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三王子のひそひそ話

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王宮にはいくつかガラス張りの茶室があり隠れる場所がないので人払いをしてしまえば密談に最適の部屋だった。



 リヒトはゲオハルトに後ろ髪を引かれつつもそのうちの一つに足早に向かった。同父母を持つ兄たちだが手放しで甘えられるほどの仲ではない、待たせたくはなかった。



 普通の兄弟のようにいかないのは彼らと相対するとつい年上の叔母としての意識が出てしまうせいだろうとリヒトは自らを分析していた。また彼らも王族としての教育を受けている。それぞれ人でなしではないが甘くもない性格に育っていた。



 ガラス扉の前の騎士に扉を開けさせ入室するとすでに部屋の中で茶を飲んでいた夜色の髪の二人がリヒトの方を見た。



「おまたせしてすみません」



「いや、むしろよく来れたな」



 短髪でリヒトよりがっしりとした体躯の長兄エドワードが愉快そうに笑う。豪放磊落という言葉の通りの性格で叔母としてみても将来の王に相応しいのは彼だとリヒトは思っていた。



「あぁちょうど今お前は今朝は起きれないのではないかと話していたところだ。昨夜は随分と派手に楽しんでいたようだし」



 耳下ほどで切りそろえられた髪を耳にかけ直しながら次兄アルベルトがリヒトに意味深な視線を投げる。穏やかで優しい次兄だが今日ばかりは普段は年下の可愛げというものから無縁のリヒトをからかう機会を逃すつもりはないらしい。学問好きで視野の広いところが彼の美点であり王国を長兄が治めるときには宰相として活躍するだろうとリヒトの中の叔母が断じる。



「まさか、恋に溺れるほど子供ではないつもりです」



 鼻で笑ってリヒトも席につく。



 人払いがされているのを見てリヒトは自分で茶をカップに注ぎながら涼しい顔で兄たちに向かい合った。



「その落ち着きがおそろしいよ。頬くらい染めてほしいんだがな。この前18になったばかりだったろう。だから皆お前が良い王になると推していたんだ。いや、本当にお前が王位継承を諦めてくれてよかった。私はもとから王には向かないしな。お前が兄上を推せば私を推すものは居なくなるのはわかっていた」



 アルベルトはまだ兄の顔をしてさらりと言ったが三人の立場を確認するという心づもりでの言葉であったことは明白でリヒトも笑みを深くして応えた。



「兄上が賢王になられることは明白。外野が私達に争いをさせたくて色々噂をまいていたことは分かっています。兄上たちのお心を乱したことお詫び申し上げます」



 リヒトはこの兄たちが甘言に乗る愚か者でなかったことに心から感謝した。残念ながら前世の弟は貴族たちの言葉の毒にやられてしまったが、この分ならばゲオハルトと二人辺境で蜜月を過ごす間心配事はないだろうと思うと自然と笑みが漏れた。



「なに、お前がゲオハルトを手に入れてくれたんだ。国内で余計なことをしようとする奴らはしばらくはでないだろう。もちろん注意を怠りはしないがな」



「父上は当分お元気でしょうし。我らで国力を高めるための種まきに専念できますね」



「あぁ、いつ帝国のような戦好きが現れるともしれん。だがどうにも騎士たちの力不足が目立つのでな。平均値をあげるためにもリヒトが考えていた訓練を実施しようと思っている。父上には許可を頂いているからお前から騎士団長たちへ今日にでも伝えてくれ」



「わかりました。このあとに愛しの君を見舞ってから騎士団へ向かいますよ」



「いとし……まぁ好みはそれぞれだからな」



エドワードは複雑そうにうなずいた。



「しかしお前はよくあいつの顔が可愛いなんて言えるよな。歳だって父上より上だろう」



アルベルトは長兄よりも意外と遠慮がないなとリヒトは認識を新たにした。小生意気な弟の弱みを握ったつもりなのか、はたまた親愛の情が増したのか。この兄の変化も今回のことで兄弟の距離が縮まったからこそだと思えば愚かな貴族たちを褒めてやってもいいかもしれないとリヒトは思う。



「兄上達が知らないだけであれは可愛く笑うのですよ。さえずりも素晴らしい。私の小鳥の素晴らしさは私だけが知っていれば良いこと」



小鳥には迷惑な話だっただろうが熱と混乱の中自分に助けを求める姿が愛らしくてならなかった。リヒトは茶と一緒にゲオハルトの頬をいますぐ赤く染めたいという欲望を飲み下した。



「のろけるな。独り身にはつらい」



面白くなさそうにエドワードが言う。



「早くお決めになればよろしいんですよ。ご令嬢方が気の毒です」



王位継承権について三兄弟での合意が取れたのだ。そろそろ次代を考えなくてはならないのは三人とも分かっていた。



「未来の王妃だぞ。そんなに簡単にいかない」



「ま、その点私は気楽です。いとこ殿たちの中から選ばせていただきますよ。あちらももう悠長にしていられないでしょうしね」



三王子が独身だったので身の振り方を決めかねていた上流貴族たちの娘たちは今頃目を剥いているに違いない。優良物件が二人まとめて消えてしまったのだ、家格が低くても年上の相手ならばなんとか売り込めるのではとゲオハルトを狙っていた中流貴族の娘たちも少なからず落胆しているだろうな、とリヒトは思った。



「皆リヒトのことを狙っていたからな。お前うらまれるんじゃないか気をつけろよ」



エドワードはアルベルトを大げさに気遣うが閨の教師や媚薬は次兄の手配でも部屋や聞き耳を立てた貴族たちは長兄の差配だったことをリヒトは知っていた。



「それを言うなら兄上もですよ。私達がお膳立てしたと気づかれたら大変ですよ」



「そうか。そうだったな。気をつけようなお互いに。可愛い弟のためとはいえ逆恨みからさされでもしたらたまらない」



ニヤリとわらうエドワードは楽しげである。アルベルトもつられて笑う。



「兄上達が楽しそうで何よりです。私はそろそろ愛しの君を見舞ってきます」



リヒトは立ち上がった。侍従には頼んできたがゲオハルトがどうしているか気になってならない。



「今日もおそったりするなよ。いくら頑健だと言ってもものには限度というものがあるからな」



「昨日使った薬はしばらく使うなよ。薬なしで溺れさせてこそ男というものだ」



「私を盛りのついた犬のように言わないでください」



 冗談めかしてはいるが彼の視線が一瞬艶めいたものになったのを兄たちは見逃さなかった。



「盛りのついた権力者ほどたちの悪いものは居ないんだがなぁ」



 兄たちは弟の背を見送りながら頷きあうのだった。
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