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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)

クッキー

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 クッキーの焼ける甘く香ばしい匂いに包まれている。
 それだけでも幸せだけど。
 粗熱の取れたクッキーを一枚、口に入れた。
 完全に冷めてサックリした食感のものとはまた違う、口内でホロリと蕩ける温かな甘さに思わず笑みがこぼれてしまう。 

 よかった、美味しい。

 今は厨房の空き時間。
 朝食の片付けが終わり、昼食の準備まで使用人たちは休憩時間に入っている。

 今度また孤児院で慈善事業のバザーが開催されるから、私はそこに出品するクッキーを試作中。
 私の焼くクッキーは、慈善事業へ顔を出した貴族たちがこぞって買っていってくれるから。
 ありがたい事に毎回完売。
 なんでも王太子妃の焼いたクッキーという事で、手に入れると自慢ができるらしく貴族の間では人気があるみたい。
 王太子妃が作ったということ以外は普通のクッキーだし本当はもっと安価で販売して貴族以外の方達にも気軽に手に取って欲しいけど、たくさん寄付をしてもらえるのはありがたいし、少し複雑な気分。
 せめてもの思いで、開催場所の施設のみんなに食べてもらう分のクッキーはいつも販売用とは別に用意する。
 孤児院のみんなは、私が王太子妃であるかどうか関係なく、ミーネの焼いたクッキーを喜んでくれるから、すごく嬉しくて。

 今日練習で焼いたクッキーも、あとで孤児院に持っていく予定。
 そのための袋詰めを手伝ってくれていたベルマリーが、時計を見上げた。

「時間なので私はそろそろ行きますね。ミーネ様、もう一度焼きますか?」
「焼く生地も無くなったし、今日はもう終わりにするわ。タジェロン様がいらっしゃるのよね?」
「はい、殿下がいらっしゃるまで第二応接室でお待ちになるようです。お茶を淹れるように頼まれていて」

 第二応接室は第二執務室の隣にある王太子殿下用の応接室。
 第二応接室から見ると、隣に第二執務室、その隣に殿下の私室、さらにその隣には夫婦の寝室、というプライベートに近い場所にある。
 そのため殿下から信頼されている者にしか入室は許可されていない。

「タンジェロン様には先日生徒会の皆で会った時にお会いできなかったし、ベルマリーがお茶を持っていく時に一緒に行ってご挨拶だけしようかしら」
「それならクッキーも少し持っていかれたらどうですか。タジェロン様もミーネ様の焼いたクッキーは好きですから」
「そうね、そうするわ」

 ベルマリーがお茶の準備をする間、私はクッキー作りで使った物の後片付け。
 そして今回使わずに残ったチェリーを見て思い出した。
 お菓子作りをする時に落として生地に混ざったら大変だからと、イヤリングを外していたことに。

 赤い小さな飾りのついたイヤリングを、自分で両耳につけた。
 鏡が無いから上手につけられたか少し不安。
 曲がってないといいけど。





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