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しおりを挟む「お嬢様、そんなに穴の開くほど紙っ切れを見つめても、貴方の好きなチョコレートに化けたりはしませんよ」
う、そんな事は分かっているわよ、クリフ!
呆れたように言わないで。
これは私にとって重要な紙なの。じっくり眺めてしまうのは仕方ないでしょう?
公爵令嬢らしくないけど自分でお茶でも淹れようと階段を下りていたら、ちょうどクリフが郵便物を受け取っているところだった。
私宛ての封書もあり、その場でクリフから受け取る。
封書には王家の紋章付き。
クリフの手にはもう一つ同じものが見えたから、あちらはお父様宛てのものだと思う。
きっとこの手紙、アレよね、と考えていたら冒頭のセリフの後に「今は広間に誰もいませんから、そちらにお茶を運びますね」と言うクリフ。
広間から庭の見えるソファ席は私のお気に入りの場所。手紙を落ち着いてゆっくり読みたいって思ったの、よくわかったわね。
予想通り夜会への招待状だった紙をもう一度見つめ、はぁ、とため息をつく。
スッと横からティーカップが差し出された。
私の大好きな、薔薇が描かれたティーカップ。
ふわりと漂う柑橘系の香りが心地いい。
「茶葉はアールグレイにしてみました。リラックス効果と集中力を高める効果を兼ね備えておりますので、今のお嬢様にはよろしいかと」
紅茶の脇には、私の好きないちごジャムを挟んだチョコレートが添えられている。
うぅ、呆れた感じからのその優しさは狡いわ。
そんな事されたら、好きになっちゃうじゃない。
もうとっくに好きだけど。
余計に惚れ直しちゃうじゃないの。
「美味しい」
そう呟くと、クリフが一礼して部屋を出て行った。
ひとりにさせてくれる気遣いが嬉しい。
それでいて、呼べばすぐに気付いてくれるところにきっといるはず。
婚約者であるモフィラクト王太子殿下から私に届いた夜会への招待状は、来賓者について記されていた。
今回の夜会は、隣国メルヴェイユ王国の第二王子である、マッジョルド様の来訪に対して歓迎の意を伝えるための集まり。
マッジョルド様は、5人いるアカリ様の攻略対象の最後のひとり。
そしてゲームのシナリオ通りなら、この夜会がふたりの出会いの場。
アカリ様とハッピーエンドを迎えてほしいモフィラクト王太子殿下以外の、クンベル第二王子、サブルス、弟のシャルマンのルートは学園入学前から準備できたから恐らくもう潰せていると思うけど。
マッジョルド様は隣国にいるから、今まで何も対処できていないのよね。
どうしたものかしら……
ティーカップが空になり、ふぅ、と一息ついたところでクリフが食器を下げに来てくれた。
「ねえ、クリフ、今度夜会があるの。今、少しだけダンスの練習に付き合って」
思い悩んでいると気が滅入ってしまう。
少し、身体を動かして気分転換したい。
「ダンスできるでしょ?」
小さい頃から、遊びながらよく一緒に踊っていたもの。
「まぁ、ダンスは執事クラスでも必修ですからね。ご婦人方の練習に付き合うために必要ですから」
あ、そうだった、クリフも学園で習ってるわよね。
手を差し出されたので、自分の手を重ねる。
つないだ手をジッと見つめた。
私じゃなく、他の誰かの手をとって踊るのかしら……。
「今まで、どなたと踊ったことがあるの?」
「授業中に手本として先生の相手をするくらいですね。もっと他の方と踊ってダンスの腕を上達させた方が良ければ、そのようにしますが」
ダメ、そんなの!
「手本になれるくらいなら、それ以上上達する必要はないわ」
慌ててバッと顔をあげると、クリフの顔をまっすぐ見つめる感じになってしまった。
牛乳瓶の底眼鏡で目の表情は分からないけれど、口角は少し上がってて、なんか、嬉し、そう?
「では、授業以外で俺のダンスの腕前を披露できるのはお嬢様の前だけですね、残念です」
重ねた手にエスコートされるように立ち上がると、スッと腰に手をまわされた。
高鳴る鼓動を気付かれないように願いながら、クリフの肩に手を添える。
自然と頭の中に、小さな頃ふたりでよく踊ったワルツの曲が流れてきて。
クリフも同じだったのかもしれない。なめらかに足が動いて優雅なターンが難なく決まる。
クリフとこうして踊るのは、楽しい。
幸せなこの時間が、いつまでも続けばいいのに……。
そういえば、マッジョルド様はアカリ様と夜会でダンスを踊ったのがきっかけで親密になっていくのよね。
マッジョルド様……王になりたくて、人を雇って自分の兄を殺した人。ゲームではそういう設定だった。兄への罪悪感があり、それをアカリ様が慰める。
でも今の世界では、兄である第一王子を幽閉している、という噂。まぁ、亡くなっていても幽閉されていても、ゲームに名前も登場してこない第一王子はストーリーとは関係ない。
ん? だけど亡くなってなければ、マッジョルド様もそこまで罪悪感を持つかしら? もしかして、何もせずにマッジョルド様の恋愛フラグは折られていたりする!?
しかも幽閉についても噂でしかなくて、お父様やモフィラクト王太子殿下からは、第一王子は本当は病弱で寝たきりだと聞いている。病弱で寝たきりという情報の方がおそらく信ぴょう性が高いと思うけど、実際のところは私にもよくわからない。
わかるのは、何が本当かわからなくなってしまう噂って怖いってことだけ。
「ひゃ!?」
額に風を感じ視線を上げると、クリフの口元がニヤリとしていた。
今、息吹きかけたでしょ、クリフ!?
「考え事をしながら踊ると、転びますよ」
「か、考え事なんかっ」
してたけど、思いっきりしてたけど。
ふ、とクリフが笑う。
「冗談です、転ばないように支えるから大丈夫ですよ。貴女の事は守りますから」
勘違いしてしまいそうなセリフに、思わず足がもつれる。
転ぶ――――、と思ったら腰をグッと引き寄せられてクルッと見事なターンが決まった。
「ほら、大丈夫でしょう? だから安心して、俺に身体を委ねてください」
耳のすぐそばで囁かれて、途端にそこから全身へと熱が伝わる。
顔が、熱い。恥ずかしくて顔を上げられない。
腰が引けてしまうのに、約束通りクリフが私を支えてくれるから転ぶこともできず。
動揺する心の中とは裏腹に、クルリクルリと優雅に踊り続けてしまうのでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【お礼】
お気に入り、しおり登録のまま更新を待っていてくださりありがとうございます。
亀更新で申し訳ありませんが、これからもお付き合いいただけると嬉しいです。
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