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しおりを挟むタワーマンション最上階。
かつての我が家のドアの前。
インターホンを押そう……とした手をいったん止めて、隣に立つ人物へ視線を向ける。
「奏哉くん、本当に私ひとりで大丈夫よ。書類をいくつか受け取るだけだから」
「一緒に行きます。心配なので」
先日、統哉さんからかかってきた電話。
私が学生のころ取得した資格の証書が出てきたけど、どうしたらいいかという相談だった。
大事な書類だから、直接手渡ししたいと言われる。
もう使わないから処分してと言いたかったけれど、向こうだってあとから私に文句を言われたらと思うと処分しにくいかもしれない。
家まで届けに行くから、と住所を聞かれたけれど、それは断った。
私の忘れ物のために来てもらうには遠くて申し訳ないし、それに……。
なんとなく、奏哉くんと一緒に過ごしている家に、入ってきて欲しくない気持ちもあって。
ぁぁ、本当にうっかりしていた。
自分の荷物は全部持ってきたと思っていたのに。
両親も亡くなり頼れる親戚もいないから将来が不安で、就職の時困らないように資格をたくさん取得していた大学生の頃の私。
統哉さんと同じ会社に就職し、もう使わないだろうと思った資格の証書は仕事で使う可能性のあるものと別にして、奥の方にしまっていたのを忘れていた。
都内へ足を運んだのは、本当に久しぶり。
チャイムを鳴らし名前を告げると、ドアの鍵の開く音が聞こえた。
リビングにいるから入ってきていいよ、とインターホンから統哉さんの声。
玄関に飾ってあった私と統哉さんの写真はもう無い。
意外な事に、統哉さんと桐浦ルネさんの写真も無かった。
彼女、そういうの飾るの好きそうなのに。
リビングに入ると、部屋にいたのは統哉さん一人。
ソファを勧められたので、奏哉くんと並んで座る。
「悪かったね、わざわざ来てもらって」
「いえ、私の忘れ物ですから」
統哉さん、少し痩せた……というよりも、やつれているような。
「どうして今日は奏哉も一緒に? 奏哉、いつ日本へ帰って来たんだ?」
「三週間くらい前かな。今は義姉さんと一緒に住んでる」
「藍璃と……?」
か、奏哉くん……。
私と一緒に暮らしているなんて、統哉さんに言わない方がいいんじゃないかしら。
いつか奏哉くんには、私より若くて恋人に相応しい女性が現れる。
バツイチ年上女の私と体の関係を持っていた黒歴史が奏哉くんにあるなんて、あんまり人に知られない方がいい。
「ぁ、あの、ね、私いま農業をしてて、奏哉くんはそれを手伝ってくれているの。私の所にいるのは、インターンシップみたいな感じで」
「農業を? そういえば藍璃は日に焼けた……かな、元気そうでよかった」
「そうね、外で作業する事が多くて」
統哉さんも元気そうでよかった……とは言えなかった。あまり元気そうには見えなかったから。
「奏哉が農業に興味があるなんて知らなかったよ」
ハァ、と奏哉くんがため息をついた。
「必要な書類だけ受け取ったらすぐに帰るから。さっさと出してくれないかな、兄さん」
「ああ、これだよ。藍璃、中身を確認してもらってもいいかい」
統哉さんはファイルケースから書類を取り出し、ローテーブルに広げた。
英検に簿記、ファイナンシャルプランナーに宅建に司書……、見ているとなんだか学生時代を思い出す。
「義姉さん、保育士の資格も持ってるんだ……」
「資格いろいろ取ったから。もうどれもペーパードライバーの免許みたいなものだけどね」
書類を確認し、自分のバッグへ証書をしまう。
それじゃ、と席を立ち歩き出そうとしたら、統哉さんに手首を掴まれた。
何が起きたのか一瞬わからなくて、思わず統哉さんの顔を見つめてしまう。
統哉さんはなぜか、切羽詰まったような表情をしていた。
「……藍璃、僕たちもう一度やり直そう」
「ぇ……?」
「僕と、やり直して欲しい」
「っ、なに勝手な事言ってるんだよ、兄さん……っ!」
ガッと統哉さんの胸ぐらを掴んだ奏哉くん。
今にも殴りかかりそうな様子に驚き、慌てて声をかけた。
「奏哉くんダメッ! 統哉さんも、冗談でもそんな事言わないでください……あなたには桐浦さんがいるでしょう?」
「ルネとは別れようと思っている。あの女は僕を裏切っていたんだ。僕にはやっぱり、藍璃、キミしかいない」
桐浦さんに裏切られたから私とやり直したい?
でも統哉さん、あなたも私の事を裏切ったのよ。
私が言葉を発するのより先に、感情を抑えたような奏哉くんの低い声が響く。
「今さら遅いよ兄さん。藍璃は俺の恋人だから」
「は? 何を言っているんだ奏哉」
「そのままの意味だよ。兄さんに傷つけられた藍璃の心が癒えれば、俺は結婚したいと思っているし」
統哉さんの目が大きく見開いた。
きっとかなり驚いているのだと思う。
私だって驚いている。
まさか統哉さんに向かって、奏哉くんがこんな風に宣言するとは思わなかったから。
結婚したいって……
ふたりでいる時には何回も言われたけど、人前で言われたのはこれが初めて。
奏哉くん、本気なの……?
私、奏哉くんの言葉を信じていいの……?
沈黙していた三人の静寂を破るように、廊下の方からバタバタバタッと音がした。
大きな音を立ててリビングのドアが開く。
乱暴に開けられたドアの所で、不機嫌そうに歪んだ表情をした桐浦ルネさんが立っていた。
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