上 下
22 / 90

初めてのキス

しおりを挟む
 私が身体を起こしてソファに座ると、右隣の空いたスペースに創一郎さんが座った。

 ……どうしてだろう、なんだか、創一郎さんに包まれたい。

 彼の太腿をツンツンとつつくと、創一郎さんは少し驚いたように目を見開いたあと、ちょっと困ったように笑いながら両手を広げて「おいで」と言ってくれた。

 こんなに人の膝に座りたいと思うなんて、やっぱり私、今まで人に甘えてこなかった反動がきてるのだろうか?
 たぶん創一郎さんも、私のこと甘えたがりな子どもみたいだと思ってるんだろうなぁ。

 膝にかけたブランケットと一緒に、創一郎さんのもとに潜り込んで座る。
 創一郎さんが左腕で私の背中を軽く支えるような位置で体育座り。
 これで彼の右腕が私の膝の裏を抱えたらお姫様抱っこだなぁ、なんて考えてしまいちょっと顔が熱くなった。

 創一郎さんが、2枚目の書類を手にして目を通す。

「次は口紅、かな」
「創一郎さん、それグロスじゃないですか?」
「へえ、口紅とは違うんだ。その辺は説明を見てもあんまりよく分からないな」

 創一郎さんの持つ書類に、他の字とは違う書体で書かれた、ひときわ目立つ一文があるのに気がついた。

「これ、キャッチフレーズとかですか? なんて書いてあるんでしょう?」
「『キスしたくなる唇』だって」

 ……き、きすしたくなる? そんな唇、あるの!?

 私の下唇を親指でスッと撫でながら、いつになく真剣な表情で創一郎さんがこちらを見つめてくる。

「花は、キスしたこと、あるの?」
「キス……したこと……ない、です」

 真剣な目に圧倒されて冗談で返事することもできず、思わす正直に答えると、創一郎さんはなんだか嬉しそうに微笑んだ。

 うぅ、どうせ予想が当たったって、子ども扱いしてるんでしょう。

 でも『キスしたくなる』かぁ……。
 初めてのキスは、好きな人と……したい。
 どうしても、好きな人とが、いい。

 キュッと彼のシャツの襟を掴む。

「創一郎さん、本当にキスしたくなるのか……試してみません、か?」

 創一郎さんは右手で私の髪を撫でた。
 ドキドキするけど安心する、大好きな包まれる感じ。

「無理しなくて、いいよ」

 違うの、無理してなんかない。
 好きだから、あなたにして欲しいの。
 でも……好きだなんて言ったら……それは、あなたを困らせちゃうだけだって……分かってる。
 
 軽く私の頭をポンポンとして、彼の手は離れていった。

 あ……離れちゃった。

 くっついた分だけ、寂しさが湧いてくる。

「まあでも、試さない訳にはいかないか」
 
 そう言って、彼はグロスのキャップを開けて右手に持つと、左手を私の左手に重ねて持ち上げた。
 私の左人差し指にスーッとグロスを塗る。

 あ、いい匂い。
 さっきの香水と同じベリー系。
 そしてあとからくる、不思議な香り。

「これ、味も甘いらしいよ」

 創一郎さんはそう言いながら、二人の左手を重ねたまま口元に近づけた。
 そのまま私の指に、フッと触れるだけのキスをして唇を離す。

「これだけじゃ、キスの味が分からないや。もう少ししてもいい?」

 私が頷くと、彼は照れたように笑って、再び指に優しくキスをした。
 今度はそのまま離れずに、ちぅ……と私の指を吸う。

「ひぁ?」

 不思議な感覚に、お腹のあたりがムズムズした。

「大丈夫?」

 チラ、と創一郎さんがこちらを見たりするから、その視線にまたムズムズしてしまったけれど、大丈夫ですというようにコクコクと頷く。
 その様子を見て、創一郎さんはゆっくりと指に唇を重ねた。
 指に重ねた唇をちゅくちゅくと動かしたあと、舌先でペロペロと擽るように舐める。

「ふッ」

 私が息を呑むと、指を咥えたまま創一郎さんがチラと見たので、とりあえずコクコクと頷いてみる。
 本当はお腹がジュクジュクしてきて、全然大丈夫じゃなかったけれど。

 今度は私の人差し指が、指先から少しずつ、消えていくように創一郎さんの口の中へ入っていく。
 指先が、ざらりとした彼の舌奥に触れた。
 彼は私の指を軽く吸いながら、指に絡めるように舌を動かす。

「……ぁ……」

 うわぁ、創一郎さんの舌……こんなにねっとりと動くなんて。
 なんだか、不思議な気分に……なる。

 指の付け根に、レロレロと舌を這わされた。

「ィ、ゃ……」

 私の言葉に反応するように、創一郎さんがそっと唇を離す。
 そして彼のシャツの裾で、自分の唾液をぬぐうように、私の指を優しく拭いてくれた。

 あ……終わっちゃうの、かな。

 寂しいと思っている、自分がいる。

「花、大丈夫? 嫌だった?」

 そう聞かれて、嫌じゃないですと言いながら頭を横に振ると、創一郎さんは少し安心したような表情をした。
 創一郎さんがローテーブルに置いたグロスを、今度は私が手に取って見つめる。
 ガラスを通して見ても、その中身は瑞々しく艶めいているのが分かった。

「創一郎さん、このグロス、唇に塗ったところ、見てみたいです」
「リビングに鏡ないんだよな。そもそも鏡自体がほとんどないや。洗面所行ってつけてくる?」

 創一郎さんの顎を左手で軽く押さえて、彼の目を見つめる。

「ううん、鏡が無くても、この唇に塗るから大丈夫です」
「……え?」

 驚いて口を薄く開けた彼の下唇に、スーッとグロスをひいた。
 ふわりと漂う甘い香り。
 彼の薄くて美しい形の唇が、しっとりと濡れて艶めいている。

 ――キスしたくなる唇。

 吸い込まれるように、彼の唇に自分の唇を重ねた。

 あぁ、今、キスしてる……。

 そんな感覚があとから追いかけてきた。

 そっと唇を離すと、創一郎さんの熱っぽくほんの少し潤んだ瞳が、ちょっとだけ私を責めるように切ない感じで見つめてくる。

「今度いたずらしたら、やり返すって、俺、言ったよね」

 逃れられないくらいにぎゅぅっと力を込めて、抱き締められた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...