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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)

月明かりの中で

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《ン……》


 ……?
 ……何か……聞こえた??


《ぁ……》


 ??
 やっぱり……聞こえる?
 ほんの微かにだけど……
 女の人の声、のような……
 気のせい??


《ハ、ァ……》


 !?
 気のせいじゃないわ!
 なんだか……苦しそう……?
 あちらの方向から、よね……??

 暗い庭の方を見つめた。
 フレイツファルジュ王国第三宰相、キラエイ公爵邸の庭を。

 昼間なら、咲き誇る色とりどりの花々を眺めることができる庭なのだろうと思うけど。
 今は月明かりしかなくて、手前の方に見える花たちでさえ、どれもぼんやりとして同じ色に見える。

 どうしよう……

 チラ、と先程までいた公爵邸の大広間を振り返る。
 明るい室内で皆が歓談している様子が、暗い外にいる私の所からよく見えた。

 今夜はキラエイ公爵が、留学先のグロウドリック王国から戻ってきたご子息ジョハン様のために開催した夜会。
 私のように留学前の同級生だった者たち、そして二歳年下の私の弟のように帰国後のジョハン様と同級生になる者たちが招待されている。
 ジョハン様は今、私の同級生だった殿方たちと旧交を温めていた。
 私の夫も、その輪の中にいる。
 夫と離れたタイミングで、外に出てきた私。

 少し涼みに出てきただけなのに……

 もし庭で異変が起きているなら、放っておくわけにはいかない。
 でも、私ひとりで行って何ができる?

 誰か、呼んできた方がいいかしら……。

 だけど……
 人を呼んでいる間に、取り返しのつかない事態になってしまうかもしれない。
 誘拐とか犯罪絡みだったら……そうね、今すぐ確認しないと私絶対に後悔するわ。

 それに誰かを呼ばなくても……、きっと私からは見えないところに隠れて、護衛のひとりくらい常についているはず。
 王太子殿下と違って替えのきく立場とはいえ、曲がりなりにも私はこのフレイツファルジュ王国の王太子妃だもの。

 行こう!

 ドレスの裾を持ち上げ、意を決して暗い庭へと足を向ける。
 初めて入る、キラエイ公爵邸の庭。

 案内されていない敷地へ足を踏み入れる不敬は重々承知している。
 承知した上でこんな非常識な行動をする私が王太子妃なんて、皆に対して本当に申し訳ないけれど。
 心の中で、ごめんなさい失礼します、と何度も詫びながら声のする方へ歩を進める。

 音を立てないよう静かに、静かに。
 聞こえてくる声をたよりに、歩いていく。

 木の枝でドレスをひっかけないように気をつけないと……。
 王太子妃の私が着ているこの素敵なドレスには、国の税金が使われているのだから。

 大きな木の横を通り過ぎようとしたところで、前方の木の所に人影があるのに気がついた。
 慌ててすぐ横の大きな木に隠れる。

 一度深呼吸をしてから、そぉっと木から顔だけ出して、覗く。

 月明かりだけで暗いから、声の主についてはシルエットがぼんやりと見えるだけ。


 大きな木に向かって、頭を深く下げお辞儀をしている?
 いったい、どうしたのかしら……?


 月明かりの中、見えないなりになんとか状況を把握しようと目を凝らす。


 あ、お辞儀をしているのではなさそう。
 手を木について、倒れそうな身体を支えている、の……?

「もぅ……ダ、メ……」

 シルエットから聞こえてくる、若そうな女性の声。

 もうダメ?
 気分でも悪いのかしら??
 その体勢って、吐きたい感じ???
 それとももうすでに、吐いてる????


 さらに目を凝らしてみると、女性の腰のあたりを支えているような人影が見えた。


 あ、介抱してくださっている方が、もうすでにいたのね。
 よかったわ……。

「ダメ、じゃ、ないだろ……」

 男性、かしら……?
 ダメだと言っているのだから、体調の悪い女性にはもっと優しくして差し上げて。

 女性の後ろにピッタリとくっついて立っているような、男性っぽいシルエット。

 だんだんと目が慣れてきた気がする。

 あら?
 なんだか様子が、変……??

 ふたつの人影は、ゆらゆらと揺れていた。
 不自然な、動きで。


「くっ……ニア……気持ちいいか?」
「……ぁ、イイ……コット……」


 ????????
 ぱちゅぱちゅ??

 ぱちゅ、ぱちゅ、と水面を叩いているような音が微かに聞こえてくるような。

 何の音かしら、と答えを考えながらふたりの様子を観察した。





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