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しおりを挟む風に吹かれて自分の髪が視界に入ってきた。
白いはずの私の髪が、紅い。
真っ赤な血で染まっていて、紅い。
「ぁ……ぁ……!」
喉が詰まって、涙で視界が滲んでいった。
クリスタルが突き刺さったところからは、まだ血が流れ続けている。
どう、して……
確かにレオン様は、鋭く尖ったクリスタルを、私に向かって振り下ろした。
それ、なのに……
私のところまで、クリスタルが届いていない。
突然目の前に現れた大きな手を突き刺し、その甲に尖端を出したところで止まっていて。
「ぃゃぁああッッ!!ヴェルク様!!」
「くっ……!」
眉を寄せ、顔をしかめたヴェルク様は、自分の手に刺さっているクリスタルを反対の手でガッと掴むと一気に引き抜いた。
クリスタルによる栓が無くなった手から、ドバドバと血が流れ落ちていく。
そのまま、カラン、とクリスタルを下に落としたヴェルク様。
「な……」
「なぜだ、リリィ!」
なぜ此処に、と聞こうとしたら先に問いを投げられて。
血の流れていない方の腕で、ぐッとヴェルク様に抱き寄せられる。
「我がいないところで泣くなと、前に言ったはずだ」
確かにヴェルク様がいらっしゃる前から泣いていた。
でも今は、違う理由で流れ始めた涙が止まらない。
だけど私の涙の事よりも。
ヴェルク様の手から流れる血を、傷を、何とかしなければ。
「ヴェルク様の、手が、手、が……」
「我の手はどうでもいい。なぜもっと甘え、頼ろうとしない。そんなに我は頼りないのか、リリィ?」
抱き締められ、ヴェルク様の胸に寄せていた顔をブンブンと横に振る。
ヴェルク様はその腕の中に私を優しく包んだまま離そうとしない。
「甘えたら必ず助けてくださると分かっていたから、頼りたくなかったのです。トルタル様が私の代わりにダミーの気配を作ってくれていたのに、ヴェルク様、なぜ此処に?」
「我がリリィの気配を間違うはずがないだろう? だが、トルタルを問いただしていたら遅くなってしまった、すまない」
自分自身を責めるようなヴェルク様の声に、思わず顔を上げた。
ヴェルク様が、私を見つめ悲しそうに微笑んでいる。
「誰も連れずにひとりで城を出ていったリリィを、すぐに追うべきだった」
私が勝手に動いて、心配させてしまったのに。
ヴェルク様は、どこまでも私に優しすぎる。
「魔力の強い者の心臓が必要なのだろう?」
これ以上泣かないように唇を固く結んで、コクリと頷いた。
だから私の心臓を、この命を捧げるのだと、ヴェルク様に伝わるように。
「なら我の心臓をくれてやる。リリィの心臓ではなく我の心臓を貫けばいい」
「ぇ……?」
ヴェルク様の言葉を本能的に拒否しているのか、頭に上手く入ってこない。
心臓……ヴェルク様、の……?
……魔力は、強い……けど……
そっと私から身体を離したヴェルク様が、先ほど足元に落としたクリスタルを拾い上げている。
その様子をぼんやりと眺めていたら、視界の片隅に翼をバタつかせるファロスの姿が見えたような気がして。
直後にファロスの大きな声が響き、ぼんやりとした思考からハッと我に返った。
「ギョギョギョーッッ!! ヴェルク様ッ、さすがに心臓を突き刺したら生き返れませんぞ!!」
「別に構わない。リリィに痛い思いをさせるよりはいいだろう?」
本当に何でもない事のようにヴェルク様が言うので、慌ててクリスタルを手にした腕にしがみつく。
「ダメですッ、ダメですヴェルク様っっ! 私の命は長くてもあと数十年、それよりもずっとずっと長く生きられるヴェルク様の命を頂くわけにはいきませんから!」
「だからこそだ、リリィ」
「ぇ……?」
「リリィのいない世界を見たら、悲しすぎて我は滅ぼしてしまうかもしれない。そんな事にならないよう、リリィがこの世界を守るために我の命を使ってほしい」
それじゃ意味がない。
腕にしがみついたまま、ヴェルク様の顔を見上げて訴える。
世界は守りたいけど、そのために好きな人を犠牲になんてしたくありません、と。
我も同じだよ、とヴェルク様が困ったような表情で呟いた。
「ふたりともさぁ、譲り合ってるのはいいけど、もうすぐ扉が完全に開くよ」
呆れたようなレオン様の声が聞こえ、反射的に魔界へと通じる扉に顔を向けヒュッと息を呑む。
あと少しで扉が完全に開きそう――。
扉の中は……闇の奥に、無数の……!?
体温が一気に下がったかのように、身体の芯がゾクリと冷えた。
ヴェルク様と初めて会った時の、思わず後ずさりしたくなるような威圧感を思い出す。
しかもその威圧感が、ヴェルク様の時と違ってひとり分じゃ、無い。
「ヴェルク様、クリスタルを私にくださいッッ!」
「我に刺すのであれば、渡そう」
ヴェルク様からクリスタルを受け取り、迷わず自分の胸へ向ける。
そして勢いよく胸に向かって振り下ろした。
――はずなのに
ヴェルク様に手を掴まれてしまい、自分の胸を突き刺すことが、できない。
「ヴェルク様、手を放してっっ!」
「自分を傷つけようとするのは許さないよ、リリィ」
びゅぉぉおおお、と扉の方から強い風が吹いてきた。
生暖かいかと思うと突然つめたくなる。
まるで初めて金の魔王城へ行った日に、ヴェルク様の魔力が暴走した時のような不気味な風。
「こちらへおいで、リリィ」
風から守るかのように、ヴェルク様が再び私を抱き寄せた。
見上げるとヴェルク様の視線は、扉の方を向いている。
ヴェルク様の視線を追いかけてみたら、すでに扉は大きく開いていた。
「ひッ」
呼吸が、苦しい。
バクバクと心臓が激しく鼓動する。
爆発したのかと思うくらいの勢いで扉から漆黒の闇が噴き出してきた。
その闇と、共に――
どれだけいるのか分からないくらいの、魔物の気配。
フッと影が差したような気がしたので、ヴェルク様の腕に抱きしめられたまま空を見上げた。
みるみる空が黒くなっていく。
つい先ほどまで輝いていた満月が消え
世界が闇で覆われたかのように光を失った。
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