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49.新しい侍女

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数日後、新しく侍女となったミッツェリー伯爵家の娘、セレナが王宮に到着した。セレナは上品で落ち着いた雰囲気を持つ美しい女性で、その立ち居振る舞いからも育ちの良さが伺えた。彼女は静かに私の部屋の扉をノックし、入室の許可を求めた。



「お入りなさい。」



扉が静かに開かれ、セレナが姿を現した。彼女は深く一礼し、柔らかな声で挨拶をした。



「王女殿下、ミッツェリー伯爵家のセレナでございます。本日より、侍女としてお仕えさせていただきます。」



私は彼女に微笑みかけ、手招きをして近くに来るよう促した。



「ようこそ、セレナ。あなたのことはバルサザールから聞いております。どうぞ、楽にしてください。」



セレナは再び深く一礼し、私の前に立った。その姿勢は控えめでありながらも、どこか誇り高いものを感じさせた。



「ありがとうございます、殿下。精一杯お仕えいたします。」



「期待しています、セレナ。さて、早速ですが、今日の予定について教えていただけますか?」



セレナは小さな手帳を開き、予定を確認しながら説明を始めた。その丁寧な姿勢に、私は改めて彼女を採用した理由を思い出していた。彼女はお茶会の時に出会い、その気遣いの行き届いた態度と誠実な性格に感心したのだ。



「本日は午前中に貴族とのお茶会が予定されています。その後、午後にはバルサザール様との打ち合わせがございます。また、夕方には王宮内の視察が予定されています。」



私は彼女の報告を聞きながら微笑みを浮かべた。



「ありがとう、セレナ。」



セレナは再び一礼し、控えめに微笑んだ。



「どういたしまして、殿下。何かご用がございましたら、いつでもお声がけください。」



私は彼女の姿勢に満足しながら、次の予定に向けて心を整えた。セレナのような有能な侍女がいることで、私の日常はより一層整然とし、心地よいものになりそうだった。



セレナが加わったことで、一見完璧な日々が始まったが、私にとっては別の問題が浮上していた。セレナは本物の伯爵令嬢であり、その上品で誠実な態度は私に緊張をもたらした。彼女の前で常に王女の演技を続けることが、次第に苦痛となっていった。



ずっと気を抜けない状態が続き、私の心は疲弊していった。セレナの目が私に向けられるたびに、完璧な王女を演じ続けなければならないというプレッシャーがのしかかる。そんな日々が続く中、私はふと内心で呟いた。



――本当に、このままで良いのだろうか。演技を続けることに疲れてしまった…。



その変化にいち早く気づいたのはバルサザールだった。夜、彼との甘い時間が始まりそうな前に、バルサザールは私に優しく声をかけてきた。



「王女殿下…いえ、ティアナ。疲れていらっしゃいますか?」



「え?ううん。どうして?」



「侍女が変わってから、アナタはどこか無理をしているように見えます。アナタのことは全てお見通しですから、どうか無理をせず、何でも正直に話してください。」



「バル…。お見通しなのに言わなくちゃいけないの?」



バルサザールは優しく微笑んでだ。

「ええ、アナタの口から聞きたいのです。私にとって、それが大切なのです。」



「私って元いた世界では平民じゃない?だから、本物の伯爵令嬢を前にすると緊張しちゃうっていうか…気軽に何でも話せたり、気を抜けないっていうか…。」



バルサザールは私の話を静かに聞きながら、しばらく黙って考え込んでいた。



「ティアナ、もう私たちの間で隠し事などないのですから、素直に私の部下を侍女にすればよろしいのでは?」



「え?」



私は驚いて顔を上げた。



「セレナが優秀なのは分かりますが、アナタの気持ちが一番大切です。気軽に話せて、気を抜ける相手でなければ、アナタが本当に休まることはできません。」



「でも、そんなことしたら、セレナが…。」



「セレナ嬢には別の役割を与えましょう。彼女の才能を無駄にすることはありません。ただ、アナタが楽に過ごせる環境を整えるのも私の役目です。」



「バル…ありがとう。今のバルとの距離なら、別にバルの部下でも良かったね。無駄なお茶会開いちゃったな。」



「無駄ではありませんよ。色々と状況が変わってしまったのですから、仕方ありません。では早速、手配しておきます。」



「うん。」



バルサザールは優しく微笑み、私の頬に手を添えた。その手の温もりが、心の底まで染み渡るように感じた。



「今日はお疲れのようですから、添い寝でとどめておくとしましょう。」



彼の言葉に私は微笑み返し、ベッドに横たわった。バルサザールもそっと隣に横になり、優しく私を抱き寄せた。彼の腕の中で、私は次第に心の緊張が解けていくのを感じた。彼の体温が心地よく、安心感に包まれながら、私は彼の胸に顔を埋めた。



