上 下
5 / 70

4

しおりを挟む


 ドレスが切り裂かれた瞬間、胸にピリィッッと痛みが走った。


 口を押さえられているため頭が動かせない。目線だけ移動して胸元を見る。


 小刀の切っ先が触れたのか、乳房に血でできた赤い線がひかれていた。


 その血はじわじわと、殿下の瞳と同じ色をしたブルーのドレスに滲んでいく。


 ――あれ?

 滲んだ血だけじゃなくてドレスについた花飾りまで滲んだようにぼやけて見える?

 どう、して……?

 ……あぁ、そっ……か、
 私……泣いてる、の、ね……


 走ったことによる息切れなのか興奮していることによるものなのかは分からないけれど、私の身体を押さえつけているふたりのハァ、ハァ、という呼吸はとても耳障りで。


 男たちの手が私の胸元のドレスの裂け目に伸びて――



 ガサガサガサッッ





 ビクッッ、と男たちの手が止まった。





 ギギギギ、とブリキのおもちゃが軋みながら動くようにふたりの顔が音のした方へと向けられ、





 彼らの表情が歪み目に恐怖の色が浮かび上がる。





「ぎぃやぁぁああああ」
「ぅわ、ぅわ、た、助けッ……」



 私を押さえつけていた手が離れ、男たちは足を縺れさせながらわれ先にと逃げて行った。





 助かった、の……?





 自由になった体を起こし、彼らが見ていた方向を確認する。

 少し離れた茂みに、全身を毛で覆われた魔物が一匹。

 私よりもひとまわり大きいかな?

 ゴリラに大きな牙とツノの生えたような、そんな感じ。
 あと爪も長すぎるわね。邪魔じゃないのかしら。

 見た目は恐ろしいけれど、この魔物はこちらから攻撃しなければほとんど手をだしてくることはない。

 フッと安堵の息を吐く。

 初めて彼らを見た時は驚いたけれど、魔の森には修行で何度も来ているから今ならわかる。このくらいの魔物ならかわいいものだ。
 正式名称は特にないけれど、私は彼らをゴリゴンと呼んでいる。



 ドレスの胸元を押さえて、ゆっくりと立ち上がった。
 ズキッと足が痛む。



 治癒魔法で回復したら、帰ろ。……と言っても帰る場所は、無い、か。



 私が戻ったら、陛下はデセーオ殿下の王位継承権を剥奪して、まだ若干12歳のセリウス第二王子と私との婚約を考えるに違いない。

 デセーオ殿下の異母弟であり、先代の聖女でもあった今は亡き前王妃様の子であるセリウス殿下を次期国王へとなさるために。
 陛下は愛されてましたものね、前王妃様のこと。
 聖女としてのお役目が身体への負担となり、なかなかお子を授かれずにやむなく側室を迎えられた陛下。

 ああ、デセーオ殿下は王位継承権を剥奪するための、充分な理由を自ら作ってしまった。

 ……もしかして陛下、何かしら問題を起こすと分かっていて殿下に夜会を開催させたのかしら。

 陛下は私が国を見捨てて出て行くことは無いと信頼してくださっていると思うと心苦しいけれど……。



 私がいなくなったら、その事に対して陛下は殿下を責めるだろうけれど、それでも聖女のテータ様がいらっしゃる。
 聖女として必要な魔力がギリギリだとしても、聖女は聖女。
 国に聖女がひとりとなっては、まわりもテータ様に王族との結婚を認めざるを得ない。

 陛下のことだから、きっとデセーオ殿下とテータ様の関係もご存知ですよね。
 テータ様をセリウス殿下の妃にとは考えないでしょう。
 聖女ではなくても人間性に優れた方をセリウス殿下のお相手にとお考えなさるはず。

 それなら国に混乱を起こさせないように、デセーオ殿下とテータ様をお飾りの王と王妃に据えて、政治をセリウス殿下にお任せするのはいかかでしょうか。
 セリウス殿下は12歳とは思えないほど聡明でいらっしゃるから、臣下としてでもそのお力を発揮なさるでしょう。

 お飾りとはいえ、デセーオ殿下が王でいられた方がみんなまるく収まります。

 遠いと魔力をたくさん使うから身体への負担は大きくなりますが……隣国からクルーティス王国の結界を護るために祈るので、国を出ることをどうかお許しください陛下。



 行こう! ノワール王国へ!!



 ……ん?



 ギクリと身体が震えた。



 危険危険危険危険危険危険!!!

 頭の中で、警鐘が鳴り響く。



 先ほどの魔物ゴリゴンが、こちらを見ている。

 それだけなら、まだいい。

 その目が、赤、緑、赤、緑、と変化し激しく点滅していた。





 ――これ……発情期!?





 ゴリゴンの発情期についてなのか分からないけれど、この国の歴史を学ぶ中でチラリと聞いたことがある。
 いつの頃のことかは、もう誰もわからない、本当の話かどうかもわからない、そのくらい昔の話。まだ国に結界を張る前の黒歴史として。

 赤と緑に点滅する目を光らせた魔物が、生殖相手を求めて群れを成して行動し、そして相手を見つけると、確実に子を成そうと一匹に対して複数の魔物が代わるがわる交尾を行ったって話を、聞いた。
 
 その魔物は普段おとなしいけれど、発情期は凶暴性が増し、自分たちの遺伝子を残すためなのか、繁殖相手の種族を選ばなかったって。



 そう、相手が人間だって、構わない、と――



 シュゴー、ショゴー、とゴリゴン特有の呼吸音が暗闇から聞こえてくる。



 違う、闇じゃない。



 私から数メートルの距離をあけて、赤、緑と交互に点滅した不気味に光る無数の目に、ぐるりと囲まれていた。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...