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43.届かぬ想いに揺れる夜
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サクレティアの妊娠が進み、体調の変化が徐々に現れると、クレノースのサポートはますます熱心で、どこか過剰ともいえるほどになっていった。ある日、サクレティアがほんの少し吐き気を感じて顔をしかめると、クレノースはすぐにその変化を見逃さず、慌てて飛び上がった。
「サクレティア様、大丈夫ですか!?今すぐ水、クッション、ええと、新鮮な空気も!」と大げさに叫びながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、部屋を駆け回る。
「クレノ、そこまでしなくても…!」とサクレティアが少し呆れた様子で制止しようとするが、彼は彼女の顔色が少しでも変わるたびに、新しい対応策を考えては、次から次へと動き回っていた。まるで彼女が少しでも楽になるなら、どんな手間でも惜しまないと言わんばかりだ。
しばらくして、息を切らしながら戻ってきたクレノースは、手にふわふわのブランケットを抱えて「どうぞ、このブランケットでおくるみのように包んでお休みください!」と真剣な顔で言った。
「おくるみって…私は赤ちゃんじゃないわよ!」とサクレティアは思わず笑いをこらえながら、「でも、ありがとう」と言って、彼からブランケットを受け取る。ふかふかで、確かに心地よさそうだ。彼が心配してくれる気持ちが伝わってきて、どこかほっとするような温かさを感じた。
クレノースは彼女がブランケットを手にしたのを見ると、少しだけ誇らしげな顔で「サクレティア様のお役に立てたなら、それだけで僕は幸せです!」と胸を張る。サクレティアはそんな彼を見て、半分呆れ、半分嬉しい気持ちで、「あなたって本当に熱心ね」と微笑む。
「はい、僕はサクレティア様が無事で、快適に過ごされることが何よりも大切なんです!」と彼は真剣に言い切り、その表情からは、まさに彼にとってこれが最も重要な仕事であるかのような気迫すら感じられる。
「もう、そこまで大げさにしなくても…」サクレティアが苦笑しながら呟くと、クレノースは「いえ、全く大げさではありません!サクレティア様とお腹の赤ちゃんが共に健やかであるためには、僕は全力を尽くします!」と声を大きくして言い、再び部屋を見渡しながら、他にサポートできることがないかと目を光らせるのだった。
彼のその姿を見て、サクレティアはため息をつきながらも、心のどこかで《まぁ、こうして過剰なくらいに心配してくれるのも悪くないかもね》と思ってしまうのだった。
その夜、クレノースは、サクレティアが深い眠りに落ちたのを見届けると、そっとベッドを抜け出し、窓の前で外を眺めた。庭園に咲く青い薔薇が、月の光を受けて淡く輝いている。彼はため息をつきながらその花を見つめ、ふと考えが過去に戻っていく。
キースが誕生する前、サクレティアはどれほどの辛さや孤独に耐えてきたのだろうか。気丈に振る舞い、周囲に心配をかけまいと、すべてを一人で抱えてきたに違いないと、彼は想像した。そもそも彼自身、母親であるマリアベルが妊娠中に抱えた苦労や痛みを目の当たりにしていた。彼女の喜びも狂気も、幼いながらも感じ取っていたはずだった。それを思い出すたび、サクレティアには同じ辛さを絶対に味わわせたくない、彼女には幸せだけを感じてほしいと強く願う。
しかし、どれだけ尽くしても、彼女が心から喜んでくれている気がしないことに、クレノースは心の奥底で虚しさを感じ始めていた。
「どうすれば、もっとサクレティア様に愛してもらえるのだろうか……」
