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第10話【心の声】

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エルメリーチェは10歳になった。
相も変わらず早朝にランニングをしていた。自分の足でしっかり歩けるようになってからは、指輪を外してネックレスにして、10歳の姿で走っていた。どの道いつか外さねばならない指輪だ。体を鍛える時くらい外そうと思ったのだ。
いつものコースを走っていると、とても見覚えのある姿の少年がエルメリーチェの道を塞いだ。
「ど…して…。」
エルメリーチェは一度後退った後、そこにドサッと座り込んでしまう。全身の力が一気に抜けたのだ。
「気分が悪いのかい?とても顔色が青いよ。…大丈夫?」
声の主は金髪にふわふわの癖っ毛。誰がどう見ても王子と言わんばかりのルックスを持つ少年。
少年が手を差し出せばエルメリーチェの顔は恐怖に染まっていった。
「ごめんなさい。」
「ん?どうしたの?」
「ごめんなさい。もうしませんから…許し…。」
エルメリーチェが恐怖で動けずにいると、後ろからフワリと抱きしめられて、そのまま抱っこをされた。
「すみません、ロジェル王子殿下。私の婚約者は気分が優れないようです。」
エルメリーチェは更に驚いた。とても心地の良い重低音で“私の婚約者”等と言われたからだ。
「え?クラリアス辺境伯は婚約をしたのかい?」
「はい。先程、サルバトーレ家との話し合いが済み、明日には婚約を申し込もうと思っております。この頑張り屋な素敵なレディに一目惚れをしてしまいました。」
「…本当かい!?うわ、ビックリだ。まさか辺境伯が配偶者を作るなんて想像もしてなかった。」
かなり驚いて思わず口元を隠すロジェル王子。
「ところで殿下は此方へ何の御用時で?」
「僕かい?父上が御親友と連絡が取れないと嘆いておられたので雷領で何かあったのではないかと思ってね。視察に来たんだ。」
ロジェル王子は歳に似合わぬ影を落としたような笑みを浮かべた。
「そうでございましたか。しかし丁度私達の話がまとまって、当主とその息子は愛するリーチェの婚約式用のドレスを仕立てに出かけてしまいました。」
「ふーん。愛する…ね。」
エルメリーチェは咄嗟に指輪をハメて大人になってシールドを張った。それと同時にロジェル王子は大きな爆発魔法を二人に放っていた。
大きな姿になってもエルメリーチェはクルトに抱っこされたままだった。
「クルト様!失礼します。」
エルメリーチェはクルトを屋敷へワープで飛ばそうとしたが両手を凍らされて阻止された。
「なんでっ!?」
エルメリーチェが驚けば氷は一瞬でパリンと融けた。
「待て、俺はここに残る。」
「え?」
エルメリーチェが動揺しているとロジェルは次の攻撃を仕掛けてきた。火と風を混ぜ合わせ爆炎風を放ってきた。
それを今度はクルトが氷の壁で見事に塞いだ。
「どうされましたか?ロジェル殿下。いきなり攻撃等。危ないですよ。」
クルトは至って冷静にロジェルと向き合っていた。
『おい、聞こえるか?』とエルメリーチェの頭の中に直接クルトの声が響き渡った。初めての感覚に頭を抑えてしまうエルメリーチェ。
『聞こえるようだな。今からロジェルと戦い、瀕死状態にしたら聖属性160%の光を当てろ。その時イメージしろ、自分の人形だと。』
それを理解したエルメリーチェはコクリと頷いた。
「僕にウソを言っているね?調査では二人は行方不明。それどころか使用人、親族の全てが姿を消しているそうじゃないか。そして…見知らぬサルバトーレ家直系だと思われる成人男性と黒い髪の女性と子供がいるってね。瞳の色をみるとサルバトーレ家の血縁者だね。髪の毛の色は魔力無しと見えるけれど、計り知れない膨大な魔力量を感じる。どういう事かな?」
「ウソではありません殿下。今すぐサルバトーレ邸へ向かえば分かる事です。」
