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1.十一番目のランクS
しおりを挟む「コノエ・ハクヤ……。私が色々と調べ拝見する前は聞いたことも見たこともない名ですな」
力強く、そして経験を経てきた人間のように落ち着いた声音で流暢に話す一人の老人。
その正体は、世の心理を追求しその力を最大限に行使することができる【賢者】その人である。
賢者の眼前には、厚みのない六角テーブルが部屋の中心部に置かれている。
賢者が居座る薄暗い一室。
そこは六角テーブルが一つだけでそこまで広くはなく、壁紙など部屋の色は黒一色に染まっており会議室と呼ばれた部屋である。
その部屋には家具や物はなく、シンプルな作りになっている部屋ではあるがその素朴さの裏にはここにいる五人の影響か異質さが目立ち漂っていた。
先程まで静寂に包まれていた空気を破るように言を放った賢者。
賢者は一枚の書類とにらめっこしながら、興味深そうな視線を手に持つ書類の端に小さくみ貼り付けられた男の写真に向けている。
「質問。その男の経歴を教えてください」
賢者の次に空気の波に震動を加えたのが老人の向かいに座る小さな子供。
巫女服を纏った紫色の髪を持ち、年齢にそぐわぬ大刀を両手で握っているため、違和感は隠しきれず只者ではない雰囲気があるれ出ている。
その正体は、盲目の【剣姫】天宮・可憐。
彼女は生まれつき身体が弱く、両目を開けて物を見る視界を広げることが叶わないいたいけな少女。
余りにも剣士としてのハンデは大きく、相手の剣が見えなければ避けることも受けることもできない。
剣の道で大成するのは不可能に近いというほどの重い枷が幼き小さな身体に縛られていた。
しかし、少女は剣の道を諦めなかった。
身の周辺の情報収集約8割を占めるのが人間の目というもの。
であれば目以外で周りのことを知れる感じ取れるものを成長させればいいと可憐は3歳の時に思った。
それは耳。気付いた時には可憐はすでに行動しており、全神経を研ぎ澄まし目から耳にシフトし、6年という長い歳月をかけて極限にまで研ぎ澄まされた地獄耳を持つことに成功した。
唯これは誰にでもできるわけではなく、才の無いものはスタート地点にすら立てない。
可憐がやったやり方では本来使う約8割の目の負担を耳のみに集中しなければならない。
最悪情報量に耐えきれなくなった耳が壊れる危険性があり、耳に集中するだけでは可憐の今のレベルであり最終極限である風の流れを把握しきるのは不可能。
だから人々は可憐に憧れはすれど同じことはしない。
挑戦しようというその気持ちは無意味。皆それが試んだところで無謀であり無駄だと分かっているからだ。
今可憐が感じるもの、情報の源である風。
風にはあらゆる音が流れている。
大雑把にいえば自然の音、大地の揺れの音、人間が出す音。
それら全てを把握しきれることができれば目が見えなくても一流以上の剣士になることができる。
可憐は血のにじむ努力と才能で【剣姫】と呼ばれるまでに成り上がり、そして普通の人間では会得することが不可能とまで言われた心音流を習得した。
身体が弱いことや目が見えないにも関わらず、この場にいる最強たちに肩を並べられるその異常さは、軽く人間を辞めているようで15も満たない可憐に恐れを越した畏怖を感じる。
「やはり気になりますかな」
「愚問。気にならない方がおかしいというものです。貴方の目に見えている者の履歴書が私達の所に上がってくるとなればその者はこの世界の最重要人物ということ。気にならない方がおかしいと言えるでしょう」
「ほっほっほっ、確かにそうですなぁ。儂ら神天五剣の目に通る者は全員規格外ばかり。そう、まさにここに来るまでの儂らの時と同じですな」
愉快に笑う賢者。
意図するものなのかは定かではないが、賢者が口を開けば自然にゆったりとした雰囲気になってしまう。
最初のピリッとした空気はどこに行ったといわんばかりに緊張感が薄れてしまった雰囲気に水を差すようなタイミングで自信に満ちた強い声音が賢者の言葉を遮った。
「長い!長いぞよ賢者!尺ばかり食わんとはようせい。気になって仕方ないわっ!」
嬉々とした様子が垣間見えるワクワクとした声音を発するのが可愛らしい愛らしい顔をした女性。
均一揃った前髪と腰まで長く伸ばした青髪。
白いマントを首から下げ、色を揃えるように外套や手首まで覆われた手袋も白に統一されている。
片手剣を腰に下げた彼女も神天五剣の一人である。
瞳にキラキラとした菱形マークを宿したその仕草は、玩具を買い与えられた子供のようにはちゃらけたものであり、それだけみれば誰が彼女が神天五剣の一人だと予想がつこうか。
「まぁ、まぁ。少し落ち着いてはどう?Ms.リリナ?」
リリナと呼ぶはすれど子供をあやすように優しく声をかけるのが素朴な格好をした美少年。
埃が所々ついて布の端も破けており見るからに貧困な村人にしか見えない格好で、泥臭い地味な服装とイケメンな容姿とは相見えない違和感がある。
しかしひ弱そうな外見とは裏腹に彼の持つ剣の腕は最上位のものであり、舐めてかかればそこで運の尽き。
一瞬にして五体満足残すことなく切り刻まれるだろう。
「何と言うとるんじゃ【剣聖】ブレイブよ。わざわざ忙しい我らが、わざわざありえんほど遠い辺境にあるこの部屋にまで足を運んだのじゃ。先伸ばす方が愚息というさな!」
