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33.穏やかな夜

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食事と湯浴みを終えた私は、薄くて着心地の良いワンピース一枚を身にまとい、バルサザールのベッドに座っていた。柔らかいシーツの感触が心地よく、部屋には彼の香りが漂っていた。



部屋は静かで、外からは微かな夜の音が聞こえてくるだけだった。インクと本の香りが混ざり合い、安心感をもたらしてくれる。私はベッドの上で膝を抱え、少しぼんやりと天井を見つめながら、今日一日の出来事を思い返していた。



――こんなに大変な一日だったのに、今はこんなに穏やかで幸せな気持ち。バルのおかげだなぁ…。



その時、バルサザールが湯浴みを終えてバスローブ姿で入ってきた。彼は頭を布で拭きながら私の前に立ち、軽くため息をついた。



「はぁ…先に湯浴みしたのは失敗でしたね。」



彼の低い声が部屋に響いた。



私は驚いて顔を上げると、彼の濡れた髪から滴る水滴と、その落ち着いた表情が目に入った。バスローブから覗く肌は、湯気がまだ残っているかのようにほのかに紅潮していた。



「バル、どうしたの?」



「いえ、アナタがこんなに可愛らしい姿で待っているとは思わなかったので、つい。」



彼は私の姿を見て微笑み、その視線に少し恥ずかしくなった。



「そ、そう?ごめんね、驚かせちゃって。」



バルサザールは布で頭を拭き終えると、それを横に置き、私の隣に腰を下ろした。彼の手が私の髪を優しく撫で、その温かさに心がほぐれていくのを感じた。



「今日は大変な一日でしたね。お疲れでしょう?」



「うん。でも、バルのおかげで怖いことぜーんぶ吹き飛んじゃった!」



バルサザールは微笑みながら首を傾けて私を見つめた。



「全く。無邪気…ですね。」



「髪の毛、まだ濡れてるよ?拭いてあげるね。」



私はバルが置いた布を手に取り、彼の長い銀色の髪を優しく拭き始めた。布が髪を通るたびに、キラキラと輝く銀色が美しく映えた。



「わぁ、すごい。本当に銀色だー。キラキラしてる。」



バルサザールは軽く笑いながら答えた。



「確かに。シュエットでは普通の髪色ですが、この国では珍しい髪色ですね。」



「それもそうだけど、元いた世界でも銀髪の人はいなくて、まぁ染めれば銀髪になるかなぁくらい。私の周りはみんな黒髪だった。」



「アナタも?」



「私も。」



彼は興味深げにうなずき、続けた。

「突然知らない土地にきて大変でしたね。」



「ううん。ルナティアナの記憶があるおかげで、前世…みたいな気分なの。それに、元の世界に未練がないの。バルと出会えたからもっと未練がないって思う。」



バルサザールは私の言葉をじっと聞き、優しく微笑んだ。その微笑みには温かさと強い決意が感じられた。彼は私の手を優しく掴むと、ゆっくりと引き寄せて、私を組み敷くように覆いかぶさった。



「ルナティアナ…」彼の声は低く、囁くようだった。「できれば、アナタの本当の名が知りたい。」



「大丈夫。今の私はルナティアナだから。バルに名前を呼ばれるとちゃんと嬉しいよ。」



彼は私の言葉を聞いて、さらに顔を近づけた。彼の息が私の頬にかかるたびに、心臓が高鳴るのを感じた。彼の唇が私の唇に触れそうになった瞬間、バルサザールは息を吐き、急に隣にドサッと寝転がった。



