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 魔力が暴走したような不気味な風が、止んだ。


 ――もしかしてヴェルク様、私がそばにいるってわかってくれた?


 そう思ったのも束の間で、再び風が徐々に強くなる。

 これから吹雪いていきそうな、冷たい風。

 やっぱりもう、ヴェルク様を止めることはできないのかもしれない。

 ああ、服を着ているのにすごく寒い。

 黒狼のヴェルク様に包まれていた時は裸でも暖かかったのに。
 あの幸せな時間が、もう二度と来ないのかもしれないと思うと悲しすぎて。

 ヴェルク様の首に抱きつき、耳元でそっと囁く。
 誰にも聞こえないくらい、小さな小さな声で。


『ヴェルク様、もう一度だけ尻尾、ナデナデしながら一緒に寝たかったです』


 ぶわぁあああ、と強烈な風が吹いた。
 先ほどのように冷たくは無い。
 暖かく、風に乗ってほんのりと甘い花の香りがする。
 けれどとにかく強かった。


「ギョォッッ!?」


 私の足元にいたファロスが、風に飛ばされ床を転がっていく。

 足場を失って驚いた私は、ヴェルク様の首にまわしていた手を離してしまった。

 背中から床に落ちていくのを感じ、思わずギュッと目を瞑る。


 痛……
 ……
 ……く無い?


 恐る恐る目を開けると、すぐそばで心配そうに私を見つめるヴェルク様の瞳。
 私の身体は跪くヴェルク様の腕の中で固く抱きしめられていた。

 ヴェルク様と目が……合った。

 視界がみるみるうちに滲んでいく。
 金と銀に輝くヴェルク様の瞳を見ていたいのに、ぼやけてしまう。


 目尻にヴェルク様の唇が触れ、チュッと涙を吸われた。


「リリィ」


 名前を呼ばれただけで、胸が熱くなる。


「ざーんねん、もう終わり? ヴェルクはショーを見せに来てくれたんじゃないの?」


 いつの間にか王族のような正装を身に纏い足を組んで椅子に座る金の魔王が、ヤレヤレといった表情でつまらなそうにこちらを見ていた。


「ギョーギョッギョッギョッギョッッ!! レオン殿! 今日は昨日のことを説明に来たのですぞ! クルーティス王国に入国したのは故意ではなくてですな! アエル坊ちゃんの魔力の暴走が原因ですぞ!!」

「ああ、そんなことで来たのか。別に構わないよ。女は大歓迎だし、子どもは仕方ない。でも野郎が俺様の結界を出入りするのは許せないなぁ」


 ガタン、と音を立てて金の魔王が席を立ち、こちらへ向かってやってきた。
 抱き合うように座り込む私たちの前に立ち、スッと片足を持ち上げヴェルク様の目の前に靴先を向ける。


「ま、平伏して頭を下げるなら別だけど。ヴェルク、次からは俺様の靴底を舐めて詫びてもらうよ」


 ぐッとヴェルク様の身体に力が入った。金の魔王に向ける瞳がまた紅くなってしまいそうな気がして怖い。
 ヴェルク様のシャツをギュッと掴む。


「ヴェルク様」


 私の声にピクリと肩を揺らしたヴェルク様は「どうした、リリィ?」と優しい眼差しを返してくれた。
 私も笑みを返す。


「いえ、何でもないです」


 両手を胸の前で振る。
 すると右手をグイッと上に引っ張られた。
 スッと薬指に何かをはめられる。
 そちらに目を向けると、薬指にキラリと光る指輪が見えてそこに金の魔王が唇を寄せていた。


「何してる、レオン」
 言葉と同時にヴェルク様の拳が金の魔王の顔へ伸びる。
 それをヒョイと避けると金の魔王は悪戯っぽく笑った。


「ヴェルクの指輪と同じ手にしなかっただけ偉いだろ? それともヴェルクの指輪と重ねてつけた方がよかった?」


 再びヴェルク様の身体に力が入る。
 このままここにいたら、またヴェルク様の瞳が紅くなってしまいそう。


「ヴェルク様、もう帰りましょう」

「ヴェルク、指輪を外すなよ。俺様たちふたりの指輪をつけておけば大抵の魔物には襲われないだろ。マミィ、それつけておけば俺様の城フリーパスだから、いつでも来ていいよ」


 ヴェルク様は金の魔王の方を睨みつけたまま、こちらを見てくれない。
 周りに聞こえないように、ヴェルク様の耳に口を寄せて小声で囁いた。


『しっぽ、ナデナデ』


 何かを思い出したのか、ヴェルク様の耳が赤くなり始める。


「邪魔したな、レオン」


 まるで顔を隠すようにバッと金の魔王に背を向けて、私の手を握り早足で歩き始めたヴェルク様。
 転ばないようになんとかついていきながら、ヴェルク様の横顔を見上げた。

 秀麗な顔立ちに似つかわしくない真っ赤な耳がなんとも可愛らしくて、とても愛おしくて、ふふ、と小さく笑ってしまいました。


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