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16 バラ園にて

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  満面の笑みのカイルさんに連れられて庭の奥へ奥へと二人で歩いた。庭の中央に設置された噴水からは水が高く上がり陽の光をうけてしずくがキラキラと輝きながら落ちる。爽やかな風に暖かな陽の光。上背のあるカイルさんと私が歩を進めると所々でお仕事中の庭師さんを見かけた。

 傍から見れば何の変哲もないお庭デートだ。が、気がついてしまえばカイルさんの香りに揺り起こされた熱が静かに体の奥にあることをもう無視はできない。いたずらな指先から、腰に軽く当てられた手の平から鈍くしびれるような何かが伝わる。それは確実に澱のように体の奥に静かに積み重なってもっと強い確実な形を欲しがっている。

 時々私の顔を覗き込むようにしながらこの庭園は先々代の奥様が故郷を懐かしんでわざわざ南国の木々や植物を取り寄せたんだとか、その植物たちは冬季にはガラス張りの温室に運ばれて冬を超すだとか説明してくれるんだけど、その間に何度もこめかみや頬に軽いキスを落とされ、耳元で囁かれてどうにか気をそらせようとしている体の奥の物欲しげな熱に再度熱を注がれてしまう。

「りっぱなお庭ですね」

 油断するとすり合わせてしまいそうな足を何とかすすめながら言うとお砂糖をふりかけた優しい目で

「私と結婚した後は好きに変えてもらって構わないよ」

 と囁かれて、私の足は機能停止した。

「その結婚の話ってさっきから何のことなんでしょうか?」

 ぎ・ぎ・ぎっと音がしそうな首の動きでカイルさんに顔を向ける。さっきもお手々すりすり甘々攻撃で忘れてたけど、私は話を聞きにここに来たんだった。光の女神役なのかエロエロ魔力コンバーターだかわからないけれど、私の年が18歳になったことと結婚のことの因果を説明してもらわないと。

「そうだね。じゃあバラ園のあそこで話をしようか」

 少し先には満開のバラのアーチの下にベンチがあった。そこに座れば全方向に咲くバラを堪能できるように設計されているらしい。こんなにたくさんの花々を世話するなんて庭師さんも大変だわ。と考えながら更に歩く。

「さ、ここに座って」

 そう言って私を案内するカイルさんは男性なのに満開のバラを背負っても負けてない神々しさで、ちょっとまたわたしのポンコツボディがキュンとした。

「さ、まずはどうして君が18歳になったのが問題だったかということから話そうか。わからないところがあったら止めてくれる?」

 むせ返るバラの香りになんだか頭がぼうっとしてしまう。コクリと頷いて同意を示す。

「通常は魔力量の多さは血筋に大いに左右される。学園で学んだならそのくらいは知っていると思う。成長するうちに魔力量は増えるが、成人近くなるとそれが増えることはほぼない。つまりエミーの魔力量は今のままでは頭打ちだ」

 わかるかい。というように見つめられる。

「はい。私の魔力量は学園でも入学許可のラインギリギリだったはずです」

「光の女神役は毎年祭りのたびに選ばれているが今年は7年ごとの大祭の年だから、ただの祭りではない。女神からの神託で光の女神役は選ばれることになっている。通常はまあ有力者のコネとかで決められているけれど、大祭の女神役は女神からの神託で選ばれた女性が光の女神をする。これを守らないとおそろしいことが起こる」

「おそろしいこと・・・?」

「どうしても自分がやりたいという隣国の姫が選ばれたこともあったんだけど、その姫が祭壇に祈りを捧げている時に神罰で枯れ木のような老婆に変えられた末に死んだんだそうだ。まあ昔の話だから話半分でもいいとは思うけれど。その他にも雷に打たれて死んだとか。姿が見えないくらいの闇に包まれたと思ったら死肉にたかるハエだったとかね。」

「枯れ木・・・雷・・・ハエ・・・」

 哀れな結末を迎えたのは美貌自慢の少女たちだったはずだ。まさかそんなおそろしい目に遭うなんて、知っていたら誰もお祭りの際の光の女神役に立候補なんてしない。お祭りが近づくたびに選ばれたいとウキウキと自分磨きに精を出していた女性たちを思ってめまいがした。

「だから神託に背くことはここ100年ほどはなかったんだ。だがどうしても今年の光の女神をやりたいという命知らずな女性が現れてね。おまけに王家もその女性を押している。誰がそんな事を言いだしたか、君なら分かるんじゃないかな?」

 そう言ってカイルさんは私の頭を撫でた。頭の中が、カラカラに乾いたミイラや死肉にたかるハエでいっぱいでどうやら息を止めていたみたいで、軽い頭痛がした。

「王家が絡むということは・・・聖女様ですか・・・?」

 外れてほしいなと思いながら出した答えは肯定された。

「そう。国を救った王国歴史上随一の聖女、アストリア様。君の友達アーティだよ」

 その言葉には棘を感じられた。カイルさんが声が何故そんなに皮肉げなのかわからなかったけれど、背後のピンクのバラは私にアストリアの髪の色を思い出させた。

 ふわふわとしたピンク色にも見えるブロンドの髪に輝く金色の瞳。女性らしい細い小柄な彼女は第二王子に恋をして毎日キラキラと輝いていた。今頃第二王子との婚約式に向けて宮廷マナーのおさらいに追われている彼女がなぜまた光の女神をやりたいというのか。エルフ先生の一件でも分かったけどアストリアは必要以上の努力は惜しむ子だった。

 なんでまためんどくさそうな神殿の儀式マナー一式覚えなくてはいけない光の女神をやりたがるのか腑に落ちない。

「本来の光の女神の神託は既に下って神殿側での大祭のための準備も動き出している。神託で選ばれてない聖女様を光の女神にして万が一にでも死なれてしまえば神殿側にも王国側にも一大事だ。だが彼女はどうしても私がやらなくちゃの一点張り」

「聖女アストリア様がなさりたいなら何かわけがあるのでは?」

「さぁ、大役をこなして第二王子妃としてのハクをつけたいのではと私達は見ているけどね」

 カイルさんが私の顎のラインをゆっくりとなぞる。その指先からまたチリチリと電気信号が飛ばされているようでドキリとする。

「そこで大事な我が光の女神の話なんだが、大祭での祈りに必要な魔力保持量が足りてないのは事実。そこで彼女の魔力保持量を増やすためのクリスの苦肉の策が淫獣だったんだけどねぇ。まあさっき失敗したからもう一度淫獣と交わう方向で行くか。もしくは別の地道なアプローチをしなくてはいけないわけだよ」

 そう言って私の瞳を覗き込むアメジストの瞳は真剣だった。

「淫獣とまじわうのと私とまじわうのどっちがいいかな?」

 え?その二択ですか・・・?ってか神託で選ばれたの、私?

「さっきも言ったようにエミーがトロトロで触ってくださいって言うまで無理強いはしないと誓うよ」

 カイルさんはニヤリと冗談めかしたけれど、急にヒデュンナハトの香りが濃ゆくなった気がしますよ。
 この人、やる気まんまんじゃん・・・
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