痛と、考えすぎによる発熱――つまりは知恵熱によって、その日は早々にベッドへと潜った。
ヴィラと話し合うべきだと怒っている自分と、会わない理由ができたと喜ぶ自分。相反する二つの感情を無理やり押し込めて瞼を閉じると、限界だった体はすぐに深い眠りへと落ちていった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▽
考えすぎて知恵熱を出した日の翌日。
戦々恐々としながらもヴィラが訪れるのを待っていたのだが、どれだけ待ってもその気配はなく、結局は待ちくたびれて寝落ちてしまった。
次の日も、また次の日も、ヴィラは部屋に来なかった。覚悟しろなんて言ってたくせに。そんな思いが頭をよぎって、違う違うと慌てて頭を振る。――だってこんなの、期待してるみたいじゃないか。
これは森に帰るため、ヴィラを諌めるためだと理由をつけて、ハリムさんにそれとなく尋ねてみた。
口止めされているからと散々言い渋っていたが、しつこく口説き落としてなんとか教えてもらうことに成功する。
どうやら即位したばかりで仕事が立て込んでおり、毎日深夜過ぎに自室に戻る日が続いているらしい。しかも、僕が来る前からずっとその状態だったそうだ。
(……そういえばヴィラって王様だった)
今まで考えてもみなかったが、ルミナーレ程の大国であれば、その仕事量もかなりのものだろう。恐らく余程の無理をして、自分に会いに来てくれたのだ。
僕の中にあるヴィラの姿は、いつまでも出会った時の少年のまま止まっていた。どんなに体が大きくなっても中身は変わらない筈だと、そう無理やり自分に言い聞かせて、見たくない部分には蓋をしたのだ。
――とても大切で、壊したくない思い出だったから。
でも、いつまでも目を背けてはいられない。たとえ僕らの関係性が大きく変わるとしても、何も話さないまま喧嘩別れするよりはずっとマシだ。
「よし!」
力強く自分の両頬を叩いて気合いを入れる。そうと決まればまずは話し合いの場を設けなければ。しかし、忙しいという話を聞いてしまった手前、自分から会いたいと言いだすのは気が引けた。
駄目駄目、こういう弱気な姿勢が駄目なんだ。向き合うって決めたなら、もっと強気にいかないと。
そうは言ってもハリムさんに直接話すのも憚られたので、ヴィラ宛に書いた手紙を渡してもらうことにした。これなら時間がある時に読めるだろうし、直接言わなくていいから緊張しない。狡くはあるが、折衷案としてここはひとつ許してもらうことにしよう。
カーテンの隙間から差し込んできた光が目に染みて生理的な涙が滲む。結局、昨夜から一睡もできていなかった。
薬草の調合や研究に夢中になっている内に朝だったことはあるけれど、あれとはまた違った体験だ。瞼を閉じても寝返りを打っても――何をしてもヴィラが脳裏に甦って、とても眠るなんて出来やしない。
「ああもう!」
ベッドにいても同じだし、気分転換に外の景色でも眺めよう。そうすれば、ヴィラのことも考えずにいられるかもしれない。
重いカーテンに苦戦しながらも、なんとか端の方で纏めると、大きな窓いっぱいに光が差し込んできて眩しさに目を細めた。雲一つない、いい天気だ。
いつもの椅子を引き摺るように運んできて、定位置になりつつある場所に設置する。留め具を外して窓を開けると、爽やかで冷たい空気が部屋の中に飛び込んできた。
「んーー」
大きく伸びをして肺いっぱいに朝の空気を吸い込む。そういえば、明るい内に窓の外を眺めたのは、これが初めてかもしれない。
お城は少し小高い場所にあるようで、少し離れた平地のあたりに大きなお屋敷がいくつもならんでいる。大方貴族たちが住んでいる場所なのだろう。
その奥には大小様々な建物が立ち並んでおり、真ん中の開けた所には大きな噴水があるのも見えた。まだ朝早い時間帯であるにも関わらず、既にいくつかの建物からは煙が上がっているので商業地区ではないかと予想しておく。
だとすると、さらに向こう側にある建物の集まりが市民たちの暮らす居住区だろう。ここからは遠すぎてほぼ見えないけど、消去法で行くとそれしかない。
