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23 エルフ先生の準備室にて

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「それで、今日はどうしたんですか?」

 やわらかい動作で置かれたティーカップは机に触れた時にことりと音を立てた。ふわりと湯気とともに甘い香りが立つ。そっとお茶に口をつけたエルフ先生の銀髪が午後の光を返してまるで絵を見ているような錯覚を起こす。

 う、うつくしぃ・・・心のなかで両手を合わせて、拝。

「・・・?」

 魂を抜かれていた私を軽く首をかしげて問う。自然を愛し精霊に愛され自然とともに生きるエルフ族にふさわしい深い森のような濃い緑の瞳に見つめられて私の動作不良も極まる。

「エミー?」

 ふ・ふ・ふ・ふ・わぁぁぁぁぁん!!エルフ先生から放出されるマイナスイオンが、空気や煩悩やなんやら、なんなら私の言語機能もまとめて浄化していくぅー!!くぅぅぅー!エルフ先生と向き合うだけでこの週末に起きた不埒な出来事が夢だったみたいな気がしてくるから、さすがエルフ族。先生と一緒にいたらこのポンコツボディもエロ発動しないんじゃないかって気持ちになってくるから、素晴らしい。

 すばらしい芸術作品は全裸の彫刻であってもいやらしさが無いってそういうことね。生きる芸術作品崇高なエルフ先生、再び拝。

「エミー?」

「あ、はい。あの、今日の実技披露のことですよね。あれは私も驚いたと言うか。思っても見なかった方向に壁魔法が発現しまして・・・」

 ヴィンセントとの試合のことはヒロインちゃんと第二王子とのお昼ごはんの時も根掘り葉掘り聞かれたんだけど、私にも何故にしゃべる土壁が誕生したのかさっぱりわからなくてむしろ先生のほうが原因を分かるんじゃないかなと思ってこの準備室に来たんですけど。

「以前から実技授業の際には演習場にいる精霊さんに助けてね、ってお願いをしていたんですけど。壁モンスターを作るつもりはなかったんです。本当なら披露するのは私を全方位で囲むドーム型防御壁だったので、土魔法は土魔法なんですが・・・対戦相手を圧死させるような攻撃魔法ではないんです」

「ふむ。まぁクラインも怪我もなかったし、あの壁魔法の土に押しつぶされるのはせいぜい低級の魔物くらいでしょうね。攻撃魔法と言うにはまだ威力がたりないですね。おそらくあの場にいた土の精霊がいつもよりはりきったのと・・・」

 私の言葉に少し考えていたエルフ先生はそこで言葉を切って私を見つめた。その瞳になぜだか悔しげな表情が浮かんで消えた。

「・・・エミーの、貴方の魔力が増えたことによるかと」

 一瞬の表情は次の言葉を紡いだ時には消えていて、そこにはいつもの穏やかな先生がいた。

「3年間そばにいて何も気づかれない情けない男たちを差し置いてエミーに触れた男がいたようですね」

 その言葉は吐き出すように小声でつぶやかれたので理解するのに一瞬時間がかかってしまった。
え?え?え?いまのって私がつまり、誰かとエ、エッチしたってことがバレてる・・・?穏やかな表情のまましれっと悪態と言うか私のプライベートについてのセクハラ発言が・・・えぇー?

「かといってクラインと同じ間抜けのままでいるのは年長者としては面白くないんですよね」

 先生はセクハラ発言が嘘のように穏やかに微笑んでいる。良くわからない発言だけどヴィンセントのことまでこきおろしてるし、どうしたんですか?

 戸惑う私にくすりと笑うと先生は何かを諦めたかのように寂しそうな顔をした。

「ですが、貴方には遠回しの表現では伝わらないようですしね・・・」

 ???
 私今なにか学問的な問いかけをされていた?そりゃわかり易い授業じゃないとよくないとおもいますよ。学園には比喩暗喩を使いすぎて良くわからない授業をする魔法学の先生がいらっしゃいますから。でもエルフ先生の授業は私はわかりやすいと思ってたんだけど。テストも悪くない点数だったし。魔力量だけは如何ともし難いから、実技は良くないけどそれ以外は学年5位までに入ってますよ?

「その顔、やはり分かっていない」

 そうひとりごちた先生は私をもう一度見つめた。

「エミー目を閉じて」

「何故でしょう?」

「いいから目を閉じて、先生の言うことを聞けないんですか?」

 少しからかうようなその口調にいつもとなにかが違う気がして納得はしていないけれど言われたとおり目を閉じる。


 すると先生の指らしきものが私の顎をそっと、しかししっかりと捉えて上を向かされた。

 ん?

 急に近くに森の香りを感じた私の唇にやわらかな何かが重ねられ、すぐに離れた。

 ん?

 目を開けると至近距離に森の緑があった。

「男の言うことを何でも聞いているとひどい目に遭いますよ」

 ふふふ。と軽く笑いながら私の頬を撫でる先生の指が冷たくて意識がそちらに集まる。
 パクパクと声にならない言葉を紡いだあと、

「だって・・・先生、なのに?」

 やっとのことで声を絞り出すとこの状況が先生と生徒のものではないと改めて自覚した。

 こ、このままでは色々良くない!!

 身を引こうにも椅子の背もたれが邪魔してせいぜい5cm距離を取れた程度で止まってしまった。

「もうすぐあなたの教師ではなくなります」

 更にのしかかるように身を寄せられて椅子の中に閉じ込められる。
耳元でささやくような声に乗せられた熱量と切なげな眼差しは先生の意図を誤解のしようがないほど明らかにする。

「種族が違うと色々とまずいかと」

 必死に顔をそらして椅子の中で更に身を縮める。

「貴方の側にいられるならどんな苦難でも乗り越えましょう」

「私のほうがずっとずっと先に死ぬんですよ」

「貴方が死ぬ時に私も死にます」

「それっって結構重いというか」

「長い時をすごすエルフ族にとって一番おそろしいことは何か分かりますか?」

 ?

「手を伸ばせば変えられる事を看過した後悔を抱えて長い年月を生きていくことですよ」

 気がつけば先生は私の足元にひざまずいて私を見上げていた。

「私をそんな間抜けな男にしないでください」

 ひっしに肘掛けを掴んでいた私の右手がそっと外されて、先生の冷たい手に包まれた。

 そのまま何も言わない先生と私の視線が絡み合ったけど動けないまま静かに時が過ぎていった。

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