その思いがぽつりと口から漏れ、クレノースはハッとした。自分から愛を懇願するなど、決して許されることではないと胸が強く締めつけられた。だって、自分は汚れた存在なのだから。サクレティアは特別で、純粋な存在だ。彼女を愛しているけれど、それはけして彼が報われることを望んではいけない。そんな資格など、母親に支配され、歪んでしまった自分にはないのだと、ネガティブな思考が渦を巻いて、彼を飲み込んでいく。
クレノースは思わず目を閉じ、胸に手を当てながら、「僕なんかが……サクレティア様の傍にいること自体、許されていないのかもしれない……」と呟くと、知らず知らずのうちに涙が頬を伝っていた。
ぼろぼろと落ちる涙をそのままに、クレノースはさらに思いを巡らせた。自分はサクレティアに捨てられるのではないか、自分が汚らわしい存在であることに気付き、愛を拒まれるのではないかという妄想が頭の中を支配していく。そして、涙は止まることを知らず、ぽろぽろとこぼれ落ちていった。
その時、寝室のベッドで眠っていたサクレティアがふと隣の温もりがないことに気付き、目を開けた。窓の方に目をやると、そこには泣きながら呟くクレノースの姿があった。
「クレノ……?泣いてるの?」サクレティアは柔らかい声で問いかけ、クレノースがぎょっとしたようにこちらを振り返る。「……サクレティア様、申し訳ありません……こんな、僕が……」
サクレティアは少し微笑みながら彼に手を差し出し、「早く、こっちにおいで」と優しく誘った。
クレノースはその言葉に、堪えきれなかったものが一気に溢れ出すように、そろそろとベッドへと戻り、サクレティアのそばに身を寄せた。彼女がそっと布団を持ち上げると、クレノースはためらいがちにその中へ滑り込み、彼女の温かさに包まれた瞬間、再び目頭が熱くなった。
サクレティアは、そんな彼を優しく抱きしめ、頭を撫でながら「よしよし」とまるで子供をあやすように囁いた。クレノースはその温もりに癒されるように、彼女に身を預け、少しずつ体がほぐれていくのを感じた。
「サクレティア様……僕は、あなたがいてくれるだけで……」クレノースは、か細い声でそう漏らすと、サクレティアの胸の中でやがて静かに息を落ち着かせ、少しずつ涙が止まっていった。そして、いつしか彼はサクレティアの温かい腕の中で眠りにつき、サクレティアも彼を撫でながら、穏やかな気持ちで目を閉じ、眠りへと落ちていった。
「サクレティア様、大丈夫ですか!?今すぐ水、クッション、ええと、新鮮な空気も!」と大げさに叫びながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、部屋を駆け回る。
「クレノ、そこまでしなくても…!」とサクレティアが少し呆れた様子で制止しようとするが、彼は彼女の顔色が少しでも変わるたびに、新しい対応策を考えては、次から次へと動き回っていた。まるで彼女が少しでも楽になるなら、どんな手間でも惜しまないと言わんばかりだ。
しばらくして、息を切らしながら戻ってきたクレノースは、手にふわふわのブランケットを抱えて「どうぞ、このブランケットでおくるみのように包んでお休みください!」と真剣な顔で言った。
「おくるみって…私は赤ちゃんじゃないわよ!」とサクレティアは思わず笑いをこらえながら、「でも、ありがとう」と言って、彼からブランケットを受け取る。ふかふかで、確かに心地よさそうだ。彼が心配してくれる気持ちが伝わってきて、どこかほっとするような温かさを感じた。
クレノースは彼女がブランケットを手にしたのを見ると、少しだけ誇らしげな顔で「サクレティア様のお役に立てたなら、それだけで僕は幸せです!」と胸を張る。サクレティアはそんな彼を見て、半分呆れ、半分嬉しい気持ちで、「あなたって本当に熱心ね」と微笑む。
「はい、僕はサクレティア様が無事で、快適に過ごされることが何よりも大切なんです!」と彼は真剣に言い切り、その表情からは、まさに彼にとってこれが最も重要な仕事であるかのような気迫すら感じられる。
