上 下
20 / 70

19

しおりを挟む


 暗い廊下をゆっくりと進んでいくと、前へ伸ばした手に壁が触れる。

 行き止まり? 左右に首を向けると左へと続く廊下の奥にあるドアの下から、僅かに光が漏れていた。

 声もそちらの方から聞こえてくる気がする。

 足音を忍ばせてゆっくりと近づき、ドアの前で、耳を澄ます。


 赤ちゃんと、子ども? それに、女の人? の、泣き声??


 そーっとドアノブを回し、薄く開けたドアから、部屋の中を覗き見る。


 ベッドの上で座り込む、長い髪の人物。
 一見ヴェルク様かと思ってしまうような髪型。

 ただ体格はヴェルク様と違う。背とか私と同じくらい、かな?


 長い髪の人の隣にも誰かいる……小さな子……ん……もしかして、アエル?


 薄暗くてぼんやりとしか見えないけれど、泣いているの、たぶんアエルだ。
 長い髪の人は、赤ちゃんを抱っこしているようにも見える。


「どうして……ヒクッ、どうして……ゥクッ」


 女性、かな? 小さくしゃくり上げながら呟いているのが辛うじて聞こえた。
 赤ちゃんと、アエルらしき子の泣き声は、だいぶ大きい。


 そーっとドアを閉め、改めてドアをコンコンコンとノックする。

 返事は、ない。

 無いけど放っておくわけにもいかず、「失礼しまぁす」と言いながらおずおずとドアを開けた。


「あ、あのう、大丈夫、ですか?」

「誰ッ?」


 ばッと顔を上げた髪の長い人と目が合った。


 うわ、綺麗な人。


 女性版ヴェルク様のような雰囲気の、麗しいお顔。

 『城内に女も雌もいない』ってヴェルク様おっしゃっていたのに、こんなに素敵な女性がいらっしゃるじゃないですか。

 なんだか胸のあたりが、もやもやチクチクしてくる。

 しかもこの女性が抱いている赤ちゃんとアエルって、もしかしてヴェルク様のお子では。


 もう、もう、もうッ。


 なぜか、もう、しか言葉が出てこない。


「リ、リ、おね、ぢゃん」


 しゃくり上げて泣いているアエルに呼ばれて、ハッとした。

 今は自分のよく分からない感情は脇に置いといて、泣いている三人をどうにかしないと。

 入室を許可されていないのに失礼かもしれないけれど。

 部屋へ入りベッドへと進み、アエルを抱き上げ頭を撫でる。
 するとアエルが甘えるように首にしがみついてきた。


「アエルの、お母様ですか?」


 私の問いかけには答えずに、私とアエルを見つめる女性。


「その、指輪は……?」


 指輪? ああ、ヴェルク様がつけてくれた指輪のことかな?


「ヴェルクから、もらったの?」


 正直に、コクリと頷く。

 ヴェルク様のこと、呼び捨てなさるのですね。やはりご夫婦だったりするのでしょうか。


「そう……」

「どうして、と言いながら泣いていましたね。何があったのですか?」


 聞いてから、この質問はしない方が良かったのかな、と後悔した。

 どうして側室を娶ろうとしているの、とか
 どうして浮気したの、とか思われていたらどうしよう。

 私とヴェルク様、そういう関係ではありませんよ、と心の中で伝える。

 優しくしてくれるのも、愛すると言ってくれたのも、たまたま私が転生者だったから。
 私自身を愛してくれている、と勘違いして自惚れてしまうところでした。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!

Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

処理中です...