「だからといってはしゃぎすぎだと思うけど?リリナは可愛い女の子なんだからあまりはしたないことをしちゃダメだよ?」
「ぐぬぬ。恐ろしい男よ。この人垂らしめ!その顔でそんなこと言われたら黙るほかないではないか……」
白いマントをつけた女性およびリリナは、頬を赤く染めて腰を下ろした。
照れ隠しのつもりか、腕を組んで剣聖およびブレイブの方に顔を向かなかった。
「騒音。全く、いつも貴方が騒ぐばかりに無駄で必要性の感じられない時間を過ごしてしまいます。時間は有限なのですからもう少し有意義な使い方をされてはいかがですか?」
「なんじゃと?今なんと申した?世に名高い仙明流を極めたこの妾に意見を言うたか?聞き間違いかの?」
リリナの表情が般若のように強張る。
「はいはい、終わりだよ。ここで喧嘩をするのは勘弁してね二人とも。今は彼について情報を共有しなくちゃならないからね」
険しくなった雰囲気をいちはやく察知したブレイブが、すぐに間にはいり曲がりに曲がった話筋を元に戻す。
「ほっほっほっ、若い者は元気で羨ましいですな。まぁそれはともかく、この男、コノエ・ハクヤについて履歴書の内容と事前に調べた情報を述べますぞ。ローデワイス・キスリラ、貴方もよろしいですね」
「構いません」
賢者が視線を向ける先に映る一人の女性。
肩まで伸ばした艶やかな黒髪をもち、美少女という名に相応しい容姿。
引き締まり華奢な体躯は幼さが残るものの、そこに一切の隙はない。
彼女の名はローデワイス・キスリラ。
かつて、世界最強の剣士と謳われたローデワイス・アリスの娘である。
その強さは折り紙つきで、世界初となるランクSSの称号を力の使い方を知ってから僅か1ヶ月で手にしたことにより、母よりも強いと認識され今では真の最強と言われている。
日本人を彷彿させる黒い瞳は、胸中にある意思を読み取ることは不可能な程何を考えているのかわからない『無』を感じ、気づけば引き込まれそうになる魅了と深く黒い深淵を宿す黒焔。
強者の風格を感じさせる何かを持ちながらもその顔面は常に無表情。
会話するときも表情を作ることはない。
「分かりました、では始めます」
「漸くぞよ!」
「コノエ・ハクヤ、17歳。16歳の時にランク試験を行い圧倒的な力を見せつけ、歴代11番目となるランクSを獲得」
今までランクSとなった者は10人しかいない。
つまりコノエ・ハクヤは新たに歴史のノートを書き換え加えたということになる。
しかも16歳という若さでSランクとなっている。
その事実は世界を震撼させるレベルの報であるはず。
それにまだ世には出回っていないが人々の驚く光景は想像に難しくない。
しかし、ここにいるのは規格外の者たち。
彼等にとっては16という歳でランクSとなった事など驚愕に値しない。
だがこの情報を聞いて、驚愕はしなかったが納得する者がいた。
「理解。なるほど。それならばその男の情報がここまで行き渡るのも分かります。ですが、それは私たち全員が集まらなければならない程のものですか?」
「うむ。アホ剣姫の意見に乗っかるわけではないが、確かにおかしいぞよ。新たなSランクが増えたことは確かに重要。しかしその程度なら賢者だけ知っておれば後から伝聞か何かで事足りるというものよ」
「僕もそう思う。言っていいか分からないけど僕らも暇じゃないし軽々しく強制会議しないでほしい。今にも魔物によって命の危険にさらされている人がいるかも知れない。僕はその程度の経歴が一人の人間の命より大事だとは到底思えないな」
「……同感です、私も暇じゃない。それに今後、新たなSランクが出現した程度で私を呼ばないでください」
神天五剣を取り巻く空気がずっしりと重くなる。
予想より内容の薄い男の経歴に皆眉間に皺を寄せ、特に正義感の強いブレイブは先程までと同様穏やかな表情ではあったが、苛立ちが見え隠れしていた。
「ほっほっほっ、まだこの男の話は終わっとらんよ。次の情報欄、これは流石に驚くと思うぞ?実はなこの男、神力適性があるのじゃ」
「「「────!?」」」
突如重苦しい空気が、賢者の一言によって緊迫したものへと変わった。
「お、おい賢者。おぬし今なんと言った……」
「だからこの男は神力適性があるのじゃよ」
「そ、それは本当ですかMr.賢者!」
「そうじゃ」
「不可能。ありえません!神力適性それはすなわち────」
世界最強レベルの強い力を持つものたちが、こぞって狼狽したかのように慌ただしい様子へと変貌している。
ただし例外が一人、既に履歴書や情報に眼を通していた賢者を抜いて静かに佇む少女、他のものとは違い平常心を保ち続ける最強がいた。
その視線の先は賢者が手に持つ履歴書に貼り付けられた写真。いや、正確には写真に映る男。
顔は整っているがどこか気怠そうで、パッとしない表情を持つ男。
歴史上11番目に出現したランクSの力を持つ男。
神力適性を持つ男。
おそらくまだ賢者の話は終わっていない。
途中帰ろうかと思った矢先、初めて眉がピクリと動き興味が湧いたもの、それは男が神力の適性があるというもの。
「……コノエ・ハクヤ。神か悪魔か……貴方はどちらでしょうか」
最強剣士の興味は災難な男、コノエ・ハクヤへとロックオンされた。
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