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創一郎のホワイトデー(お話の中では金曜日です)前編
しおりを挟むガチャ、と玄関の方で音がした。
玄関のドアが誰かに開けられる音。
この音を家の中で聞くのは久しぶりだ。
コンロの火を消して、愛しい姫を迎えるために玄関へと急ぐ。
「あれ? 創一郎さん」
ああ、癒される。
俺はこの顔を見るために、毎日がんばっているんだ。
「おかえり、花」
「こんなに帰りが早いなんて、珍しいですね」
「ああ、たまたま仕事が早く終わって」
今日はホワイトデーだから。
早く帰るために、ここ数日仕事を前倒しして少しハードなスケジュールだったことは花には内緒。
そんな格好悪いこと、花は知らなくていい。
「ごめんなさい、今日は急遽午後も仕事だったんです」
知ってる。俺が勇太にシフト調整頼んだから。
「すぐにご飯作り……、ん……?」
話しながら靴を脱いだところで、気づいたようだ。
「カレーの匂い……?」
「ああ、もう出来てるから、一緒に食べよう」
ホワイトデーに何を渡そうか悩んだけれど、料理を作ったら喜ぶかな、と思って。
何を作ろうかと考えた時、真っ先に頭に浮かんだのがカレー。
別にすごいカレーを作れるわけじゃない。俺が作れるのは市販のルーを使った何の変哲もないカレー。
でも小学生の頃から、作るたびに爺さんに褒めてもらえた思い出のある料理。
「あ……」
何かを思い出したような花の顔。
「もしかして、今日ホワイトデーだから、ですか?」
俺が頷くと、花がまるで泣きそうな表情で笑った。
「嬉しいです、ありがとうございます」
うわぁ、こちらこそ、ありがとうをありがとう。
抱きしめて、キスしてそのまま寝室に連れて行きたい衝動に駆られたけれど、我慢してリビングへと向かう。
「んん~♪ 美味しい」
幸せそうに俺が作ったカレーを口にする花。
見ているとこちらまで幸せな気分になってくる。
ホワイトデーなんて今までは義務的な行事でしかなかったのに。
喜ばせたい相手がいると、こんなにも違う感じがするのか。
「そういえばホワイトデーに父さんからは、何か貰ったりした?」
午前中、社長室のドアが開いていて、花が父さんと話している姿が見えた。
実は、ちょっと気になっていて。
息子の俺が言うのもアレだけど、父さんはかなりモテる。
花くらいの年齢の女性でも、本気で父さんのことを好きになる人がたくさんいるから。
「はい、予約をしてくださったみたいで……二泊三日の国内旅行を……プレゼントしていただきました」
麦茶の入ったコップを危うく落としそうになった。
「旅行って!? まさか父さんと花で!?」
「ち、違いますよ!! 創一郎さんのスケジュールが空いている日を選んでくれたみたいです。その……創一郎さんと私のふたりで、行ってきてはどうかと言っていただいて」
「え? 俺と、花で……?」
「あ、でも、もしよかったら、という感じだったので……2か月後の日程ですし、創一郎さんが無理そうならキャンセルもできると思います」
「いや、キャンセルなんてしない。父さんが予約したなら仕事の方も問題ないだろうし」
花と、旅行……。
仕事が忙しくて連続した休みが取れてないから、前に海外へ行って以来行っていない。
うわ、嬉しい。今度父さんに何かお礼をしないと。
俺のスケジュール、源太か勇太に確認してくれたのかな。
源太と、勇太……。
「勇太から……ホワイトデーにプレゼントとか貰った?」
「はい、映画の試写会のチケットをいただきました」
「ふぅん、そう……」
映画か……。
正直勇太とふたりでは、行ってほしくない。映画館は暗いし。席だって隣だとけっこう近い。
あー、もう、どうして花に関してはこんなに嫉妬深くなってしまうのだろう。
「試写会なので日にちが決まってるんですけど、勇太君は仕事があって行けないみたいです。創一郎さん、来月最初の土曜日って空いてたりしますか?」
来月……? 上旬の土曜日は、確か予定が入ってない。
空いてる、と伝えたら、花から映画に誘われた。
何かのご褒美だろうか。
花と一緒に旅行と、映画。
なんだか今年のホワイトデーは、俺にとっていい事ばかりだ。
この流れだと、もしかして源太のプレゼントも俺に何かある?
「源太からは、何を貰った?」
あの源太が、花に何も渡さないはずがない。
源太と聞いて、一瞬花が戸惑う。だがすぐに頭の中でスージーと一致したようで、あ、と閃いたような表情をした。
そんな様子も可愛いらしい。
「ゼリーを貰いました。クラッシュゼリーで凍らせて食べるのがお勧めみたいなので、今は冷凍庫に入れてあります。あとで一緒に食べましょう」
少し意外だった。食べ物か……源太にしては、ありきたりなホワイトデーのお返し。
まあでも、普段の仕事に加えて俺と勇太に届いた膨大な数のバレンタインチョコの返礼も源太がまとめて手配してくれたから、花へのプレゼントを考える時間が無くなるほど忙しかったのかもしれない。
使った食器の数が少なかったので、食洗機は使わず花と並んで一緒に食器を洗う。
俺がスポンジで洗って、花が泡を流す。
「創一郎さん……」
「ん? どうした、花?」
小さな花の声に、皿とスポンジを手にしたまま花の方に顔を向ける。
花の顔が、赤い。
熱でもあるのだろうか。
「あの……」
「具合いでも悪いのか、花?」
「このあと……お風呂……一緒に入りませんか?」
つるッと皿を落としそうになり、慌ててガシッと掴む。
「あ……いい、けど」
むしろ嬉しいけど。
あれ……? 花がこんな提案してくるなんて、滅多にないぞ。
どうしたんだ、今年のホワイトデー。
花と迎えた初めてのホワイトデーは、例年とはまったく違うイベントに感じられた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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