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ふたりの出会い
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――もうフランスなんて嫌だ。
そう言って、逃げてきた。
正確に言うと、爺さんに泣きついて、帰らせてもらっている。
小学校を卒業してすぐ、フランスに住む叔母の家に預けられることになった。
叔母さんは厳しいけど優しい、同年代の従兄弟もいる。
でも、他に知り合いはいないし、現地校だから学校でも言葉が通じない。
従兄弟はいい奴らだけど、クラスが違うから学校ではいつも一人で過ごしている。
言葉が分からないから勉強だって今までの3倍は時間がかかってしまう。分からないところを質問する言葉がまず分からない。
……情けないことにフランスに行ってたった3週間で、白旗を掲げて日本に帰ってきてしまった。
そもそもうちには母親がいない。
俺が産まれた時に予期せぬ大出血で帰らぬ人となったと聞いている。
母の代わりに家政婦のシゲさんが何かと世話を焼いてくれていたが、もう年だし俺の小学校卒業を機に引退することとなった。
そのうえ最近、大企業の一人息子である俺の存在に、良くも悪くも世間が注目し始めている。世間の目は期待や妬みとなって、俺がちょっとでも刺激すれば一瞬で牙を剥き、容赦なく襲いかかってきそうで恐ろしい。
父は息子が潰れるのを懸念したのかもしれない。
視野を広げるのに良い機会だから、と言っていたが、本当は多忙な自分では日本にいる息子を守れないと判断したのだろう。
何もできない自分の無力さが、嫌になる。
もう何をするのも面倒くさくて、庭で背中を丸めて座り込んでいたら、人が近づいてくる気配を感じた。
チラ、とそちらを見る。
――桜の木の下に、ひとりの少女が立っていた。
小学生? 低学年くらいか?
くりっと大きな可愛らしい目なのに、どこか凛とした力強さを感じさせる。
ふわっとした赤茶色の髪の毛は、小動物のように愛らしい。
「どこか痛いの? お爺様、呼んでこようか?」
爺さんのことを知っている。
ということは、勝手に庭に入ってきた子どもではないということか。
無視していたら、人ひとり分くらい空けて隣に座り込んだ。
特に話しかけてくるでもなく、ただ座っているだけ。
なんだか沈黙に堪えられなくなって、こちらから話しかけてしまった。
「フランスでは、言葉が通じないんだ」
彼女は、キョトンとした感じで、目を少し見開いた。
そのあどけない表情に、思わずちょっと後ずさる。
「そしたらさ、しゃべらなくていいよ」
「そんなことしたら、友達ができないだろ」
わかったような口きくな、と少しイラッとした。
「できるよ。
眠って、起きて、息して、おならもして、それだけですごいことだから。
そこにいてくれれば会いに行ける。
あとは、ご飯が食べられれば大丈夫。
今日は、何か食べた?」
「何も……」
「そっか」
そう言うと立ち上がって、俺からさらに少し離れてからお尻をポンポンと軽く叩いて芝を落とす。
「ちょっと待ってて」
彼女が走って行ってしまうと、もう葉っぱだけになった桜の木がサワサワと静かに揺れた。
その音が心地よくて、木を見上げた。
ああ、空が青い。
久しぶりに、空に浮かぶ雲を見たような気がする。
そんなことを考えていたら、いつの間にか先ほどの少女が、白い皿に白い物体を載せてすぐそばに立っていた。
「おにぎり、どうぞ」
おにぎりって……確かに朝から何も食べてないからお腹は空いてるけど、もう少しまともな物が食べたい。
しかも中身を聞くと、何も入ってないという。塩だけだって。
形も悪いし、俺、これ食べるの……。
まあ、爺さんの知り合いみたいだし、とりあえず食べても危険なものではないと思うけど……。
恐る恐る口に入れる。
「うま……」
なんだこれ、塩だけなのに、すごく美味い。
単にお腹が空いてたからなのか分からないけど、魔法のように美味しいおにぎりを続けて全部食べてしまった。
「それじゃ、またね、がんばらないでね」
彼女は満開の桜のように笑って、空になったお皿を持って走って行った。
