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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)

気付いたら身体が動いていた

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 頭で考えてからの行動ではない。
 ラッドレン殿下を助けたい一心で、気付いたら身体が動いていた。

 でも私が一歩踏み出した、その時。
 聞こえてきたのは、おびただしい蹄の音。

 音のする方へ視線を向けたら、騎士たちを従え先頭で馬を走らせこちらへ向かってくるネイブルの姿が見えた。

「ラッドレン、騎士団の準備が整う前に勝手に走りだすんじゃねぇ!」
「すまないネイブル。気付いたら身体が動いていた」

 馬を走らせながら叫ぶネイブルに、剣を振りながらラッドレン殿下が答える。

「マーコット、ミーネとサフィニア嬢が誘拐されたという知らせはどういう事だ! 俺らがいない間ふたりを守れと事前にラッドレンから言われていただろう!」

 ネイブルの大声に対して、私の隣で肩をすくめたマーコット様。

「僕は殿下やネイブルと違って強くはないからね。目印に道へ香り玉を落とし続けて、クルルを王城に飛ばして知らせただけでも偉いと思ってよ」
「ああ、助かったぞマーコット。おかげで間に合った」
「ラッドレンが剣で応戦してんじゃねぇか。少なくとも騎士団が間に合っているようには見えねーぞ!?」

 それからはあっという間の出来事だった。
 王立騎士団の屈強な騎士たちが、ジョハン様側の者たちを捕まえ縛りあげていく。

 涙で滲む視界で、騎士たちと共に剣を振っていたラッドレン殿下を見つめる。
 何か喚いているジョハン様とイニアナ様、そしてココットル様も拘束された。

 それを見て安心したのかもしれない。
 腰が抜けたみたいに私はヘタリとその場へ座り込んでしまった。
 すぐ隣では、薬のせいか熱を帯びたように苦し気な呼吸をしているサフィニア様も座り込んでいる。

「ふたりとも大丈夫?」

 頭上からマーコット様の声が聞こえる。
 離れていたけれどその声に反応したのか、ネイブルの隣に立つラッドレン殿下がこちらを見た。

 そしてすぐに、こちらへ向かって走り出した殿下。
 私の隣で座り込んでいたサフィニア様も、同じタイミングで立ち上がりラッドレン殿下の方へ走り出した。

「怖かっ、た……っ」

 媚薬が効いて本来なら喋るのもつらいはず。
 でもサフィニア様は、好きな人を思う気持ちで必死に身体を動かしているに違いない。
 ラッドレン殿下も、サフィニア様に向かって走ってきている。

 愛し合う二人が、お互いの存在を求めて駆け寄って行く姿はまるで恋物語のワンシーンのよう。

 このあと、ふたりの抱擁が……ダメッ!!
 見たく……ない……っ

 座り込んだまま両手で顔を覆い、ギュッと目を瞑る。

 少しの時間をおいて、ムギュッと誰かに抱きしめられた。

 覚えのある感触に驚き思わずバッ、と目を開ける。
 私を抱きしめる人の肩越しに、サフィニア様に抱きつかれ手の行き場に困り慌てているネイブルの姿が見えた。

 耳元で聞こえてきたのは、絞り出すように少し掠れたラッドレン殿下の声。

「無事で……よかった……。好きだ、ミーネ……伝えずにいて、後悔したくない。愛している、ミーネ、俺の最愛……」

 私もラッドレン殿下を愛しています、と伝えたかったけれど涙がボロボロ零れてしまって声が出てこない。
 言葉の代わりに、コクコクと何度も頷いた。

「ネイブル、これあげる!」

 ラッドレン殿下に抱きしめられている私の横で、何かを投げたマーコット様。

「ぅわっ、何だよッ!」

 パシ、と片手でそれを受けとったネイブルへ向かって、マーコット様が声をかけた。

「サフィニア媚薬飲まされちゃったから介抱してあげて。ネイブル、よろしくね!」
「んぁ!?」
「それ、フォトウェル商会が所有している宿屋の鍵。商会の隣の建物で最上階。いい部屋だよ、防音もばっちりだから」
「ぉぉおいっ、マーコット、俺に宿の鍵なんか渡してどうしろって言うんだよっ!?」

 自分を抱きしめているサフィニア様に触らないようにしているのか手は宙を彷徨い、ネイブルがあたふた動揺している。

「媚薬飲んだ時の解消方法くらい、騎士なら知ってるだろ?」
「はぁ!? 知ってっけど俺なんかが、サフィニア嬢の身体に触れていいわけないだろうが!」
「ネイブルしかいないんだよ。ね、殿下もそう思うだろ?」

 私を抱きしめながら少しだけ顔をネイブルの方へ向け、ラッドレン殿下が答えた。

「ああ、ネイブルにしか頼めない」
「んぁ? どういう事だよラッドレン!」
「それはサフィニア嬢本人から確認してくれ。でもまずは、サフィニア嬢を楽にしてあげるのが先だ。かなりつらそうだから早く出発した方がいい」
「っ、くッ……、サフィニア嬢、宿まで馬を飛ばすぞ! 振り落とされないよう俺にしっかり掴まっててくれ」

 片方の腕でサフィニア様を抱きかかえ、ひらりと馬へ乗るとネイブルは自分のすぐ前にサフィニア様を座らせた。
 そしてサフィニア様の細い腰へ腕をまわしグッと抱き寄せると、ネイブルはもう一方の手だけで見事に手綱を操り馬を走らせこの場をあとにする。

 その場にいたほぼ全員がネイブルとサフィニア様の方を見ていた。

 私がその人物に気付いたのは、本当に偶然。

 今まで隠れていたのか、大きな木の陰から突如として現れたサーゼツ伯爵。
 彼は短剣を両手で体の前に構えたまま、低い前傾姿勢でラッドレン殿下の背中へ向かって突進してきた。

 殿下を守ろうと、身体が勝手に動いてしまう。
 私が何かしようとしなくても、ラッドレン殿下なら不意の攻撃だってかわせたはずだから私はジッと動かずにいればよかったのに。
 気付いたら身体が動いていた。 
 何があってもおとなしくしていて、とマーコット様が私に言ったのは、こういう事態を心配してのことだったのかもしれない。

 私の視線の先に気付いたのか、ラッドレン殿下の目が一瞬見開いたのが分かった。

 ラッドレン殿下を庇おうとした私を庇うように殿下の身体が動く。



 ザシャッ、と嫌な音がして、ラッドレン殿下の身体から血が飛んだのが見えた。





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