「もう、そこまで大げさにしなくても…」サクレティアが苦笑しながら呟くと、クレノースは「いえ、全く大げさではありません!サクレティア様とお腹の赤ちゃんが共に健やかであるためには、僕は全力を尽くします!」と声を大きくして言い、再び部屋を見渡しながら、他にサポートできることがないかと目を光らせるのだった。
彼のその姿を見て、サクレティアはため息をつきながらも、心のどこかで《まぁ、こうして過剰なくらいに心配してくれるのも悪くないかもね》と思ってしまうのだった。
その夜、クレノースは、サクレティアが深い眠りに落ちたのを見届けると、そっとベッドを抜け出し、窓の前で外を眺めた。庭園に咲く青い薔薇が、月の光を受けて淡く輝いている。彼はため息をつきながらその花を見つめ、ふと考えが過去に戻っていく。
キースが誕生する前、サクレティアはどれほどの辛さや孤独に耐えてきたのだろうか。気丈に振る舞い、周囲に心配をかけまいと、すべてを一人で抱えてきたに違いないと、彼は想像した。そもそも彼自身、母親であるマリアベルが妊娠中に抱えた苦労や痛みを目の当たりにしていた。彼女の喜びも狂気も、幼いながらも感じ取っていたはずだった。それを思い出すたび、サクレティアには同じ辛さを絶対に味わわせたくない、彼女には幸せだけを感じてほしいと強く願う。
しかし、どれだけ尽くしても、彼女が心から喜んでくれている気がしないことに、クレノースは心の奥底で虚しさを感じ始めていた。
「どうすれば、もっとサクレティア様に愛してもらえるのだろうか……」
その思いがぽつりと口から漏れ、クレノースはハッとした。自分から愛を懇願するなど、決して許されることではないと胸が強く締めつけられた。だって、自分は汚れた存在なのだから。サクレティアは特別で、純粋な存在だ。彼女を愛しているけれど、それはけして彼が報われることを望んではいけない。そんな資格など、母親に支配され、歪んでしまった自分にはないのだと、ネガティブな思考が渦を巻いて、彼を飲み込んでいく。
クレノースは思わず目を閉じ、胸に手を当てながら、「僕なんかが……サクレティア様の傍にいること自体、許されていないのかもしれない……」と呟くと、知らず知らずのうちに涙が頬を伝っていた。
ぼろぼろと落ちる涙をそのままに、クレノースはさらに思いを巡らせた。自分はサクレティアに捨てられるのではないか、自分が汚らわしい存在であることに気付き、愛を拒まれるのではないかという妄想が頭の中を支配していく。そして、涙は止まることを知らず、ぽろぽろとこぼれ落ちていった。
その時、寝室のベッドで眠っていたサクレティアがふと隣の温もりがないことに気付き、目を開けた。窓の方に目をやると、そこには泣きながら呟くクレノースの姿があった。
「クレノ……?泣いてるの?」サクレティアは柔らかい声で問いかけ、クレノースがぎょっとしたようにこちらを振り返る。「……サクレティア様、申し訳ありません……こんな、僕が……」
サクレティアは少し微笑みながら彼に手を差し出し、「早く、こっちにおいで」と優しく誘った。
クレノースはその言葉に、堪えきれなかったものが一気に溢れ出すように、そろそろとベッドへと戻り、サクレティアのそばに身を寄せた。彼女がそっと布団を持ち上げると、クレノースはためらいがちにその中へ滑り込み、彼女の温かさに包まれた瞬間、再び目頭が熱くなった。
サクレティアは、そんな彼を優しく抱きしめ、頭を撫でながら「よしよし」とまるで子供をあやすように囁いた。クレノースはその温もりに癒されるように、彼女に身を預け、少しずつ体がほぐれていくのを感じた。
「サクレティア様……僕は、あなたがいてくれるだけで……」クレノースは、か細い声でそう漏らすと、サクレティアの胸の中でやがて静かに息を落ち着かせ、少しずつ涙が止まっていった。そして、いつしか彼はサクレティアの温かい腕の中で眠りにつき、サクレティアも彼を撫でながら、穏やかな気持ちで目を閉じ、眠りへと落ちていった。
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