「今…アナタにキスをしてしまうと、その先を望んでしまう。私も明日から激務が待っているというのに…。」



彼の言葉に、私の心は甘く切ない感情で満たされた。



「バ、バル…。じゃあ、眠るまで何かお話する?」



バルサザールは少し驚いた表情を見せた後、微笑んで横向きに寝転び、腕で頭を支えた。



「話…ですか?」



「うん。眠くなるような話。」



彼は私の提案に静かにうなずいた。



「でしたら、ティアナの思う、理想の国について聞かせてください。」



「私の思う理想の国かー…。うーん…。ルールでガチガチに縛って、従える人だけ残る…みたいな?」



その言葉を聞いた瞬間、バルサザールの顔には意外そうな、そして少し不安そうな表情が浮かび、彼の口が少し開いたままになった。



「バル?」



彼は一瞬考え込んだ後、慎重に口を開いた。

「ティアナ、そのような国では人々の自由が失われてしまいます。規律と従順を重んじることは重要ですが、過度な制約は個々の創造性や自発性を奪い、結果として社会全体の停滞を招く可能性があります。」



「えぇ!?そうなの!?」



「自由な発想や意見が抑圧されることで、国全体の発展が妨げられ、長期的には内部分裂や反乱の原因にもなりかねません。」



彼の言葉に、私は自分の考えがいかに単純であったかを痛感し、考えを改める必要性を感じた。



「な、内部分裂に反乱!?…私王女に向いてないかも…。」



「ティアナ、何故、そのような国にしたいと思ったのですか?」



「うーん…。元の世界で、ルールに従わない人が多くて、そのせいでたくさんの問題が起きていたからかな。ルールを守る人だけが残れば、みんなが幸せになれるんじゃないかって思ったの。」



バルサザールは優しく頷きながら、私の髪をそっと撫でた。



「なるほど…。あなたが望むのは、秩序と平和な社会なのですね。」



「そう。でも、バルの話を聞いて、少し考えが変わったかも。ルールだけじゃなくて、自由も大切だよね。」



彼は微笑みを浮かべながら、今度は私の顔に手を移動させて、そっと頬に触れた。



「そうです、ティアナ。バランスが大事です。秩序を保ちながらも、個々の自由と創造性を尊重すること。それが理想の国の基盤となるのです。」



――バランス。そっか。過ぎたるは猶及ばざるが如しってやつなのかな。



「それと…、私のいた世界ね。技術が発展し過ぎて、それが環境破壊とかに繋がっちゃって、温暖化…とかになって、星にとって悪影響っていうか、気候変動が凄いことになったの!」



バルサザールは私の言葉に耳を傾けながら笑った。



「ハッハハッ。その発言、私でないと伝わりませんよ?しかし、とても興味深いですね。技術の発展がもたらす利便性と、その代償としての環境への影響。この世界でも、そのバランスを取るのは難しい課題です。」



「そうなの。だから、バランスを取るって本当に大事なんだなって思う。」



彼は私の頬に軽く触れ、親しみを込めた微笑みを浮かべた。



「その通りです、ティアナ。未来のために、私たちは常にバランスを保ち続けることを忘れてはなりません。」



「なんだか私、バルサザールと出会って、もっと深く物事を考えるようになった気がする。」



「それは光栄です。あなたが私と一緒に考え、学び、成長してくれることが、私にとっても喜びです。」



――こんなに素敵な考えを持ってる人が、悪役なんて、やっぱりおかしいよ。



「ふふ。眠くなってきちゃった。」



バルサザールは私の髪に優しくキスをし、「では寝るとしましょう。」とささやいた。



バルサザールは優しく微笑み、ベッドからそっと立ち上がった。彼は部屋の隅にある小さなランプを手に取り、柔らかい光で部屋の照明を一つ一つ消していった。最後に、ベッドの横に置かれた小さな蝋燭の灯りに向かい、慎重に息を吹きかけて消した。



――そういえば、バル…良く微笑むようになった気がする。私の影響だったら、嬉しいな…。



薄暗くなった部屋の中で、彼は再びベッドに戻り、そっと私の隣に腰を下ろした。



「さあ、ティアナ。これでゆっくりと眠れるでしょう。」



彼は優しく私の髪を撫で、心からの温かさを感じさせた。



「ありがとう、バル。おやすみなさい。」



「おやすみ、ティアナ。」



その言葉を最後に、私は目を閉じ、彼の温もりに包まれながら、穏やかな眠りについた。
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