「バル、大好き…。」



「もう眠りなさい。私の理性が働いているうちに。」



彼の言葉に、私は胸がいっぱいになった。彼の腕の中で、私はゆっくりと目を閉じ、心地よい眠りに落ちていった。



――――――――――

――――――



翌日から、新しい侍女が付き添ってくれるようになった。彼女の顔には見覚えがあり、どうやらバルサザールの部下の一人のようだった。バルサザールは、公務のある日にはセレナ嬢が、オフの時間が多い日やオフの時間帯には彼の部下の侍女が担当するというシフトを組んで、私が最も快適に過ごせるよう調整してくれているようだった。



新しく侍女として来たのは、バルサザールの信頼厚い部下のリディアだった。彼女は落ち着いた物腰と、的確な判断力を持つ女性だった。



「ルナティアナ様、本日はどうされますか?」



「うーん、晩餐の時間まで書類整理する。」



私は机の上の書類を見つめながら答えた。リディアは深く一礼し、すぐに動き出した。



「畏まりました。」



しばらく書類整理をしていると、リディアがそっとお茶をテーブルに置いた。その香りに気付き、私は顔を上げた。



「え…。どうしてお茶があるの?」



私は驚いてリディアを見つめた。



「宰相様が仕入れられました。」



それを聞いて、私は思わず微笑んでしまう。



――まさかお茶を飲めるなんて…。



「ルナティアナ様は、本当に宰相がお好きなのですね。」



「うん。大好き。」



リディアは少し首をかしげながら、私に尋ねた。

「宰相様のどこがそんなにお好きなのでしょうか?」



私はリディアの質問に少し考え込みながらも、口を開いた。

「バルの好きなところかー、まず見た目!すっごくカッコイイんだから!特に、あの片眼鏡!!って、最近眼鏡だったり、かけてなかったりなんだけど…。で、次に冷静で賢いところが好き。厳しいところも好きだし、嫌味をいってくる時もほんとは好き。意地悪に見えるのは、私を守るためにあえて厳しくしているからだし。」



リディアは驚いた表情を浮かべた。



「それを好きだとおっしゃるのは、少し意外です。ですが…なるほど。ルナティアナ様は宰相様の本質をしっかりと見ていらっしゃるのですね。」



「もう何年も好きだからね。」



リディアは少し困ったように微笑みながら頭を下げた。



「平民出身の私がぶしつけな質問ばかりしてしまい、ごめんなさい。でも、ルナティアナ様の本音を聞けて嬉しいです。」



私はリディアが平民出身だと聞いて安心した。



「ううん。その調子でお願い。私も、平民出身とかわりないから。」



リディアは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに理解したように頷いた。



「もしや、別の世界の記憶というやつですか?」



「うん、そう。だから、友達みたいな距離でいてくれると助かるかも。」



リディアは少し考え込んでから、微笑んだ。

「友達…いえ、宰相ラブな変わり者の友人をもつのは少々…。」



「あっはは!リディアとは長い付き合いができそう。」



「ふふっ。そうですね、ルナティアナ様。」



私は本当に安心感を覚え、リディアとの絆が少しずつ深まっていくのを感じた。



その時、ドアをノックする音が響いた。



「どうぞ。」とリディアが答えると、バルサザールが部屋に入ってきた。彼の鋭い眼差しが部屋を一瞬で包み込む。リディアが一礼し、「宰相様、お待ちしておりました。」と言った。バルサザールは軽く頷き、私に向かって歩み寄ってきた。



「おや?仲良く談笑でございますか?」



「今丁度惚気話をしてたところ。」



バルサザールは一瞬だけ眉をひそめ、そして微笑を浮かべて言った。

「惚気話ですか。私のことを語るほど、退屈な時間を過ごしていたとは、暇つぶしにも困ったものですね。」



彼の嫌味に対して、私は思わず微笑んでしまった。彼の言葉の裏には照れ隠しが含まれているのを感じたからだ。



「バル、そんなこと言わないでよ。バルの話をしてると、時間があっという間に過ぎるんだから。」



バルサザールの目が一瞬だけ優しく緩んだ。その瞬間、彼の手がそっと私の髪に触れ、優しく撫でるように動かす。



「あなたがそう言ってくれるなら、私も悪くないですね。」

彼の声は低く、甘く響いた。



リディアはその様子を見て、目を疑いながらも呆れた表情を浮かべていた。



「本当に、宰相様と王女様は特別な関係ですね。」



バルサザールは微笑みながらリディアに一瞥を送り、「リディア、これからもティアナを頼みますよ。」と言った。



リディアは深く一礼し、「もちろんです、宰相様。」と応えた。
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