「いや、その前に君たち二人を消す事にするよ。邪魔だからね。」
-こんなロジェル王子知らない。-
ロジェルは次々と難しい魔法を使って攻撃をしかけてくる。地属性魔法で足元から鋭く太い針をだしてきた。それをエルメリーチェはクルトごと空中に浮いて回避する。
今度は爆風魔法だ。これはクルトが氷の壁を使って防ぐが、すぐに第二段の魔法が飛んできて、エルメリーチェが防いだ。
-様子がおかしすぎる…本当にロジェル王子なのかしら。-
『ほう、お前の知るロジェルはこうでなかったと。』
-えぇ、とても強いキラキラした目をしていて、余裕のある微笑みをいつも浮かべていたの。今のような邪悪な笑みは一度も見た事がないわ。-
『おい、現婚約者の前で元カレの話をするとはな。』
-なっ!?///殿下へのハッタリじゃない!って…ちょっと待って。どうして心が読まれてるの?-
『どうしてだと思う?』
ロジェルの怒涛の攻撃を華麗に防ぎながら心の中で会話をする二人。
その後、エルメリーチェは無我夢中で戦い、そして…ロジェル王子の魔力が尽きてしまった。
「ふんっ。魔力が切れたか。でもそれはお互い様だよね。」と言って腰に差していた剣を引き抜き、二人に向かう。クルトは右手でエルメリーチェを抱き、利き手ではない左手で氷の鎌を作り出しロジェルの剣を阻止した。
『木属性魔法で動きを封じろ。』と指示され、エルメリーチェは木の蔓を地面から出してロジェル王子を縛った。
「チッ!!卑怯な!何をする気だ!!汚い手で触るな!!」
ロジェルは縛られてしまって悪態をつく。
『遠慮はいらない。俺の魔力を持っていけ。』
エルメリーチェがコクリと頷けば、クルトはエルメリーチェを地面に降ろした。エルメリーチェは手に聖属性の光を160%の出力で灯して、しっかりイメージしてからロジェル王子に触れた。
-彼は私の人形だ。彼は私の人形だ…彼は私の人形・・・彼は私の…私の知ってるロジェル王子は…とても優しくて…それで…-
眩く優しい光がロジェルを包んだ。その間、走馬灯のようにロジェルとの記憶が流れてゆく。
-アナタはどうしてしまったの?-
光が収まればダラリと脱力するロジェル王子。
「どうして僕は君を攻撃してしまったんだろう。」
ロジェル王子の顔つきが完全に変わってしまった。エルメリーチェは雰囲気で自分が大好きだった愛しのロジェルそのものな感じがした。
「わかりません。何があったのですか?」
「母上に呼び出されてからの記憶が曖昧で…。」
「なるほど。殿下は御母上の聖女マリカ様に操られていたようですね。」
クルトは冷静に話す。しかし…
『こっちへ来い。』
突然聞こえたクルトの声にエルメリーチェは首を傾げる。
「そんな事が?しかし、確かに曾祖父様がそのような事を言っていた気がする。」と頭痛がするのか頭を抑えるロジェル。
「殿下のお体を調べてみなければ詳しい事はわかりませんが…。」
『俺の近くへ来い。』
エルメリーチェはロジェルから離れてクルトの側へ来た。冷静なクルトだが何故か焦っているように感じられた。
エルメリーチェが「大丈夫?」と声をかければ目を大きく見開いて驚いているクルト。
クルトの様子が変で「やっぱり変ねぇ。」と首を傾げるエルメリーチェ。
「ロジェル殿下をサルバトーレ邸へお連れしよう。リーチェ、頼めるか。」と提案するクルト。
リーチェと呼ばれてピクリと反応し、少し顔を赤らめるエルメリーチェ。
「わかりました。」
エルメリーチェは木属性魔法を解除してロジェルの拘束を解いて、ロジェルに触れ、クルトにも触れ、サルバトーレ邸へ連れ帰った。

その晩。ロジェル王子殿下には客室に泊まってもらう事となった。
エルメリーチェは部屋で寝る準備をしているとコンコンとドアをノックする音が鳴った。
急いでドアを開けてみれば立っていたのはロジェルだった。
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