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創一郎のバレンタインデー(切ない気持ち編)

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 今日は心なしか、朝から社内全体が浮ついた雰囲気になっている。

 かく言う自分が、もしかしたら社内で一番ソワソワしているかもしれない。

 そう、今日はバレンタインデー。

 今までは誕生日と同じくらい苦痛でしかない行事だったのに。

 今年は秘かに楽しみにしている。果たして花は、俺にチョコをくれるのだろうか。

 こんなにドキドキする気持ちでバレンタインデーを迎えるのは初めてだ。お前は中高生の思春期男子か、と自分にツッコミを入れてしまう。

 朝もらえるかな、と思ったけれど、バレンタインのバの字も出なかった。残念。
 会社で? いや、花は会社では渡さなそうだよな。帰ってからだろうか?

 俺から花へのバレンタインのプレゼントは、ハート形のボックスに入った可愛らしいフラワーアレンジメントを予約してある。
 宅配にしようか迷ったけれど、自分で渡したくて店に受け取りに行くことにした。
 今日は何が何でも花屋が開いている時間に仕事を終わらせないと。

 取引先との打ち合わせを終え副社長室前まで戻ると、廊下の奥にある社長室の扉が開いていて中の様子が見えた。


 ――あれ? 花?


 父さんと花が机を挟んで話し、笑っている。
 花が社長室にいる時は、父さんは俺が変な心配をしないように扉を開けっぱなしにしておいてくれているけれど、親から見てそんなに俺はヤキモチ焼きに見えるのだろうか。まぁ、実際そうかもしれないが。


 ――あ、あれきっと、チョコだよな?


 花が父さんに小さな箱を渡した。
 遠目だけれども、可愛らしくラッピングしてあるのが分かる。

 これ以上ジッと見ていて気づかれても気恥ずかしいので、自室の副社長室へと入り扉を閉めた。


 ――今、父さんに渡したって事は、次は俺のところに来たりするのか?


 なんだか落ち着かなくて、意味もなく座ったり立ったりを繰り返してしまう。
 座ったら座ったで、子どもの頃に流行ったペン回しを無意識にしてしまった。
 ペン回しなんてしたの久しぶりだ、懐かしい。ああ、どうしてこんなに心が落ち着かないんだろう。


 コンコンッ


 ――来た!!


 来訪者を告げるモニターを見て名前を確認する。
 ……なんだ、源太か。
 はぁ、とため息をつきながらドアのロックを解除した。







「さっき私との共有フォルダに、今のところ把握してる創一郎の分のリスト入れておいたから。どうする? まだこの後増えるし、毎年の事ながら自分でお礼を用意するのは大変でしょ? こちらでお礼の品を用意してしまっていい?」

「ああ、任せる」

「分かったわ。明日完成版のリストを入れておくから、誰が何をくれたのかだけは把握しておいてね」


 源太が、ふぅ、とため息をついた。


「社長、副社長、秘書宛てのバレンタインギフトは不要、もらってもすべて総務課に渡して社員に配るし手作り品は廃棄するって予め伝えてあっても、バレンタインのプレゼントを渡してくる人減らないわねぇ」


 プレゼントしてもらったものを全て自分で食べていたら、余った状態でまた次のバレンタインが来てしまう。
 それに申し訳ないけれど、手作り品には媚薬の類が入っていることもあるため、口にすることはできない。

 俺宛てのプレゼントリストに目を通す。
 リストには取引先や社内からバレンタインギフトをくれた人の所属、氏名、ギフトの内容等が記されていた。
 花の名前は、無い。

 ふと、気になった。


「源太の方のリストも見ていいか?」

「ええ、構わないわよ」


 源太のリスト、女性も多いが男性の名前も多い。
 結構男からも人気あるからな。
 花の名前は……無い。


「花は、バレンタインのチョコをみんなに配ったりしないのかな」


 それとなーく、呟いてみる。


「え? もらったわよ、花ちゃんから。前に私がおいしいわよってすすめたお店のチョコレート」

「へ?」

「一律のお礼じゃないから、リストには載せてないけど。創一郎はまだもらってないの?」


 なぜか動揺して、ごにょごにょと返事をぼかしてしまった。

 そうか、源太は花からもらったんだ……。





 源太が部屋を出て行ったあとも、花が副社長室に来ることは無かった。

 ランチに誘おうと勤務先の社内保育所の方に内線をかけたけれど、断られてしまう。

 実はここ一週間くらい、ランチはずっと断られ続けている。

 ……もしかして花、この一週間は勇太とランチしてたりするのか……?

 試しに勇太を誘ってみると、いいよーと即答されたので思わず拍子抜けした。

 そういえばここ数日も、勇太は出張や取引先との会食で昼いなかったよな。
 花と一緒にお昼をとることはできなかったはずだ。





「創一郎君とラーメン食べるなんて、すごく久しぶりだね」

 勇太は醤油ラーメンを食べている。
 このあと甘いものを食べられますように、という願いを込めて俺は少し辛めの担々麺にした。

 花からチョコ、貰えるよ、な?

 そういえば……。


「勇太は、バレンタインのチョコ貰ったのか?」

「チョコ? あー、たくさん貰った。全部総務に渡してあるよ」


 いや、俺が聞きたいのはそうじゃなくて。


「そういえば、源太は花から貰ったって言ってたな。……勇太も、貰った?」

「花ちゃんから? うん、もらったよ。源ちゃんがお気に入りのお店のチョコレート。あそこの美味しいよね、食べるの楽しみ」


 ……そうか、勇太ももらったのか。
 花、会社にチョコ持ってきて渡してるんだ。
 俺のところには、午後来てくれるのか?
 できれば直接貰いたい。今日の午後は……良かった、外出する予定は無い。


「花って、今日の午後は臨時でシフト入ってたりするのか?」


 社内の保育所で働いている花は基本的に午前中勤務だが、休んだ人の代わりに時々午後まで仕事になることがある。
 俺との昼食を断ったということは、もしかしたら職場の人と一緒に食べて午後も仕事なのかもしれない。


「花ちゃん? 今日はもう帰ったよ。帰り際にチョコ持って僕のところに寄ってくれたみたいだった」


 担々麺の辛さに思わずゴフッとむせそうになる。

 帰った……?





 午後は気持ちを切り替えて、これ以上ないくらい集中して仕事をした。
 こうなったら、今日はもうなるべく早く仕事を終わらせて帰ろう。

 きっと花も、家で俺の帰りを待ってる。

 午後5時半に会社を出て、花屋に寄って店を出てから花のスマホに電話した。

 最近帰りが遅かったから、喜んでくれるかな、花。

 コールが鳴っている間、花の嬉しそうな声を想像して頬が緩んでしまう。


「花、俺。あと15分くらいで家に着くから」

『え、え、創一郎さん? もう帰ってくるんですか?』


 慌てた様子の花の声。

 あれ? 喜ぶどころか困ってる?


『ごめんなさい、今日バレンタインだけど創一郎さんのチョコ、無いです』


 え…… ?







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 ※もう一話バレンタインの話続きます。
  次回は創一郎さんが報われますように……


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