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 今日も聖剣は見つからなかった……。

 長期休みが終わり学園生活が始まってから、私は何かと理由をつけて授業の休み時間にアカリ様とふたりで学園内を散策していた。
 もちろん、聖剣を探すため。

 でも手がかりゼロ。
 やっぱり、まだ好感度が足りないから聖剣は出てこないのかしら……。

 今日は放課後に生徒会活動もあり、少し疲れた。
 学園から家に戻るともう夕食の時間。
 クリフはもう食堂に行っているかしら。
 今日は珍しく生徒会を欠席していたクリフ。体調が悪いとかじゃないといいけど……。

 部屋で着替えてから食堂へ向かうと、先に席についていたシャルマンに話しかけられた。

「姉様、聞きましたか?」

 なんだかいつもと違う感じのシャルマンの声。

 え……!?



 食堂を出て階段を駆けのぼり、ガチャッ、と大きな音を立てて勢いよくクリフの部屋のドアを開ける。
 ノックもせずに行儀が悪いことをしてしまったと、開けてから気がついた。
 でも、そんなこと気にしていられない。

 椅子に座り机で何か書いているクリフの姿を見つけて大きな声で呼ぶ。

「クリフ!!」
「ヴェレ!?」

 驚いた様子のクリフの声。
 ひとりで部屋にいたからか牛乳瓶の底眼鏡はかけていなかった。
 美しいブルーサファイアのような青い瞳と視線がぶつかる。

 ふと違和感を覚え、クリフから視線をずらした。
 いつも以上にすっきりと片付けられた部屋。

 いいえ片付けられた、というよりもクリフの物が何も置いていない。
 机の横に、旅行にでも行きそうな大きな鞄が置いてあるだけ。

「クリフが、家を出ていくと、聞いて……」

 嘘よねクリフ。
 私のそばからいなくなってしまうなんて。

 クリフは小さくため息をつくとペンを机に置いて立ち上がり、私の方へゆっくりと近づいてきた。

「はい、学園を辞めて、辺境伯のもとで商売をしたいと考えております」
「辺境伯って、ランス叔父様のところ……? 突然、どうして……?」

 クリフは少し困ったように頷いてから私を見つめると、いつもよりも優しい声音で話し始める。

「私は身分が低いので、将来のために早く動かないと、と思いまして」
「将来の、ために……? 実は私もね、将来はランス叔父様の領地に住みたいと思っていたの。私も家を出るから……一緒に連れて行って」

 驚いたようにクリフが目を見開いた。
 私の左耳で揺れている、クリフからもらったイヤリングと同じ色の目を。
 長い前髪が目にかかっているけれど、牛乳瓶の底眼鏡が無いから今日は表情がよく見える。

「そんな事はさせられません。無理です」
「どうして!?」

 クリフはキュッと唇を噛み、眉を寄せた。

「ヴェレを堂々と連れて行ける身分が今の俺にあれば違ったかもしれませんね」

 何も言えないでいるとそっと手を持ち上げられ、手の甲にクリフの唇が軽く触れた。
 ゆっくりと私の手をおろしてから顔を上げたクリフは、ちょっと困ったような表情をしている。

 どうしたのかしら……

「ヴェレ、泣かないでください」

 え……
 泣いてるの、私?

「どうか、お元気で」

 クリフは、本気だわ……
 本当にこの家から出ていってしまう……

 膝がガクガク震えてくる。
 立っていられなくて、カクン、と膝が曲がり身体が崩れ落ちそうになったところでクリフに支えられた。

 そのままヒョイと横抱きにされ、部屋に連れて行かれる。
 クリフは私をベッドに寝かせると、ポケットからハンカチを取り出し私の頬にそっとあてて涙を拭いた。

 チラリと見ると以前、ポケットチーフ代わりに私があげたピンクゴールドのハンカチ。
 女性ものなのに、使っていたのね、クリフ。

 ハンカチをしまって私の頭を優しく撫でたあと、クリフの気配が離れていくのが分かった。
 パタン、とドアの閉まる音が聞こえる。

 せっかく涙を拭いてもらったのに、また視界が滲んできてしまった。







 もしかしたら、泣き疲れてそのまま寝てしまったのかもしれない。

 身体を起こして部屋を見渡す。
 夕食を食べそびれた私のために、いつの間にか机の上にサンドイッチとチョコレートが置いてあった。

 私の好きな、いちごジャムを挟んだチョコレート。
 そのすぐそばに置かれた小さな花瓶には、薔薇の花が飾られていた。

 剣術で初めてクリフに負けて泣いた日の夜も、私の好きな薔薇の花が部屋に飾られていたのを思い出す。

 あの時はクリフの優しさが嬉しくて、泣き止むことができたけど――

 クリフのバカ、バカバカ。
 あなたがいなくなってしまうのなら、薔薇をくれても泣き止むことなんてできないわ……。





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