いや、そこは普通、がんばってねが一般的だろ。
そう言って、逃げてきた。
正確に言うと、爺さんに泣きついて、帰らせてもらっている。
小学校を卒業してすぐ、フランスに住む叔母の家に預けられることになった。
叔母さんは厳しいけど優しい、同年代の従兄弟もいる。
でも、他に知り合いはいないし、現地校だから学校でも言葉が通じない。
従兄弟はいい奴らだけど、クラスが違うから学校ではいつも一人で過ごしている。
言葉が分からないから勉強だって今までの3倍は時間がかかってしまう。分からないところを質問する言葉がまず分からない。
……情けないことにフランスに行ってたった3週間で、白旗を掲げて日本に帰ってきてしまった。
そもそもうちには母親がいない。
俺が産まれた時に予期せぬ大出血で帰らぬ人となったと聞いている。
母の代わりに家政婦のシゲさんが何かと世話を焼いてくれていたが、もう年だし俺の小学校卒業を機に引退することとなった。
そのうえ最近、大企業の一人息子である俺の存在に、良くも悪くも世間が注目し始めている。世間の目は期待や妬みとなって、俺がちょっとでも刺激すれば一瞬で牙を剥き、容赦なく襲いかかってきそうで恐ろしい。
父は息子が潰れるのを懸念したのかもしれない。
視野を広げるのに良い機会だから、と言っていたが、本当は多忙な自分では日本にいる息子を守れないと判断したのだろう。
何もできない自分の無力さが、嫌になる。
もう何をするのも面倒くさくて、庭で背中を丸めて座り込んでいたら、人が近づいてくる気配を感じた。
チラ、とそちらを見る。
――桜の木の下に、ひとりの少女が立っていた。
小学生? 低学年くらいか?
くりっと大きな可愛らしい目なのに、どこか凛とした力強さを感じさせる。
ふわっとした赤茶色の髪の毛は、小動物のように愛らしい。
「どこか痛いの? お爺様、呼んでこようか?」
爺さんのことを知っている。
ということは、勝手に庭に入ってきた子どもではないということか。
無視していたら、人ひとり分くらい空けて隣に座り込んだ。
特に話しかけてくるでもなく、ただ座っているだけ。
なんだか沈黙に堪えられなくなって、こちらから話しかけてしまった。
「フランスでは、言葉が通じないんだ」
彼女は、キョトンとした感じで、目を少し見開いた。
そのあどけない表情に、思わずちょっと後ずさる。
「そしたらさ、しゃべらなくていいよ」
「そんなことしたら、友達ができないだろ」
わかったような口きくな、と少しイラッとした。
「できるよ。
眠って、起きて、息して、おならもして、それだけですごいことだから。
そこにいてくれれば会いに行ける。
あとは、ご飯が食べられれば大丈夫。
今日は、何か食べた?」
「何も……」
「そっか」
そう言うと立ち上がって、俺からさらに少し離れてからお尻をポンポンと軽く叩いて芝を落とす。
「ちょっと待ってて」
彼女が走って行ってしまうと、もう葉っぱだけになった桜の木がサワサワと静かに揺れた。
その音が心地よくて、木を見上げた。
ああ、空が青い。
久しぶりに、空に浮かぶ雲を見たような気がする。
そんなことを考えていたら、いつの間にか先ほどの少女が、白い皿に白い物体を載せてすぐそばに立っていた。
「おにぎり、どうぞ」
おにぎりって……確かに朝から何も食べてないからお腹は空いてるけど、もう少しまともな物が食べたい。
しかも中身を聞くと、何も入ってないという。塩だけだって。
形も悪いし、俺、これ食べるの……。
まあ、爺さんの知り合いみたいだし、とりあえず食べても危険なものではないと思うけど……。
恐る恐る口に入れる。
「うま……」
なんだこれ、塩だけなのに、すごく美味い。
単にお腹が空いてたからなのか分からないけど、魔法のように美味しいおにぎりを続けて全部食べてしまった。
「それじゃ、またね、がんばらないでね」
彼女は満開の桜のように笑って、空になったお皿を持って走って行った。
いや、そこは普通、がんばってねが一般的だろ。
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