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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)

真実とは

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 証人として現れたグロウドリック王国の男性は、左右をこの国の騎士に挟まれ議場の端で立っている。

 タジェロン様は元いた席へと戻り腰をおろした。
 それを確認したラッドレン殿下が、再び話し始める。

「男の身柄はグロウドリック王国からフレイツファルジュ王国へ引き渡されています。また、犯罪にかかわった者について真実を語ることを条件に、証人の罪は軽減する旨を交渉済みです」

「証拠があり、証人までいるのであれば言い逃れはできませんな。ケンバート公爵、潔く宰相の職を辞任なさったらどうです?」

 言葉を発したキラエイ公爵へ、父が向ける視線は鋭くて険しい。
 そんな父と目が合うとキラエイ公爵は鼻で笑った。

「しかも妃殿下まで犯罪に加担しているなんて。やはり蛙の子は蛙という事ですかな」

 心なしか嬉しそうなキラエイ公爵の声。
 父が辞任したら、おそらくキラエイ公爵は第二宰相へと地位が上がる。

 ご子息のジョハン様が留学先から戻られた際に開催した夜会でも、招待客の身分を気にされていた方だもの。
 通常、在任中に宰相職の序列が変わることは無いから。
 今より格が上がり第二宰相となる事は、キラエイ公爵にとってこのうえない喜びであるに違いない。

「キラエイ公爵、陛下に許可されていない発言は控えてください」
「ラッドレン、皆の忌憚の無い意見を聞きたい。この件に関しては発言を暫し許可する」

 キラエイ公爵へ苦言を呈したラッドレン殿下に対し、陛下が止めに入った。
 味方となる後ろ盾を得たとばかりに、キラエイ公爵は嬉々として話し続ける。

「陛下、今からでも遅くはありません、私の娘のイニアナは学園を卒業し結婚できる年齢になりました。しかも現在はギフティラ学院で生徒会の役員を務めるなど、王太子妃となるのに相応しい資質も備えております」

「キラエイ公爵」

 刃の様な鋭さを感じさせる父の声が、キラエイ公爵を咎めた。

「陛下が発言を許可されたからといって、今はそのような事を話し合う場ではありませんぞ」
「ぁぁ、これは失礼」

 軽くそう言ったキラエイ公爵は肩をすくめている。

 キラエイ公爵へ向ける父の眼差しは険しくて。
 お父様の強い怒りが伝わってくる。

 それで、気がついた。
 さっきの違和感の正体に。

 容赦しませんぞ、とラッドレン殿下に言ったお父様の声は怒っているように聞こえたけれど。
 その目には怒りの感情が見られなかったから、心にひっかかったのだと。

「ではこの後、証人に尋問を行いたいと思います。……ですがその前に、ひとつだけ確認させていただきたい」

 告げながらラッドレン殿下の視線が、ゆっくりと動いていく。
 宰相三人の表情を、順に確認するかのように。

「先ほど申しあげた通り、この証人は『犯罪にかかわった者について真実』を語ります。……よろしいですね?」

「失礼ながらラッドレン殿下、証人の言う事がすべて真実だとは限りませんぞ」
 
 落ち着いていて低い、父の声が響く。
 タジェロン様のお父様――第一宰相のチェスター公爵は父の方へチラ、と視線を向けたけれど特に発言する様子はない。
 手に持つ羽ペンを軽く揺らすように弄びながら、キラエイ公爵が言葉を発した。

「ラッドレン殿下も証人の証言は事前に確認されているはず。そうですな、ラッドレン殿下?」
「はい、その通りです。確認しています」
「ケンバート公爵、それを聞いても、証人が信頼できない証言をすると言えますかな?」

 父は、ハァ、と小さくため息を吐き、目線を下げた。

「証言が信用できるものとご確認いただけたようですし、証人尋問を開始してもよろしいでしょうか」
「早いところ進めましょう、ラッドレン殿下」

 父の姿を眺め、含み笑いを浮かべながらキラエイ公爵がラッドレン殿下の発言を後押しする。
 
 そんなキラエイ公爵を一瞥してから、ラッドレン殿下は一枚の紙を広げた。

「証人には事前に、何事も隠さず真実を述べる旨、宣誓書へサインをさせています」

 殿下が今、宰相たちに見せた紙は宣誓書だったらしい。

「そのため証人は、断じて偽りを述べる事はありません。『犯罪にかかわった者について真実』を語ります……たとえ嘘の証言をするように、どれだけ金を積まれていたとしても」

 カタンッ、と何かが落ちたような小さな音がした。

 先ほどキラエイ公爵が手に持ち揺らしていた羽ペンが落ちたのかもしれない。
 隣に座っている第三宰相補佐が、落ちたペンを拾ってキラエイ公爵へ渡している。
 ラッドレン殿下が、キラエイ公爵の方へ視線を向けた。

「大丈夫ですか、キラエイ公爵?」
「ぁ、ぃゃ、失礼……、そうですな……先ほどケンバート公爵が言った事も一理あるかもしれませんな。宣誓書にサインをしたからといって、証言が信用できるとは限らないかもしれない」
「キラエイ公爵、なぜ突然そのような事を? 証人は、ケンバート公爵を告発した者が私に教えてくれた内通者です。その証言が信用できないとなると、それに関連して告発者が私に与えた他の情報も疑わしい事になりますが」
 
 ポケットからハンカチを取り出したキラエイ公爵が、額に滲んだ汗を拭いている。

「私は告発者と共に証人の証言を事前に確認しています。ミーネが証人の男とアールガード領で何度も会い、犯罪に加担していると。ただ、真実を述べると宣誓した後で、その証言はどう変わってくるのでしょうね」

「その事は貴方がよくご存知でしょう、ラッドレン殿下。娘は犯罪なんぞしていない」

 低く、落ち着いた父の声が、議場内に響いた。





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