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「驚いたな。キスとは、こんなにも甘いのか」


 ま、魔王ッ、私の肩に頭をのせて、しかもこちらを向いて程よく低く掠れた声で囁かないでくださいッ。
 胸が、胸がキュンキュンして苦しいッ。
 もしかして、キスした時に何か魔法をかけましたか!?
 心臓が壊れそうなくらい魔法で攻撃してくるのは、やめてほしいですッッ。


「しかも、伝わってくる魔力がそこら辺の魔物よりも強い。リリィ、其方は、いったい……」


 だから、そこで喋らないでーッ!
 いったい、何の魔法を使っているの? 集中的に胸のあたりにダメージを与えてくる。こんな魔法、私は知らない。
 いつの間に魔法をかけたの? 魔王は詠唱しないで魔法を使えるって、本当の話だったのね。


「わ、私、クルーティス王国の聖女なんです。『元』、ですけど」

「そうか……この強い魔力、聖女のものなのか。しかし、『元』、とは? なぜこんな時間にこのような格好で、森に? あぁ、でも」


 何かを思い出したように、魔王が私の肩から顔をあげた。
 それと同時に私の胸のキュンキュンも、少し収まったみたい。

 助かった……。

 そ、それにしても先ほどのキスが甘いって驚いていたあの言い方、黒の魔王、童……らしいけれど、キスも、初めてだったのでしょうか。
 ま、まぁ、私もファーストキスだったので、人の事は言えないのですけれど。


「こんなところで話すのもアレだな。レオンが来たら面倒くさいことになるし」


 レオン、って金の魔王の事、ですよね。
 そっか、ここ魔の森は、金の魔王の領域だから。


「城へ行こう、リリィ」


 え? 城? クルーティス城? 隣国のノワール城? それとも、まさか、黒の、魔王城?

 混乱する私をよそに、魔王は空に向かってヒューッと口笛を吹いた。
 アエルを背に乗せたファロスが、羽をバッサバッサと羽ばたかせながらこちらへと戻ってくる。
 地面に降りたアエルは私たちの方へと駆け出してきて、その後ろから首を左右に少し揺らしながらファロスがこちらに向かって歩いてきた。


「ギョギョギョーッッ! ヴェルク様、思ったよりも早かったですな。平気、平気、早いからってそんなに落ち込みなさるな、初めてなら仕方ない事ですぞ。よかった、よかった、無事に童て……ムギョムグムゴゴッッ!?」


 口封じの魔法をかけられたのか、ファロスは突然くちばしを開くことができなくなったようで、慌てたように羽をバタバタさせている。


「ヴェルク、早いから、落ち込んでるの?」


 私たちのところに駆け寄ってきたアエルが、魔王の顔を見上げながら首を傾げた。


 か、可愛いアエル、その表情。
 質問の内容は、アレだけど。

 私を片手で抱きしめたまま、魔王は反対の手でアエルの頭を優しく撫でた。


「落ち込んでないよ、大丈夫だからね、アエル。さあ、城へ帰ろう」

「お姉ちゃんはどうするの?」


 私の身体を包む黒いマントを、アエルの小さな手がキュッと掴んだ。
 心配そうに私を見つめる表情も、抱きしめたくなるくらい可愛い。

 
「大丈夫だよ、アエル。リリィお姉ちゃんも一緒に城へ連れて行くから」


 連れて行くって、や、やっぱり城って、黒の魔王城のことですか!?
 ま、まだ返事、してないですけど……。


「本当? お姉ちゃん、僕嬉しい!」


 ムギュゥッとアエルが私に抱きついてきた。
 うう、可愛い、やっぱり子どもって、すごく可愛い。


「ギョギョギョッッ!? アエル坊ちゃんが人間に懐くなんて!!」


 口封じの魔法が解けたらしいファロスが、さっそく口をはさんできた。


「ヴェルク様!! 人間の協力者がいたら何かと便利かもしれませんぞ!! この娘に運命の女性探しを手伝わせましょう!!」


 ――運命の、女性??


 チラ、と魔王が私の方を見てから、ファロスに向かって話しかける。

 ? なんで今、私の方を見たのかしら?


「ファロス、我は運命の相手にこだわらなくてもよい気がしてきた」

「ギョギョギョーッッ!? 何をおっしゃいますヴェルク様!! 先代も先々代も、その前の歴代の王達も、運命の女性と結ばれたからこそ幸せを手に入れられたのですぞ!!」

「しかし、闇を操る王の宿命と言われてもね。レオンもゾマもそんな制約がなくて、我だけなんて不公平ではないか」


 ゾマ……聞いたことがある、銀の魔王の名前。
 そして、闇を操る魔王の話……黒の魔王の怒りに触れたら世界は闇に覆われて滅亡すると言われている伝説。
 本当の、話なのかしら? もし運命の女性と結ばれれば、魔王は幸せになれて世界を闇で覆いつくす心配も無くなる??


「あの、私……運命の女性を探すの、お手伝いしましょうか? 助けてもらったし、できる事があれば手伝いますよ」


 ファロスの期待に満ちた目と、魔王の戸惑うように僅かに揺れる瞳が同時に私へ向けられた。


「ギョギョギョーッッ! お前いい奴だなッ!!」


 でも、『魔王』の運命の女性、か……。
 魔物を統べる魔王の相手に選ばれてしまうなんて、その女性は災難ですね……。
 いずれ人間の王となる王太子の相手だって、厳しい教育に耐え、心無い人からの圧力を感じ、そのうえ本人同士の気持ちは無視した決められた婚約で王太子から愛されていないという、悲しくて大変な思いをしたのに。

 運命の女性が魔王と結ばれて幸せになれればいいけれど、もしその女性が悲しい思いをしそうなら、なんとしても私が先に見つけてそっと逃がしてあげよう。
 その時はたとえつらくても、世界の滅亡を防ぐために黒の魔王を封じる方法を考えなくては。

 ………………
 ……つらくても?
 どうして私、魔王を封じることがつらいって思ったのかしら?


「リリィ……」


 魔王に声をかけられて、ハッと我に返る。
 どうしてだろう、魔王の顔を見ることができない。
 心に生じた疑問に蓋をして、ファロスに向かって話しかけた。


「運命の女性って、探すのに何か手掛かりはあるのですか?」

「ギョギョギョッッ! よくぞ聞いてくれた! 代々の王から伝え聞くところによると、運命の相手はおよそ3000年に一度時空のはざまへと通じる扉が開く時、たったひとりだけ異世界から転生してくると言われておるぞ!」


 ふむふむ、言い伝えによると運命の女性は、3000年に一度たったひとりだけ異世界から転生してくるらしい、と。
 

 ……ん?
 あ、あれ? 汗は引いたはずなのに、なんだか新しい汗が、こめかみから流れていったような。


 たったひとりだけ異世界から転生……

 ……それ、私やないかー!!


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