そのまま暫く眺めていると、段々と煙が立ち上る家が増えて行き、同時に人の往来も増え出した。屋敷の前を掃除するメイド、パン屋に並ぶ人々、遊び回る子供たち。城の上から眺めていると、まるで小人の絵本を読んでいるみたいで面白い。
ギギギギギ
ふいに大きな軋み音が聞こえてきたかと思うと、巨大な正門がゆっくりと開かれた。見事な毛並の馬たちに引かれ、いくつもの馬車が門をくぐっていく。馬車から降りた人たちの中にはハリムさんらしき姿もあったので、全てを元の位置に戻し、寝ているフリをして待つことにした。
▽
――結論から言えば、その日は散々な一日だった。寝不足なせいで勉強は何一つ頭に入らないし、ふとした瞬間にヴィラのことを思い出して、その度練習用の紙が犠牲になった。
ハリムさんは挙動不審になっている僕に対して何か思うところがあるらしく、勉強を早々に切り上げると部屋から出て行ってしまった。
(やっちゃった……絶対に呆れられた……)
一人になった部屋で深い深いため息を吐く。
兄としてお互い腹を割って話そうだなんて思っていたのに、実際割られたお腹の中には、とんでもないものが詰まっていた。ヴィラのことは好きだ。家族だと思ってるし、守ってあげたいとも思ってる。でもそれが恋人や伴侶に向けるような愛情かと問われると、多分違う………そんな気がしていた。
そもそもの話、家族への愛と恋人への愛の違いがわからない。どっちも同じ「好き」なのに、関係性が変わるのはなんでなんだろう。恋愛経験が皆無の僕にとっては、未知の新薬を作り出すより遥かに難しい問題だ。
結局、寝不足による頭痛と、考えすぎによる発熱――つまりは知恵熱によって、その日は早々にベッドへと潜った。
ヴィラと話し合うべきだと怒っている自分と、会わない理由ができたと喜ぶ自分。相反する二つの感情を無理やり押し込めて瞼を閉じると、限界だった体はすぐに深い眠りへと落ちていった。
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考えすぎて知恵熱を出した日の翌日。
戦々恐々としながらもヴィラが訪れるのを待っていたのだが、どれだけ待ってもその気配はなく、結局は待ちくたびれて寝落ちてしまった。
次の日も、また次の日も、ヴィラは部屋に来なかった。覚悟しろなんて言ってたくせに。そんな思いが頭をよぎって、違う違うと慌てて頭を振る。――だってこんなの、期待してるみたいじゃないか。
これは森に帰るため、ヴィラを諌めるためだと理由をつけて、ハリムさんにそれとなく尋ねてみた。
口止めされているからと散々言い渋っていたが、しつこく口説き落としてなんとか教えてもらうことに成功する。
どうやら即位したばかりで仕事が立て込んでおり、毎日深夜過ぎに自室に戻る日が続いているらしい。しかも、僕が来る前からずっとその状態だったそうだ。
(……そういえばヴィラって王様だった)
今まで考えてもみなかったが、ルミナーレ程の大国であれば、その仕事量もかなりのものだろう。恐らく余程の無理をして、自分に会いに来てくれたのだ。
僕の中にあるヴィラの姿は、いつまでも出会った時の少年のまま止まっていた。どんなに体が大きくなっても中身は変わらない筈だと、そう無理やり自分に言い聞かせて、見たくない部分には蓋をしたのだ。
――とても大切で、壊したくない思い出だったから。
でも、いつまでも目を背けてはいられない。たとえ僕らの関係性が大きく変わるとしても、何も話さないまま喧嘩別れするよりはずっとマシだ。
「よし!」
力強く自分の両頬を叩いて気合いを入れる。そうと決まればまずは話し合いの場を設けなければ。しかし、忙しいという話を聞いてしまった手前、自分から会いたいと言いだすのは気が引けた。
駄目駄目、こういう弱気な姿勢が駄目なんだ。向き合うって決めたなら、もっと強気にいかないと。
そうは言ってもハリムさんに直接話すのも憚られたので、ヴィラ宛に書いた手紙を渡してもらうことにした。これなら時間がある時に読めるだろうし、直接言わなくていいから緊張しない。狡くはあるが、折衷案としてここはひとつ許してもらうことにしよう。
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