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ほしいのは全部

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リヒトが部屋に戻るとゲオハルトは部屋の外に続くテラスにいた。
 どうやら侍従が屋敷に彼のものを取りに行ったのが間に合ったようだ。辺境伯として相応しい落ち着いた上着とズボンは彼の明るい焦げ茶の髪色に似合っていた。

 ゲオハルトは物思いにふけっているのかテラスの柵に斜めに腰かけて遠くを見ている。さみしげな横顔に私がそばにいて差し上げますわ。というご令嬢の一人や二人いたのではとリヒトは思うが、まぁゲオハルトがその気にならなかったのは幸いだった。

(さてと、初恋の人をしあわせにしなくては)

 リヒトの昨夜からの行いが一般的には初恋の人をしあわせにする振る舞いからは遥かに遠いということには本人は気づいていない。

 テラスへの扉を開くとゲオハルトは一瞬虚につかれていたがすぐにリヒトへと怒気のこもった視線を向けてきた。

「ゲオハルト身体の具合はどうかな?歩くのに支障はないのか?」

 リヒトがにこやかに微笑みながらそばに寄り腰を撫でるとゲオハルトの肩がはねた。

「あの程度なんてことはありません」

 ぶっきらぼうに吐き捨てられた言葉だったがリヒトから顔を背けるゲオハルトの表情を見てリヒトは心の中で喝采をあげた。

「食事はとったか?」

 更に距離をつめ耳元でささやくと今度はビクリと腰が跳ねる。

「いただきました」

 相変わらずリヒトの方を見ないがゲオハルトの耳が赤く染まっているのを見てリヒトの心は満たされた。

(羞恥心。わるくない)

「じゃあ中に戻ろう。書類にサインをしてほしい」

 リヒトはひらりと左手に持った書類をみせた。

「これは?」

「婚姻誓約書」

 その言葉に流石にゲオハルトがリヒトを見た。
 理解し難いと顔に書いてある。

「といいたいけれど愛人契約書だ。君の立場の保証だよ」

 さらに狂人を見る目をむけられたのでリヒトはニヤリと笑った。いたずらは成功だ。

「冗談だ。私との雇用契約書だ」

 まだ納得の行かない顔でゲオハルトはリヒトを見つめている。

「悪いが辺境伯としての肩書は私がいただくことになったからな。お前には私の補佐として働いてもらう。報酬面に関しては変化はない。王族をお前の下に置くわけには行かないのであくまで形式的なものだ。共にこの素晴らしい王国をささえていこうな」

 リヒトが言葉を重ねる度にゲオハルトの顔色が悪くなった。

「期限は?」

「期限?そんなものはないが?」

「昨日のような振る舞いをしておいて私を側に置く?屈辱を晴らすために殺されるとは思わないのですか?」

「思わないな。私はお前が思うよりお前のことを知っている。昨晩でもっとよく知れた。私なしでは生きていけなくなるのはすぐだと思うがどうだろうか?」

「……」

 顔を伏せたゲオハルトは沈黙を守った。

「それとも、もう、そうなっているのかな?」

「……」

 リヒトが正面に回り込みゲオハルトの顔を覗き込む。

「言葉に出来ないなら身体に聞くまでだ」

 リヒトは柵に両手を付きゲオハルトが抜け出せないように閉じ込めた。

 ゲオハルトがやっと顔を上げたが背の高さがほぼ変わらないので自然と二人の目線があう。

「なぜ、私なんですか?」

「初恋の人だからだよ」

「私は男です」

「椅子や机じゃないのだから構わないと父は言っていた」

「子は産めません」

「生まれたほうが面倒になる」

「貴方には他の人が相応しい」

「それは私が決めることだな」

「好きな人がおります」

「でも身体は私を受け入れているようだが」

 リヒトはゲオハルトの足の間に己の足を割り込ませた。彼の性器がリヒトの腰にあたる。しっかりと立ち上がったそれは隠すことの出来ない興奮を示していた。

「恥じることはないさ。身体から始まる恋もある。お前が恋しい人を忘れるときまで抱いてやる。心配するな」

 支配者の瞳がゲオハルトを見据えていた。
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