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41.愛しさに気付く瞬間

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サクレティアは新聞を手に取り、ぱらぱらと目を通していた。すると、大見出しの下に小さく載った記事に思わず笑いが漏れてしまう。



【バレンティル公爵、愛妻の新発明に心奪われ、夜中に王を叩き起こして特許権を申請!】



それを読みながらサクレティアは《この前の…まったく、クレノったら……》と苦笑しつつも、胸に温かさを覚える。クレノースの行動にはいつも驚かされるが、その愛情は確かに本物だった。世間も次第にそれに気づき始め、クレノースにまつわる過去の疑いは噂話の中から消えていった。彼が売春を強要されていたなどという話は、今では誰も信じなくなり、むしろ「愛妻家の公爵」に世間は親しみを持ち始めていた。



サクレティアは今日も普段の執務に励んでいたが、近頃、体がどこか重いことに気づいていた。そして一番気になっていたのが、月のものが三ヶ月も訪れていないことだった。最初は過去の心労やストレスが原因だと考えて深く気にしなかったものの、流石に今回は気になる。何か他に原因があるのかと感じ始めたサクレティアは、念のため医師に診察してもらうことにした。



診察室に入ると、信頼する医師が穏やかな笑みで迎えてくれた。「サクレティア様、体調がすぐれないと聞きましたが、最近どのような症状をお感じになられますか?」



サクレティアは少し恥ずかしそうに、「そうね…月のものが少し遅れているだけかと思っていたんだけど、三ヶ月も来ないとなると、さすがに気になって……それに、最近、何だか疲れが抜けない気もして……」と不安げに答えた。



医師は頷き、慎重に診察を行った。少しの沈黙の後、優しい微笑みを浮かべながら医師が告げた。「サクレティア様、どうやらおめでたのようですね。現在、妊娠三ヶ月に入っておられるかと思います。」



サクレティアは驚いて目を見開き、「妊娠……? 本当に?」と思わず口にしてしまった。医師はにっこりと笑顔を見せながら続ける。



「えぇ、今回はかなり安定しているご様子ですから、前回のような誤診はございません。キース様の時は心労やお疲れが重なり、妊娠と勘違いして早期に気づかれましたが、今回はストレスもさほどなく、こうして妊娠三ヶ月に入ってからのご報告となったのかと。」



その説明を聞きながら、サクレティアは少し呆然としつつも、喜びが徐々に湧き上がってくるのを感じていた。キースを授かった時も幸せだったが、今度は少し異なる感覚が胸に宿っている。以前は、自分がここに存在するために精一杯の毎日だったが、今は愛する人と子どもを一緒に育むことに喜びを見出せる生活がある。サクレティアは再び、命を授かることの奇跡を噛みしめながら、医師に心からの感謝を伝えた。



「ありがとうございます……なんだか信じられませんが、本当に嬉しいわ。」



医師は微笑み、「これからもどうかご無理なさらず、お身体を大切に。公爵様にも早めにお伝えくださいませ。」



サクレティアは診察室を後にし、ゆっくりと自室へ戻る途中、思わず顔に微笑みが浮かんでいた。新しい命を授かることの喜びが、心の奥底から湧き上がってくる。大切な家族がまた一人増えるのだ。クレノースもきっと喜んでくれるだろう、と思うと、彼に一刻も早く伝えたい気持ちが強まっていた。



彼女が自室に入ると、クレノースはちょうどキースをお昼寝させ終えたばかりだったのか、静かにソファでくつろいでいる様子だった。彼の穏やかな表情に、サクレティアは胸が温かくなり、そっと微笑みかけながら近づいていった。



「クレノース、ちょっと聞いてほしいことがあるの」と、やや緊張しながら切り出すと、クレノースは微笑みながら「なんでしょうか、サクレティア様」と、優しく応えた。



「実は、私たちに新しい家族ができることになったのよ。」



その言葉にクレノースの瞳が一瞬驚きに見開かれ、すぐに表情が硬直する。彼は呆然とした様子でサクレティアを見つめ、信じられないといった表情のまま、徐々にその意味を理解し始めると、ゆっくりと涙が溢れ出し、彼の頬を伝い落ちた。気づけば両手で顔を覆い、静かに震えながら涙を流していた。



「クレノース…そんなに泣かないで」と、サクレティアは困惑しつつも、その反応が愛おしく、優しく彼の肩に手を置いた。



しかし、クレノースは顔を上げることなく、声を震わせながら泣き続けていた。「サクレティア様……僕は……僕はこんなに愛しているのに、あなたの体調や変化に全く気づけなかった……あんなにも崇拝しているのに、僕はなんて愚かなんだ……。」



サクレティアはその言葉に胸が締め付けられるような思いがした。クレノースがそこまで自分を責めるとは思わなかった。彼は、過去に囚われたままであったり、不安定な状態が続いたりしていた。だがそれでも、彼の愛情がどれほど深いかは、今の反応から十分に伝わってきていた。



「クレノース、そんなことは気にしないでいいのよ。あなたは、いつも私のそばにいてくれて、家族のために全力を尽くしてくれているじゃない」と、彼の背中を優しく撫でながら慰めるように言葉をかけた。



ようやく顔を上げたクレノースは、涙を拭いながら彼女を見つめた。そして、少し微笑んでから、震える声で「僕たちの……愛がこうして形になったんですね……サクレティア様、本当にありがとうございます」と、深い感謝の気持ちを込めて告げた。



その言葉を聞いたサクレティアは、なんだか胸がいっぱいになって、思わず自分も涙が出そうになるのを感じた。クレノースが本当に嬉しそうで、心の底から喜んでくれているのが伝わってきて、彼の表情を見ているだけで、自分まで幸せな気持ちがこみ上げてきた。





その時、ふと自分の中で何かが静かに弾けた気がした。



クレノースがあんなにも自分のために涙を流し、喜んでくれていることが、こんなにも自分を幸せな気持ちにさせるなんて、今まで想像もしていなかった。彼のまっすぐな瞳、喜びを隠しきれない微笑み、そのすべてが愛おしく見えて、心が熱くなるのを感じる。彼が愛してくれるその気持ちが、こんなにも自分にとって大きなものになっていたなんて──。



《あぁ……私、クレノースのこと……》



その思いは、どんなに隠そうとしても自分の中に留めておけなかった。だって、この瞬間、どんな言葉よりも確かな気持ちが自分の心を満たしていたから。クレノースの存在が、いつの間にか自分にとって大切なものになっていた。彼がいてくれることが、自分の幸せに繋がっていた。自分のそばにいてくれること、それがこんなにも自然で、こんなにも当たり前のことだと感じていたなんて。



どうしようもないほどの不器用さと、まっすぐな愛情を注いでくれるこの人を、私は──



《そう、私は、もうとっくに彼のことを愛している。》



サクレティアは、胸の中でそっとそうつぶやいた。

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