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「レオンの、気配がする」

 つい先ほどまで、私とアエルが木片を積み上げて遊ぶ姿を目を細めて眺めていたヴェルク様の目つきが険しくなった。

「ああ、そうだね」

 アリアを抱っこしたサティ様とソファで並んで座るゾマ様が同意する。
 ゾマ様の眼鏡の奥の瞳は、ヴェルク様が苛立つ様子をどこか楽しんでいるような感じがした。

 スッとヴェルク様が立ち上がり、床に座ってアエルと遊んでいた私の方へ来る。
 ヒョイと私をお姫様抱っこすると、もといたソファに座り、膝の上にのせた私をギュッと抱きしめた。

「最近、レオンもここへ来すぎだ」

 お守りの件を約束どおりクルーティス国王陛下へ取り次いでくれたレオン様。
 かなりの数のお守りがノワール国王の手に渡り、国王から国民の元へ無事に届けられた。
 そのおかげでノワール王国も経済活動が動き出し、国王への感謝の声も聞こえるようになり、徐々に平穏を取り戻してきているという。

 ヴェルク様に対して口が悪い事はあるけれど、約束を守ってくれたレオン様には感謝している。
 しかもクルーティス城の結界が弱まっているからと、魔物が城に入らないようにレオン様の方からも結界を張ってくれて。

 レオン様は、口は悪いけれど根は優しいと思う。
 ただ……ヴェルク様に対しては、少し意地悪で。

 ガチャリ、と応接間のドアが開いた。

「やあ、マミィ! ついでにヴェルクも。あれ? ゾマにサティまでいる」

 今日の姿は可愛らしい子ども版レオン様。
 つかつかと部屋に入ってきて、話しながらこちらに向かってくる。

 ヴェルク様の膝の上に座る私の手をスッと掴むと、一瞬でチュッと手の甲にキスをした。
 バッ、と凄い勢いでヴェルク様がレオン様の手を払いのける。
 ヴェルク様は今にもレオン様に噛みつきそうな怖い顔をしていた。

 フフンと鼻で笑うと、レオン様はドサリと一人掛けのソファに腰をおろしてゾマ様に顔を向ける。

「ゾマ、例のモノの進捗状況は?」

 ゾマ様はレオン様の方を見て、口角を片方上げちょっと悪い笑みを浮かべた。

「できてるよ。ちょうどよかった、このあとレオンの所に持って行こうと思っていたんだ」

 ゾマ様はそう言うと、すぐ脇に置いていた袋から小さな箱を取り出した。
 綺麗に輝く石が散りばめられた、豪華で美しい箱。

「これ頼まれていたもの。急いで用意したけど、大丈夫だと思う。赤と緑が、とてもきれいだよ」

 パカッと蓋を開けると、中には赤と緑の大きな石がたくさん入っていて。
 あんなに大きな石だけど、全部宝石かしら? ルビーとエメラルドに見える。

 開けた箱をすぐにパッと閉めたゾマ様が、細めた横目でレオン様をチラッと見た。

「レオン、これをラパンに渡すのはお勧めしないよ」

 レオン様は、ちッと舌打ちをして不愉快そうにゾマ様を睨む。

「ラパンのこと、気づいてたのか。今回のコレはラパンにじゃない」

「そう、それならよかった」

 ゾマ様が少し意地悪な笑みを浮かべながらレオン様に箱を渡す。

「なんか気に喰わねぇな、その顔。まぁいい、別件で話もあるから、また日を改めてゾマのところへ行く」

「そうだね。今度ゆっくり話を聞きたいな、レオン」

 レオン様はまた、ちッと舌打ちをした。

「何でもわかってるみたいな顔しやがって。お前みたいな奴はサティの尻に敷かれて窒息しちまえばいい」

「ふぅむ……」

「それも悪くない、みたいな顔するな。この変態野郎」

 もう一度、ちッと舌打ちをしているレオン様。
 そしてクルリと私とヴェルク様の方を向いた。

「ゾマに構っている場合じゃなかった。マミィ、行くよ」

「え……?」

 行くよと突然話しかけられてキョトンとしてしまう。
 私の身体を包むヴェルク様の腕の力がグッと強くなった。

「ヴェルク、何もマミィを攫おうってわけじゃない。クルーティス国王がマミィと話がしたいと言っている」

 クルーティス国王陛下が?

 デセーオ殿下の異母弟であるセリウス殿下の母君で、聖女でもあった前王妃様と国を護っていらした陛下。
 王妃様亡き後、王妃様の分まで聖女の務めを果たす私の事を娘のように労わり、支えてくださった。

 その陛下が、私と話がしたいと……。

 私を抱きしめるヴェルク様の頬に手を添える。

「ヴェルク様、すぐ戻ります。少しだけ、クルーティス城に行ってきますね」

 ヴェルク様は唇をギュッと結び、眉をしかめ私の肩に顔をうずめると、痛いぐらいに私の身体を抱きしめた。

「ダメだ、リリィ。行ってはいけない」

 レオン様が呆れたようにため息をついた。

「嫉妬深い男は嫌われるよ、ヴェルク」

「すぐに戻ってきますから、ね、ヴェルク様」

 肩に置かれた頭を撫でる。

「1時間だ……」

「え……?」

「レオン、1時間だ。一秒でも過ぎたら、お前の城を破壊する」

 ヤレヤレという感じでレオン様が肩を竦めた。

「ま、今日なら国王ともすぐ話ができるし、1時間あれば充分でしょ。マミィ、行こう」

 レオン様に手をひっぱられ、スルリとヴェルク様の腕から抜け出る。
 ドアの所で振り返ると、ヴェルク様がまるで捨てられた子犬のような目をしていた。

 ぐぃッとレオン様に手をひかれ、応接間をあとにする。
 
 ヴェルク様の瞳が頭に焼き付いて離れない。

 最近はいつもそばにいたから、久しぶりにヴェルク様と離れた気がする。

 金の魔王城へつながる鏡へ向かう間、なんだか不安になり胸が締めつけられ、呼吸まで速くなって苦しいくらいだった。



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