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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)

鳩、犬?馬?

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 ――クルルッポー、ポー

 正確には、鳩に声をかけられた、かしら。

「マーコット様、今日はクルルとポーも一緒なのですね」

 新聞の編集業務も扱うフォトウェル商会は、かなりの数の伝書バトを飼育している。
 その中でも今マーコット様の両肩にのっているクルルとポーは特に優秀らしい。
 嘴に赤い点のあるクルルは王城へ、嘴に黒い点のあるポーはフォトウェル商会へ、どの鳩よりも先に文書を届ける事ができると聞いている。

「クルルとポーは僕に懐いているからね、たまには一緒に出掛けないと拗ねちゃうんだ。ぁ、そうだミーネ嬢ベルマリー嬢、これあげるよ」
「これは……何でしょう? とても綺麗ですね」

 コルク栓のついた小さな透明の小瓶。
 その中には、直径2ミリくらいの小さな丸い粒がたくさん入っていた。

 小さな粒は果物の味の飴玉が小さくなったような、透明感のあるとても綺麗な色をしている。
 中に入っている粒の色は瓶ごとに違って……私が貰った3つの小瓶は赤と橙色とピンク色。

「香り玉だってさ。今フォントデネージュ王国で流行っているらしいから、試しに仕入れてみたんだ」
「私もマーコットに貰って持っていますが、とてもいい香りがするんですよ」

 蓋を開けて部屋に置いたり手紙を書く時に封筒へ一粒入れてもいいと思います、と穏やかに微笑んでサフィニア様が教えてくれた。

 貰った小瓶を開けて匂いを嗅いでみる。
 赤はイチゴ、橙色はオレンジ、ピンク色は桃のとてもよい香り。

「他に寄る所があるから先に行くけど、せっかくだからサフィニアは女性同士少し話してからおいで。それじゃ、ミーネ嬢ベルマリー嬢、またね」

 そう言って私たちに手を振ると、宰相の詰所がある建物の方へ歩き出したマーコット様。

「おぅ、どうしたんだこんな所で。ラッドレンなら忙しいみたいで、もうとっくにタジェロンの所へ行ったぞ」

 マーコット様が建物に入っていくのとちょうど同じタイミングで、今度はネイブルに声をかけられた。
 騎士が身につけるズボンを穿いて、上半身は裸のネイブル。
 しっとりと汗をかいていそう。

 騎士たちは訓練が終わると汗をかいたシャツを脱いで上半身裸になっている事がよくある。
 訓練を見学する機会の多い私は、上半身裸のネイブルを見かけることも多いから慣れているけれど。
 訓練を見る機会が少ないサフィニア様はあまり免疫が無いのだろう、目を伏せて少し困っている感じがする。

「ネイブルは今まで訓練だったの?」
「ああ、少し休憩して、この後また訓練だ」
「それならどうしてここに?」

 額に光る汗を、ネイブルは腕でグッと拭った。

「タオル忘れちまって、詰所へ取りに行くところだった」
「ハンカチで、よければ……その、どうぞ……」

 おずおずとネイブルへハンカチを差し出したサフィニア様。
 いつもよりも声がかなり小さく、俯いたサフィニア様の手は微かに震えている。

 前から思っていたけれど、サフィニア様はネイブルの事が少し怖いのかもしれない。
 ネイブルは体も声も大きいし、話し方も遠慮のない所があるから。

「あー、いいよいいよ。こんな綺麗なハンカチもったいないから。俺が訓練で使ったら、すっげー汚れるぜ」

 ハンカチを握るサフィニア様の手を押し戻そうとしたネイブルの手を、さらにベルマリーの手が止めた。

「詰所へ行く時間ももったいないですし、ネイブル様、借りた方がいいですよ」
「ぁあ? でもなベルマリー嬢、きっともうハンカチとして使えないくらい汚れるぞ」
「もし汚れが落ちないくらい汚れてしまったら、サフィニア様に新しい物で弁償すればいいのでは?」
「俺は構わないけど……サフィニア嬢は、いいのかそれで」

 俯いたまま今にも消えてしまいそうな声で、はい、と答えたサフィニア様。
 やっぱり少し怯えていそう。

 ベルマリーに袖をチョンチョンとひっぱられた。

「ミーネ様、行きましょうか。私まだ犬に喰われたくないし、馬に蹴られたくもないので」

 ……?
 周囲に犬はいないし、馬が走ってくる様子もない。

 その、代わり。

「ごきげんようサフィニアお義姉様。……ぁら、誰かと思ったら王太子妃殿下じゃないですか」
「サフィニア嬢、もしかして私が今日登城すると聞いて、わざわざ会いに来てくれたのかい?」

 うしろの方から、イニアナ様とジョハン様の声が聞こえた。





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