12 / 98
ラブコメ短編バージョン(※長編版とは展開が異なります)
*感謝*
しおりを挟む(本編最終話直後、城からの帰りの馬車にて)
「どうです、この後うちで話をしながらお茶でも。ミーネ嬢の焼いてくれたクッキーもありますし」
タジェロンの提案に同意しつつも、ネイブルは眉を寄せた。
「ミーネの奴、悪阻でつらいのに無理しやがって。ただでさえ王太子妃がクッキーを焼くなんてとんでもない事なのに」
「僕たちがミーネ嬢の作ってくれるクッキーが好きだって知ってるからね~。ミーネ嬢は学園にいた頃から自分の事より人のことを優先しちゃうから」
柔らかい眼差しで、マーコットが馬車の窓から空を見上げる。
「いや、学園にいた頃からじゃない。学園に入る前からだ、あいつは」
マーコットと反対側の窓から青く澄み渡った空を見上げ、ネイブルは小さくため息をついた。
タジェロンの部屋、明るい窓際に配置されたテーブルの上に三人分の紅茶とミーネの焼いたクッキーが並ぶ。
窓際の席に座り、幸せそうにクッキーをほおばるマーコット。
「ん、美味しいね♪」
「美味いな……」
ポツリと呟いたネイブルを、タジェロンが横目でチラリと見た。
「ネイブル、貴方はこれでよかったのですか?」
ちッと舌打ちをするネイブル。
行儀が悪いですよ、とタジェロンに窘められてもう一度舌打ちをした。
「ラッドレンがまわりからせっつかれて側室を迎えるようなことがあれば動こうと思っていたが、あの様子ならもう俺の出番はないだろ。お前こそよかったのか、タジェロン?」
「何のことでしょう?」
ふふ、とマーコットが悪戯っぽい顔で笑った。
「ふたりとも、殿下に負けず劣らず拗らせてるよねー」
「お前が言うな、マーコット」
紅茶にポトポト角砂糖を入れるマーコット。
入れすぎですよ、とタジェロンが窘める。
「僕はいっそのこと拗らせ続けて、殿下とミーネ嬢に娘が生まれたら狙おっかなー。ミーネ嬢に似ている可愛いお姫様なんて最高だね♪」
「本気ですか?」
「あははー、冗談だよ、冗談♪」
「お前が言うと笑えねぇ」
お互いの近況を話したあと、学園時代の思い出話に花が咲く三人。
気がついたら、紅茶の入ったカップもクッキーの載った皿も空になってからだいぶ時間が経っていた。
「そろそろお開きにしましょうか。ふたりとも忙しいでしょう?」
「今はタジェロンが一番忙しいんじゃないの? タジェロンの事だからきっと、殿下がミーネ嬢と一緒にいられる時間を作るために裏でいろいろ動いているんでしょう? 頑張り過ぎちゃダメだよ」
「無理するなよ、タジェロン。俺にできる事があればやるから」
ふたりの言葉に、タジェロンは心の中で感謝する。
将来の宰相候補と周りから期待の目で見られ常に努力を強いられる立場の者にとって、無理してまで努力し続けなくてもいいと言ってくれる友人の存在は貴重だ。
本当にありがたい。
素直に甘えられず、愛想のない言い方しかできないけれど。
「ではネイブルは、城の警備ついでに危険箇所の確認をお願いします。妊婦といずれ生まれてくる子どもが危ない目に遭わないように。城は広いですからね、大変ですよ」
「いきなり人使いが荒いな。ちッ、わかったよ、やるよ」
ふたりの様子をニコニコしながらマーコットは眺めていた。
なんだかんだ言っていても、ふたりの優しさが伝わってくるのが嬉しい。
「僕はミーネ嬢が楽できるように、子育てで役に立ちそうな品物の開拓しよーっと」
「そうだな、ミーネのことだから自分で子育てするとか言いだすだろうし」
「母親の負担が減るような品が、たくさん見つかるといいですね」
侍女が食器を片付けてテーブルの上がきれいになった。
ネイブルとマーコットは上着を羽織り、帰り支度をする。
部屋を出るためにドアのところへ着いたところで、タジェロンがふたりを振り返った。
「そうそう、大事なことを言い忘れるところでした。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます」
「ああっ!? なんだよ急に改まってお礼なんて。いいよ、お前の話に付き合うのなんてよくあることだろ」
タジェロンがネイブルを一瞥する。
「別にネイブルに言ったわけではありませんよ」
「えー、じゃあ誰に言ったの、僕?」
ふ、とタジェロンが小さく微笑んだ。
「誰でしょうねぇ」
「ちッ、よく分かんねぇけど俺も話を聞いてくれて感謝してるよ、ありがとな」
「では、またお会いできるのを楽しみにしていますよ」
表に出て迎えの馬車に乗る直前、ネイブルが何かを思い出したような顔をした。
「そういえば、ラッドレンとミーネもお礼を言っていたな。直接伝えられずに申し訳ないって」
「私にですか?」
「さあな」
「僕にかなー?」
馬車に乗り込みながらネイブルが言葉を続ける。
「知らねえよ。それじゃ、またな」
「ええ、それでは、また」
ネイブルに続いて馬車へ乗り込んだマーコットが窓から顔を出して、見送るタジェロンに手を振った。
「今日も僕たちの話を聞いてくれてありがとう。ばいばーい、またねー」
読んでくださったすべての方に感謝をこめて
【完】
35
お気に入りに追加
7,465
あなたにおすすめの小説
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる